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第二章 お師匠様がやってきた
お師匠様、お空は初めてですか?
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「あっ! 帰りの馬車の時間!」
ハッとしてトオンが時刻を確認すると、王都へ戻る最終の乗り合い馬車が出る9時近く。
三人とも、まだ公衆浴場の浴衣の館内着姿だ。
アイシャとトオンは自分たちのブーツを履いていたが、ルシウスの足元など施設用の下駄である。
今から浴場施設に戻って着替えて荷物を持って、とやっては間に合わない。
「仕方ない、また浴場内の休憩室で朝まで時間を潰すか」
「それもいいけど、ルシウスさん」
「?」
アイシャとトオンが悪戯を企んだ子供のような顔になっている。
「ふたりとも、どこへ行くのだ?」
着替えて預けていた荷物も受け取って、三人は公衆浴場の建物の屋上へと向かった。
ルシウスは不思議そうな顔をしつつも、左右の手をふたりに握られながら階段を上がっていく。
建物は三階建てで、湯気の上がる煙突がある。
屋上自体は利用客が洗濯物を干せるよう物干しが設置されていた。今は夜だから洗濯物はない。
「わあ、素敵な光景ね」
小さな町だが、ダンジョンがあるお陰で人の集まる町内は活気がある。
夜の9時頃でまだ店も民家も明かりがあって、建物の上から見下ろすと何とも趣がある光景だった。
「アイシャ、大丈夫?」
「もちろん」
「アイシャ? トオン?」
「「せーの!」」
「!???」
屋上の縁まで三人で歩いていき、おもむろにアイシャとトオンがルシウスの両腕にしっかりしがみつき、飛び降りた。
「は? えっ!?」
建物から落下する、という寸前にアイシャが自分の腰回りに環を出す。
少し遅れてトオンの胸回りにも。
そのまま三人はくっついたまま、建物の上空へと上がっていった。
「く、空中浮遊だと……!?」
「正確には空中飛行です。ルシウスさん」
何と、とルシウスが絶句している。
くふふ、とアイシャとトオンは笑い合った。
普段は何かと自分たちのほうが驚かされっぱなしだが、今回は立場逆転できたようだ。
「すごいな、これは! 私にもできるだろうか!?」
「環を通じてならやりかた、教えられるんじゃないかしら」
基本の魔力量が足りなくてトオンは無理だったが、有り余るほど持ってるルシウスなら問題ないだろう。
アイシャはルシウスから手を離し、そのまま自分の環を光らせた。
応じるようにルシウスの腰回りにも環が出現する。
「まず、魔力で重力を相殺する状態を作るの。そうしたら無重力状態になって身体が浮くから、進みたい方向を意識するのね」
「こんな感じ、か?」
自分の環に両手の環で触れながら、ルシウスが恐る恐る自力で空中浮遊を試している。
「そうそう。上手よ。空中で身体を安定させるのにコツがいるから、少し練習を……」
しましょう、とアイシャが続ける前に、ルシウスは真っ直ぐ勢いよく目の前の空中に飛び出していった。
「「あ」」
そして直角に右に曲がり、また勢いよく飛んでいく。
「アイシャー! これはどうやったら止まるのだー!??」
だー、だー、だー、と今度は垂直に飛んでいったルシウスの叫びの残響が夜空に響く。
「……ルシウスさんはお星様になったのだ……」
そして本人が見えなくなったと思いきや。
「これはすごいな、アイシャ! 人は空を飛べる。飛べるのだ。飛んでも良かったのだ! フハハハハ!」
すぐにふたりの元まで戻ってきて、高笑いしながら空中を旋回していた。
もうすっかり空中飛行を自分のものにしている。
このままだとまずい。
まず王都に戻ろう、とルシウスを呼び止めようとしたところで。
「ちょっと故郷に帰ってくる」
「「え!?」」
年甲斐もなく大はしゃぎで、少年のように瞳を輝かせて飛び回っていたお師匠様は、そのまま高速で遥か彼方へ消えていった。
「あっちの方向って……」
「アケロニア王国……」
ルシウスの故郷だ。
「……ヤバいお人にヤバい術を教えてしまったね、アイシャ」
