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第二章 お師匠様がやってきた

聖者、仔犬を拾う

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「カーナ王国産のウイスキーもなかなか美味かったな。故郷くにに帰るときは仕入れて持って帰るとしよう」

 バーで話した男のことなどすっかり忘れて、鼻歌を歌いながらの、上機嫌での帰り道。

 ウー……ン……

「ん?」

 何か子供が泣いているような声がする。
 辺りを見回すがそれらしき姿はない。
 声のするほうに寄ってみると、草むらの中に生まれて一ヶ月ほどの、ようやく毛が生え揃ってきたような仔犬が蹲っていた。

「何だ。お前、怪我してるのか」

 クウゥ……

 持ち上げてみると犬種はよくわからない。野良犬のようだし雑種だろう。
 鼻先や垂れた耳は黒いがそれ以外のところは薄茶。丸い顔に大きな黒目。
 ルシウスの片手だけで持てるほど小さい。

 そして、腰のあたりに大きな傷があって膿んでいる。後ろ足も片方、動いていない。野鳥か他の野良犬にやられたか。
 鳴けるだけの体力はまだあるようだが、このまま放っておいても、逆に治療しても長くないように見えた。

「………………」

 ルシウスに掴まれた仔犬は抵抗しない。傷が痛いようで、ぷるぷると小さく震えて、掴まれたまま縮こまっている。

「お前、その残り僅かな命を私に預けてみないか?」
「???」

 仔犬のつぶらな瞳がルシウスを見つめてきた。
 ルシウスは微笑むと、仔犬を胸に抱いて、ゆっくりとまた歩き始めた。



 翌朝、アイシャとトオンが起きて階下へ降りていくと、食堂でルシウスが小さな仔犬を抱えていた。
 水を含ませた脱脂綿で少しずつ口を潤してやりながら、何やら低い小声で仔犬に語りかけている。
 仔犬はルシウスの言葉をしっかりと目を合わせて聴きながら、フンフンと小さな舌を出して頷いていた。
 まだ短い尻尾も左右に揺らして。

「あら、かわいい」

 撫でてもいいかと尋ねると、ルシウスは緩く首を振った。

「怪我をしていてな。噛むかもしれないから、遠慮してくれ」
「そう?」

 聞けば、昨晩、街の外れで怪我をして親兄弟とはぐれているところを見つけた仔だという。
 近くを探して見ても親が見当たらなかったので、とりあえず怪我の治療だけしようと思って連れてきたらしい。
 ルシウスの片手にのった仔犬は、腹部と片足に包帯が巻かれていた。



 チキンスープと燻製卵入りのポテトサラダのサンドイッチの朝食の後で、ルシウスは本題に入った。

 そう、例の賎民呪法のことだ。

「お前たちがどこまで把握しているのか、教えてくれ」

 互いの持っている情報の擦り合わせから、まず始めた。
 トオンは自室から資料をまとめたノートを持ってきた。

「これなんだけど」

 渡された数冊のノートを、リンクを出してざっと最初から最後まで眺めていく。
 内容を絵のように記憶して、後からじっくりリンクを通して見返すことができる、速読と記憶術の間の子のような術だ。
 学生時代は随分と世話になった術だが、以前フリーダヤから読書課題を出されたものは、この術を使い始めて進捗度が上がった。

「うむ、一通り把握した。私が持っている情報とほぼ同じだ。それで……」

 ノートをトオンに返し、彼と隣に座るアイシャを順に見た。

「術の構造を、我が師フリーダヤから教わってきた。お前たちはどうする? 知識だけでなく、術そのものの理解を望むか?」

 つまり、同じ賎民呪法に相当する呪術を体得するか、否か。



「……俺は覚えたい。自分が使うことはないだろうけど、覚えて……アイシャを虐げたカーナ王家の血が自分にも流れてることの戒めとしたい」

 認知だけはされていたとはいえ、王家から放置されていた前国王の庶子がトオンだ。
 結果的にアイシャをこの国の支配から解放する手助けとなったものの、自分がカーナ王家の血を持つ事実だけは変えられない。

「私も覚えておくわ。今後、同じような邪法と出くわしたとき、対処できるようにしておきたいもの」

 アイシャは単純に、自分の聖女の役割を果たすために覚えるようだ。

 ふたりとも覚悟はできていると頷いた。


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