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第二章 お師匠様がやってきた

至福の本格カレー回

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 カーナ王国は全般的に食料品の安い国だった。
 生鮮食料品、調味料なども含めてとても安い。
 高いのは嗜好品の類だ。酒類はそうでもないしビールなど安いものが多いが、他国から輸入するワインや乳製品の加工品などは庶民だと手を出すのに躊躇する価格となっている。

「わあ。スパイスのいい匂い」

 その日の夕食にルシウスが作ってくれたのは、一から自分でスパイスを調合して作る本格カレーだった。
 小麦粉入りの市販ルウを使うタイプではなく、炒めた大量の玉ねぎをすり潰して使う濃厚な甘味のあるタイプの。

 そのカレーはアイシャとトオンを泣かせた。

「至福……至福としか言いようがない……」
「美味しいとか言葉では言えない。この世にこんなものがあるなんて」

 滂沱の涙を流して、いつも「食べすぎは良くない」とたしなめてくるルシウスに食い下がり、お代わりを数回要求してお腹いっぱいに食べた。



 このカレー、一度ベースを作ってストックしておけば、とても簡単に作れるものだ。

 まず最初に大量の玉ねぎをみじん切りにする。カーナ王国では小型の紫玉ねぎがなかなか安い。それを厨房にあった寸胴鍋いっぱいになるまでひたすら刻む。
 そこに魔力を使って圧力をかけ、ほどほどに水分を抜く。
 後は大鍋でココナッツ油を使ってのんびり根気よく飴色になるまで、焦がさないよう気をつけながら炒めていけばいい。
 最終的に分量は5分の1以下になる。
 この炒め玉ねぎを、魔導具のミキサーがあればそれで、なければすり鉢ですり潰しておく。
 ルシウスは調理スキル持ちなので、自分の魔力でミキサー同様に炒め玉ねぎをもったりしたポタージュ状にすり潰した。
 これがカレーのベースとなる。

 あとは、鍋にココナッツ油とこのベースを適量、同量くらいのトマトのみじん切りを入れて、トマトの水分が抜けて乳化してくるまで中火で炒めていく。
 油にトマトの赤い色素と旨味がじゅうぶん滲み出たところで、生姜のすりおろしと、ほんの少々のニンニクのすりおろしを足してまた炒める。
 トオンもアイシャも接客業のようなものなので、ガーリック系は匂い的に使う量に注意が必要だ。

 更にチリペッパー、ターメリック、クミン、コリアンダーのパウダーを投入し油と馴染ませていく。

 そうしたら、適当にその日、市場でゲットしてきた野菜を刻んだものを入れて軽く炒め、塩で調味してから、後は蓋をして火が通るまでときどきかき混ぜながら待つ。
 ちなみに使ったのは、じゃがいも、オクラ、ナス、ヤングコーン、ズッキーニである。

 最後に、クミンシードやマスタードシード、カルダモンなどをホールのまま小鍋に入れて加熱し、油に香りを移したものを、カレーのほうに加えて軽くかき混ぜて出来上がりである。
 なお今回はルシウスの好みで、アジョワンという小さいスパイスの種もほんの少しだけ加えている。
 アジョワンシードはイライラやお腹の不調を整えてくれるスパイスだ。
 夏から秋への季節の変わり目で苛々することの多い季節にはうってつけである。

 今回、主食は厨房にあった米を使ったが少々古かったので(どうやら半年前、カズンが買ってきたものがそのまま残っていたものらしい)、別の鍋でターメリックを入れて炊いて、炊き上がりにバター少々とレモンスライスを入れて風味付けしてある。
 アイシャはレモンやライムなど酸っぱい柑橘類が好きなので、喜んでくれるのではないだろうか。

 今晩の夕食はこのカレーライス中心で、肉や魚がなく野菜オンリーで軽い。
 ということは消化にも優しいということで、多少オイリーでも身体への負担は少ない。

 ルシウスは自分が好きな料理でもあるし、また味の良い料理だからと、お代わりすることを考慮してカレーもライスも、付け合わせのサラダなども多めに作っていた。

 そしてルシウスの予想通り、ふたりは喜んで食べてくれたというわけである。

「ははは。泣くほど美味いとは作り手冥利に尽きるというものだな!」

 食後は消化を促すため、フルーツ入りのヨーグルトドリンク、ラッシーも用意していた。
 こちらも大絶賛であった。



 ただし、あまりにも美味すぎたようで、それからアイシャとトオンは食事を終えても蕩けたままだった。

 翌朝になっても、どこかふわふわ浮ついたまま。
 ようやくふたりがシャッキリ正気を取り戻したのは、午後になってからのことだった。

 その日トオンは古紙回収の日なのをすっかり忘れていて、慌てて街に飛び出して行くのだった。


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