上 下
43 / 292
第二章 お師匠様がやってきた

聖者へ課題

しおりを挟む
 昼間、トオンが古紙回収で街に出ている間、ルシウスは店番を請け負って精算所のカウンターの中で、古書店内の適当な本に目を通していた。
 今日はアイシャも、孤児院への慰問に出かけていて夕方まで帰らない。

「ふうん。トオンは冒険譚が好きなのか。ロマンス小説に……横暴な王族や貴族が成敗される話も多いな」

 店内の入口近く、すぐ目に入る位置の棚に、子供向けから若者が好むようなその手の物語の本が詰まっていた。
 トオン自身が読んだ後、案外、街の本好きの人々にも売れるようで、店頭に置いて販売しているものらしい。

「本当は王子様や王女様なのに、正体を隠して苦難の旅に出る。……貴種流離譚というやつだな。……カズン様の人生そのものではないか」

 店内には誰もいないし、客が来ることも少ないから独り言を言いたい放題だった。
 この店は魔法書や魔術書が置いてあるから、盗難防止のため余計な客が来ないよう、建物自体に魔法がかけられている。
 店主のトオン本人はまだ気づいていないようであるが、彼の母、聖女エイリーによる魔法だ。



「私は知ってるんだぞ。君みたいに力が強いからこそノリと勢いと思いつきで生きてるような奴はな、案外、本当に大事な勉強が抜けてるもんなんだ」
「!?」

 そこへ唐突に声をかけられて、ルシウスは座っていた精算所の椅子からビクリと震えて飛び上がりそうになった。

「わ、我が師フリーダヤ!? 何でこんなところにいるんです!?」

 気づくと、白く長いローブ姿の、薄緑色の長い髪と瞳の、優男風の青年が精算所の机の前に立っている。
 魔術師フリーダヤ。新世代の魔力使いたちが使う、リンクという術式を創り生み出した魔力使いだ。
 力のある魔力使いに特有の寿命をなくす現象、“時を壊す”を実現して、既に800年以上も生きているとされる。

「何でって、君と聖女アイシャたちのことが気になるから、様子見に来たんだけど。彼らは留守みたいだね」

 せっかく来たのだから茶でも、とルシウスが奥の食堂へ誘おうとしたが、アイシャとトオンが留守なら長居する気はないと言って断られた。



 そもそも、ルシウスとフリーダヤたちの出逢いは、ルシウスが14歳、まだまだ子供の年の頃のことだ。
 超が付くブラコンの彼は、大好きだった兄が結婚してしまったショックで家出して、祖国から遠く離れた国で一年ほど冒険者活動をしていたことがある。
 そのとき拠点にしていた冒険者ギルドの酒場で偶然会ったのが始まりである。

 精算所の机の上に頬杖をついて、魔術師フリーダヤが薄緑色の瞳で、カウンターの中に座っているルシウスの顔を覗き込んでくる。

「それでさあ。君みたいな大抵のことは何でもできてしまう者は危ないんだ。だから弟子を持った君がどうなってるか、一度この目で見てこようかと思って」

 アイシャとトオンは口実で、こちらが本題だったらしい。
 魔術師フリーダヤは、空間移動術を使う。今回もそれで、直接この古書店に来たのだろう。

「新しい若い弟子を二人持って実感してないかい? 何でも、さも当たり前のようにできますって顔で偉そうなこと口では言ってても、弟子たちの質問で内心ドキドキしてたりしない?」
「まあ、それは……わりとありますね」

 ルシウスはそこは素直に認めた。
 特にあの聖女エイリーの息子のトオンは、なかなか突っ込みが鋭い。
 あまり迂闊なことも言えないし、下手に誤魔化しもきかないなと思うことが、ここに来てからまだ短期間だが、結構ある。

「人生、生涯勉強だと思うんだよね。というわけで、私から君へ課題を出すよ。このトオン君の古書店は魔法書や魔術書の宝庫だ。全部読むまで、トオン君とアイシャ君の先生を辞めちゃ駄目だからね?」

 この古書店内の本の半数以上は、かつてトオンの実母の聖女エイリーが学んできた蔵書を収めてあるものだ。
 聖女エイリーとルシウスは、同じ本能優位タイプの魔力使い。必要な課題も同じだという。

