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第二章 お師匠様がやってきた

殴ればいいってものでもない

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 ダンジョン町へ戻る乗り合い馬車の中は彼ら三人だけだったので、他の客に気兼ねなくおしゃべりしながらの帰路だった。

「ダンジョンでさ。アイシャ、あんなに強かったなら何でクーツたちをぶん殴らなかったの?」

 素朴な疑問だが、重要な疑問でもあった。
 あれだけ自前の拳で魔物を吹き飛ばしたり粉砕したりできるなら、舐めた真似をしてくる者たちを物理的にお仕置きすることも出来たはずだ。

 するとアイシャはちょっと困ったような、怒ったような顔になった。

「トオン、何てこと言うの。クーツ元王太子たちは魔物じゃないのよ。同じように殴るなんてとんでもない」

 たしなめるような口調で「めっ」と可愛らしくトオンを叱った。

「まあ、魔力を乗せた拳で殴れば、人間の頭蓋などトマトのように呆気なく弾けるからな」

 ルシウスがスプラッタで猟奇的な補足をしてきた。

「え。やったことあるんです?」
「……人間はない。血液や脳漿が飛び出ると後始末が面倒だろう?」

 なお、魔物や魔獣の類は最終的に魔石に変わるので、戦った後の血液などは時間経過によってなくなる。



「アイシャは魔力使いの修行は教会でやったのか?」
「ええ。子供の頃に聖女として王都に連れて来られて、最初は教会預かりでずっと修行してたわ」

 家族と暮らしていた村に、人物鑑定スキルを持った教会の司祭がやって来たのが7歳のとき。
 ステータスに“聖女”とあるのを見て、すぐに家族と別れ王都に来ることになってしまった。

 その後、アイシャ本人の知らないところで国王により家族が殺害されている。国の聖女としてアイシャを国に縛り付け、帰る場所を無くすためにだ。
 これに関しては、今でもアイシャは前カーナ王国の国王アルターを許していない。



「魔力の使い方や戦い方は誰から習った? 司祭か?」
「まさか。司祭様は信徒たちへ教えを説くのと、鑑定スキルで人々を鑑定するのが仕事よ。私に修行をつけてくれたのは、教会所属の魔道士だったわ」

 高齢の男の魔道士で、その後アイシャがクーツ王太子の婚約者として王城に住むことが決まったのと同時期に、引退する前に寿命で亡くなってしまった。

「ふむ……」

 ルシウスが顎に手を当てて、何やら考え込んでいる。

「お前の最初の師匠は、なかなか良い魔力使いだったみたいだな。戦闘派の魔力使いに必要な倫理や道徳観も含めて、よく教え込んでいる」

 特に、リンクに目覚める前のアイシャは旧世代魔力使いで、今も新旧掛け合わせハイブリッドとして旧世代の特徴を残している。
 魔力使いの旧世代は、己の感情を強く掻き立てることで魔力に変換し、術を行使する。
 その感情が度を越すと執着やエゴとして本人の人生に悪影響を及ぼすのだが、アイシャの場合は感情を上手く制御していて、旧世代にありがちな問題は今のところ見当たらない。

「……そうね。でも、もっと長生きして側にいてほしかった」

 思えば、アイシャが王城でクーツ王太子やその取り巻きたちからあからさまで陰湿な虐めを受けるようになったのは、師匠の魔道士が亡くなってからのことだった。

 それまでもクーツ王太子は顔を合わせるたびに、アイシャを気に入らないだのなんだのと文句を言ってきたが、それだけだった。

 手を上げるようになったり、アイシャの持ち物や金銭を奪ったりするようになったのは、師匠という保護者がいなくなった後からのこと。




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考えたことがないとは言っていない。
「こいつらまとめてぶん殴りたい」(定期)
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