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第二章 お師匠様がやってきた
人の上中下の話
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仔犬を抱えたままのルシウスは、アイシャに茶の用意を頼んだ。
こういうときは紅茶やコーヒーでなくハーブティーかなと、アイシャがホーリーバジルのお茶を人数分入れたところで、ルシウスは本題に入った。
「まずは全員、環を出すように。……アイシャはこの食堂に結界を張ってくれ」
「わかったわ」
頷いて、アイシャは食堂全体を自分のネオングリーンの魔力で覆い、閉じた。
これで、この食堂内には外部からの魔力的、物理的干渉は遮断され、内部にある魔力や物理的衝撃が外部に漏れることもない。
国土全体のような広範囲に結界を敷く場合は、教会に預けてある聖女専用の錫杖などの魔導具が必要だが、この程度の空間なら意識の力だけで可能だった。
「蟻の子一匹逃さぬ緻密な結界だ。さすがだな」
とお師匠様からお褒めの言葉まで頂戴してしまった。
カーナ王国所属の聖女だったアイシャの主な仕事こそが、国を守護する結界の設置だ。
この程度なら片手間にだってできる。
「自然界の生物には、厳然とした上下関係がある。この犬や狼など、群れを作る動物は特に顕著だ。一番上にボス。中間層。そして群れの下位のものたち」
手の中の仔犬の背を指先で優しく撫でながら、ルシウスが言った。
「集合の中に、立場の強弱によって、構成員たちに上中下の役割が発生する。これは、大抵は個体ごとの生まれつきの強さ弱さで決まることが多い」
「その強さ弱さって何の強弱なんです?」
「単純に生命力。つまり体力だな。だが、すべてのステータスや血筋、環境や社会的立場に運気なども含めた総合力といったほうが正確だ」
力が強ければボスになりやすい。
力が弱ければ下位になりやすい。
「ただ、通常、自然界だと上中下は適度に循環する。上と上だけで番い続けると血が偏って子孫の心身に歪みが出るからな。上中下は適度に混ざり合っては、また新たな上中下を作っていくわけだ」
「その自然な上中下の循環を、都合よく自分たちだけ上にして、中下を使うのが賎民呪法なわけですね」
「そう。本来なら自然に決まる役割を、意図的に操作して捻じ曲げる。ただし、似たようなことは組織を安定させるために王政国家ならどこでもやっているし、ある程度以上の組織になれば同じ現象がやはり発生する」
では、どのようにして集合の中で上は上位になり、下は下位となるのだろうか?
「ここからの話は他言無用だ。環使い以外に話すことを禁ずる。必要があっても、核心をぼかすように」
アイシャもトオンも頷いた。
これまでルシウスが話してきたことで、禁則事項は初めてになる。
「ある特定の集合の範囲を定める。国でも組織でも、一族や家族でもいい。その集合の中に、弱い存在を意図的に作るのだ」
言って、ルシウスは抱えていた仔犬を食卓の上に乗せた。
怪我をして、胴体や脚に包帯を巻かれたその仔犬は、歩くこともできずそのまま蹲るように身体を丸めた。
「ルシウスさん。まさかこのワンちゃん、この話をするためにわざわざ怪我を負わせたの?」
剣呑な口調のアイシャに、それはない、と慌ててルシウスは否定した。
「まさか! そこまで非道ではないつもりだ。この仔は昨晩、帰り道で怪我して親と離れているのを保護したんだ」
とはいえ、あながち間違ってもいない。
これからする話の実例を見せるには良いモデルだという。
こういうときは紅茶やコーヒーでなくハーブティーかなと、アイシャがホーリーバジルのお茶を人数分入れたところで、ルシウスは本題に入った。
「まずは全員、環を出すように。……アイシャはこの食堂に結界を張ってくれ」
「わかったわ」
頷いて、アイシャは食堂全体を自分のネオングリーンの魔力で覆い、閉じた。
これで、この食堂内には外部からの魔力的、物理的干渉は遮断され、内部にある魔力や物理的衝撃が外部に漏れることもない。
国土全体のような広範囲に結界を敷く場合は、教会に預けてある聖女専用の錫杖などの魔導具が必要だが、この程度の空間なら意識の力だけで可能だった。
「蟻の子一匹逃さぬ緻密な結界だ。さすがだな」
とお師匠様からお褒めの言葉まで頂戴してしまった。
カーナ王国所属の聖女だったアイシャの主な仕事こそが、国を守護する結界の設置だ。
この程度なら片手間にだってできる。
「自然界の生物には、厳然とした上下関係がある。この犬や狼など、群れを作る動物は特に顕著だ。一番上にボス。中間層。そして群れの下位のものたち」
手の中の仔犬の背を指先で優しく撫でながら、ルシウスが言った。
「集合の中に、立場の強弱によって、構成員たちに上中下の役割が発生する。これは、大抵は個体ごとの生まれつきの強さ弱さで決まることが多い」
「その強さ弱さって何の強弱なんです?」
「単純に生命力。つまり体力だな。だが、すべてのステータスや血筋、環境や社会的立場に運気なども含めた総合力といったほうが正確だ」
力が強ければボスになりやすい。
力が弱ければ下位になりやすい。
「ただ、通常、自然界だと上中下は適度に循環する。上と上だけで番い続けると血が偏って子孫の心身に歪みが出るからな。上中下は適度に混ざり合っては、また新たな上中下を作っていくわけだ」
「その自然な上中下の循環を、都合よく自分たちだけ上にして、中下を使うのが賎民呪法なわけですね」
「そう。本来なら自然に決まる役割を、意図的に操作して捻じ曲げる。ただし、似たようなことは組織を安定させるために王政国家ならどこでもやっているし、ある程度以上の組織になれば同じ現象がやはり発生する」
では、どのようにして集合の中で上は上位になり、下は下位となるのだろうか?
「ここからの話は他言無用だ。環使い以外に話すことを禁ずる。必要があっても、核心をぼかすように」
アイシャもトオンも頷いた。
これまでルシウスが話してきたことで、禁則事項は初めてになる。
「ある特定の集合の範囲を定める。国でも組織でも、一族や家族でもいい。その集合の中に、弱い存在を意図的に作るのだ」
言って、ルシウスは抱えていた仔犬を食卓の上に乗せた。
怪我をして、胴体や脚に包帯を巻かれたその仔犬は、歩くこともできずそのまま蹲るように身体を丸めた。
「ルシウスさん。まさかこのワンちゃん、この話をするためにわざわざ怪我を負わせたの?」
剣呑な口調のアイシャに、それはない、と慌ててルシウスは否定した。
「まさか! そこまで非道ではないつもりだ。この仔は昨晩、帰り道で怪我して親と離れているのを保護したんだ」
とはいえ、あながち間違ってもいない。
これからする話の実例を見せるには良いモデルだという。
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