 溢れんばかりの莫大な魔力に根差した本能ばかり優先してないで、ちゃんと頭も使え、だ。

 リンク使いで本能タイプだと“脳筋”と揶揄されることがあるのは、その辺の注意喚起になっている。



 新世代のリンク使いたちはリンクを使うことを通して、過度な我欲や執着、過剰な感情から即座に離れる技術を持っているため、他者からの侮蔑も平気でスルーするし、しやすい。
 むしろそのように突っかかってくる人間をゲーム感覚で楽しんですらいた。この魔術師フリーダヤなどはまさにそのタイプの典型といえる。

 ルシウスも、アイシャとトオンに対して、新世代のリンク使いの解説ではあえて「本能タイプ脳筋知性タイプ頭でっかちかの二種類がいるぞ」という説明を最初にしている。
 そしてふたりがどのような反応を見せるか、観察していた。
 この手の侮蔑表現に反応する者は日常生活の中でも要注意なのだ。
 ましてや、新世代の魔力使いがそうなら、致命的な欠点となる。そもそもリンクを発現させる妨げとなってしまうためだ。
 執着や過剰な自尊心、感情の問題は、すべて自我の肥大化だ。もし弟子がそのタイプなら、矯正にはかなり苦労することになる。場合によっては指導を諦めなければならないこともある。

 幸い、アイシャとトオンはルシウスの意図に気づくこともなく、その後はルシウスが“本能タイプ”と“知性タイプ”と本来の用語しか使わなくなったことにも疑問を抱かず、すんなり受け入れている。

 アイシャが苦しめられたという、カーナ王国のクーツ元王太子とやらのことがルシウスの脳裏に浮かぶ。
 その人物は魔力使いといえるほどの魔力は持っていなかったそうだが、話を聞く限り、自我の肥大化をおこした狂人すれすれの人物ではなかったかとルシウスは見ている。
 ルシウスはまた、半年前にトオンが清書して新聞に投稿した聖女アイシャの『聖女投稿』の全記事にも目を通している。



 この国は、新世代のリンク使いが修行するには格好の異常者ご馳走の宝庫だった。
 庶民はわりと普通のようが、王族や貴族たちにおかしな者が目立つ。
 いや、むしろアイシャの近くに引き寄せられているというべきか。先日、教会のバザーでアイシャに突っかかってきた男のように。

(新世代のリンク使いの良いところは、その手の異常者を扱う術に長けているところだ。さあて、彼らにどこまで教え込めるか)

 ルシウスはカーナ王国に滞在しても、せいぜい3ヶ月ほどだと考えていた。
 それ以降は、自分と同じく、実家を追放されたことを幸いにカズンを追いかけている甥っ子と合流しようかと考えていた。

 それなのに。
 師匠の魔術師フリーダヤは、ルシウスに古書店の本をすべて読めなどという。
 3ヶ月では無理だ。半年でもできるかどうか。



「これを全部ですか!? 我が師よ、それはあまりに無体ではありませんか。それに私は読書が好きでは……」
「だから課題なんだろう? はい、お返事は?」
「………………」
「返事!」
「……了解しました。すべて読み終わった時点で報告いたします」

 抵抗することは可能だったが、ルシウスにとってフリーダヤは同じファミリー内の“親世代”の魔力使いのため、向こうのほうが立場的に強い。
 そういうところは、上下関係のないことが売りの新世代でもふつうの家族関係同様にある。
 逆らい続けると面倒なことや酷い目に遭うこともあるので、嫌々だったが一応頷いておくことにしたルシウスだった。

 それでもフリーダヤは満足したようで、「じゃあね、報告待ってるよ!」と軽く言って消えていった。
 滞在時間は10分となかった。



(この年になってまだ勉強せねばならんのか……)

 せっかく、忙しく働かされる貴族の義務から解放されて、憧れのスローライフを満喫できるかと思ったのに。

 ルシウス・リースト、37歳。
 故郷アケロニア王国の実家の爵位が上がったことで、自分が個人で持っていた爵位もひとつ上がって、伯爵だった男だ。
 そうしたら、ただでさえ無理難題を押し付けてくる女王様がこれ幸いにと、面倒くさい仕事ばかり振ってくるようになって、すっかり自由時間がなくなってしまった。