「反省はしてるわ。……そしてちょっと後悔もしてる」
アイシャとトオンはやっちまった感いっぱいであった。
ハッとしてトオンが時刻を確認すると、王都へ戻る最終の乗り合い馬車が出る9時近く。
三人とも、まだ公衆浴場の浴衣の館内着姿だ。
アイシャとトオンは自分たちのブーツを履いていたが、ルシウスの足元など施設用の下駄である。
今から浴場施設に戻って着替えて荷物を持って、とやっては間に合わない。
「仕方ない、また浴場内の休憩室で朝まで時間を潰すか」
「それもいいけど、ルシウスさん」
「?」
アイシャとトオンが悪戯を企んだ子供のような顔になっている。
「ふたりとも、どこへ行くのだ?」
着替えて預けていた荷物も受け取って、三人は公衆浴場の建物の屋上へと向かった。
ルシウスは不思議そうな顔をしつつも、左右の手をふたりに握られながら階段を上がっていく。
建物は三階建てで、湯気の上がる煙突がある。
屋上自体は利用客が洗濯物を干せるよう物干しが設置されていた。今は夜だから洗濯物はない。
「わあ、素敵な光景ね」
小さな町だが、ダンジョンがあるお陰で人の集まる町内は活気がある。
夜の9時頃でまだ店も民家も明かりがあって、建物の上から見下ろすと何とも趣がある光景だった。
「アイシャ、大丈夫?」
「もちろん」
「アイシャ? トオン?」
「「せーの!」」
「!???」
屋上の縁まで三人で歩いていき、おもむろにアイシャとトオンがルシウスの両腕にしっかりしがみつき、飛び降りた。
「は? えっ!?」
建物から落下する、という寸前にアイシャが自分の腰回りに環を出す。
少し遅れてトオンの胸回りにも。
そのまま三人はくっついたまま、建物の上空へと上がっていった。
「く、空中浮遊だと……!?」
「正確には空中飛行です。ルシウスさん」
何と、とルシウスが絶句している。
くふふ、とアイシャとトオンは笑い合った。
普段は何かと自分たちのほうが驚かされっぱなしだが、今回は立場逆転できたようだ。
「すごいな、これは! 私にもできるだろうか!?」
「環を通じてならやりかた、教えられるんじゃないかしら」
基本の魔力量が足りなくてトオンは無理だったが、有り余るほど持ってるルシウスなら問題ないだろう。
アイシャはルシウスから手を離し、そのまま自分の環を光らせた。
応じるようにルシウスの腰回りにも環が出現する。
「まず、魔力で重力を相殺する状態を作るの。そうしたら無重力状態になって身体が浮くから、進みたい方向を意識するのね」
「こんな感じ、か?」
自分の環に両手の環で触れながら、ルシウスが恐る恐る自力で空中浮遊を試している。
「そうそう。上手よ。空中で身体を安定させるのにコツがいるから、少し練習を……」
しましょう、とアイシャが続ける前に、ルシウスは真っ直ぐ勢いよく目の前の空中に飛び出していった。
「「あ」」
そして直角に右に曲がり、また勢いよく飛んでいく。
「アイシャー! これはどうやったら止まるのだー!??」
だー、だー、だー、と今度は垂直に飛んでいったルシウスの叫びの残響が夜空に響く。
「……ルシウスさんはお星様になったのだ……」
そして本人が見えなくなったと思いきや。
「これはすごいな、アイシャ! 人は空を飛べる。飛べるのだ。飛んでも良かったのだ! フハハハハ!」
すぐにふたりの元まで戻ってきて、高笑いしながら空中を旋回していた。
もうすっかり空中飛行を自分のものにしている。
このままだとまずい。
まず王都に戻ろう、とルシウスを呼び止めようとしたところで。
「ちょっと故郷に帰ってくる」
「「え!?」」
年甲斐もなく大はしゃぎで、少年のように瞳を輝かせて飛び回っていたお師匠様は、そのまま高速で遥か彼方へ消えていった。
「あっちの方向って……」
「アケロニア王国……」
ルシウスの故郷だ。
「……ヤバいお人にヤバい術を教えてしまったね、アイシャ」
「反省はしてるわ。……そしてちょっと後悔もしてる」
アイシャとトオンはやっちまった感いっぱいであった。
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