(私は亡くなった最愛の兄の忘れ形見の、甥っ子を一人前に育て上げることだけが生き甲斐なのに)

 アイシャやトオンが“鮭の人”と呼んでいる、カズンの幼馴染みのことだ。

 忙しい毎日に嫌気がさしていたところ、一族のとある女性が謀叛を起こして、当主だった甥っ子とその後見人だったルシウスをまとめて家から追放した。
 甥っ子はこのときを待っていたと言わんばかりに国を出てカズンを追いかけていった。

 ルシウスは少し前からそのカズンと師匠のフリーダヤから、カーナ王国でリンクに目覚めたばかりの聖女アイシャとその恋人のトオンの世話を頼まれていたこともあり、余暇を楽しむ気分でこの国へやってきたというわけだ。

(もしやこの調子で、生涯勉強させられることになるのだろうか。いや、まさかな)

 本人はたまに忘れるのだが、ルシウスは聖者だった。しかもランクがあるなら超特級ランクの、だ。
 自分に対しての予感がまさかの大的中であることに気づくのは、その後も続々とファミリーの仲間の魔力使いたちから本が送られ続けることによってだった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

〖完結〗私は旦那様には必要ないようですので国へ帰ります。

藍川みいな
恋愛
辺境伯のセバス・ブライト侯爵に嫁いだミーシャは優秀な聖女だった。セバスに嫁いで3年、セバスは愛人を次から次へと作り、やりたい放題だった。 そんなセバスに我慢の限界を迎え、離縁する事を決意したミーシャ。 私がいなければ、あなたはおしまいです。 国境を無事に守れていたのは、聖女ミーシャのおかげだった。ミーシャが守るのをやめた時、セバスは破滅する事になる…。 設定はゆるゆるです。 本編8話で完結になります。

悪役令嬢の去った後、残された物は

たぬまる
恋愛
公爵令嬢シルビアが誕生パーティーで断罪され追放される。 シルビアは喜び去って行き 残された者達に不幸が降り注ぐ 気分転換に短編を書いてみました。

破壊のオデット

真義あさひ
恋愛
麗しのリースト伯爵令嬢オデットは、その美貌を狙われ、奴隷商人に拐われる。 他国でオークションにかけられ純潔を穢されるというまさにそのとき、魔法の大家だった実家の秘術「魔法樹脂」が発動し、透明な樹脂の中に封じ込められ貞操の危機を逃れた。 それから百年後。 魔法樹脂が解凍され、親しい者が誰もいなくなった時代に麗しのオデットは復活する。 そして学園に復学したオデットには生徒たちからの虐めという過酷な体験が待っていた。 しかしオデットは負けずに立ち向かう。 ※思春期の女の子たちの、ほんのり百合要素あり。 「王弟カズンの冒険前夜」のその後、 「聖女投稿」第一章から第二章の間に起こった出来事です。

断罪されたので、私の過去を皆様に追体験していただきましょうか。

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢が真実を白日の下に晒す最高の機会を得たお話。 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】公爵令嬢は、婚約破棄をあっさり受け入れる

櫻井みこと
恋愛
突然、婚約破棄を言い渡された。 彼は社交辞令を真に受けて、自分が愛されていて、そのために私が必死に努力をしているのだと勘違いしていたらしい。 だから泣いて縋ると思っていたらしいですが、それはあり得ません。 私が王妃になるのは確定。その相手がたまたま、あなただった。それだけです。 またまた軽率に短編。 一話…マリエ視点 二話…婚約者視点 三話…子爵令嬢視点 四話…第二王子視点 五話…マリエ視点 六話…兄視点 ※全六話で完結しました。馬鹿すぎる王子にご注意ください。 スピンオフ始めました。 「追放された聖女が隣国の腹黒公爵を頼ったら、国がなくなってしまいました」連載中!

婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜

平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。 だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。 流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!? 魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。 そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…? 完結済全6話

あなたをかばって顔に傷を負ったら婚約破棄ですか、なおその後

アソビのココロ
恋愛
「その顔では抱けんのだ。わかるかシンシア」 侯爵令嬢シンシアは婚約者であるバーナビー王太子を暴漢から救ったが、その際顔に大ケガを負ってしまい、婚約破棄された。身軽になったシンシアは冒険者を志して辺境へ行く。そこに出会いがあった。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。