31 / 44
ヨシュア坊ちゃんの将来設計
しおりを挟む
魔法剣は得たものの、22歳の今までユキレラはろくに魔力も剣も使ってこなかった人生を送ってきている。
そもそも、平和など田舎村では、どちらも必要ないものの筆頭。
訓練は一から行うことになった。
リースト伯爵家で、後継ぎのヨシュア坊ちゃんと一緒に魔法剣士としての修行を行うことに。
むしろ、ルシウスやその兄カイルの指導では厳しすぎて付いていけなかったので、ヨシュア坊ちゃんぐらいがちょうど良かった。
(山登って絶壁から叩き落として、そこから這い上がって来いとか無理だっぺええええ!)
まだご主人様のルシウスが寝込んでいたとき、カイル伯爵とヨシュア坊ちゃんの修行のお出かけにお供したのだが、この親子がやっていた修行がそれだった。
後から伯爵夫人のブリジットに確認したら、「あらーあれ見ちゃったの? 私も最初見たとき倒れるかと思いましたわ」と笑っていた。
こわい。リースト伯爵家の修行こわい、庶民出身のユキレラにはムリ絶対。
それにユキレラは見てしまった。
父親のカイル伯爵に抱っこされて、嬉しそうなふくふく笑顔で頬っぺたを染めていたヨシュア坊ちゃんが、山の岩壁から“ぽいっ”とされてしまったときの顔を。
ぽいされた瞬間、虚を突かれたようなきょとんとした顔になって、だが次の瞬間にはスイッチが入ったようにキリリと愛らしくも麗しいお顔が引き締まっていた。
そして、絶壁からはるか下を流れる川に叩きつけられる前に、自前の魔法剣を駆使して命からがら崖の上まで上がってきたヨシュア坊ちゃんの、必死な顔を。
(あれは幼いながら一人前の男の顔だったべ)
そんな過酷な修行しているだけあって、幼くてもヨシュア坊ちゃんからのユキレラへの指導は相当に容赦なかった。
4歳児と侮れぬ。
「もうー! ユキレラ、こうだよ、こう!」
「こ、こうですか!?」
「ちがうよ! こう!」
「こう……?」
「こうだってば!」
魔力を扱うのは微細な感覚の手繰り寄せだ。
感覚を掴むまでがちょっと難しい。
そのヨシュア坊ちゃんが出せる金剛石、つまりダイヤモンドの魔法剣の数は何と百を超える。
近年稀に見る逸材だそうで、実際に宙に百以上の魔法剣を浮かばせ飛ばしている光景を見たときは腰を抜かしかけたユキレラだ。
(ヨシュア坊ちゃん、恐ろしいお子だべ……!)
将来が楽しみですよね。
ちなみに本人は、幼馴染みの王弟カズンの騎士になる気満々である。
「え~? 騎士ってそれだけですかあ~? ほんとはもっとなりたいものがあるんじゃないですかあ~?」
とウザめにユキレラが絡んできたとき、最初はその湖面の水色の瞳をきょとんとさせていたヨシュア坊ちゃんだ。
「ほかになにかあるの?」
こてん、と小首を傾げて見上げられて、悪い大人のユキレラはちゃんと親切に教えてあげた。
「ほら、恋人とか夫婦とか」
愛人とか。
「ふうふはむりだよ。ぼくはあとつぎだから、おとこのことけっこんはむりなの」
女性と結婚して子孫を作らねばならない。
「じゃあ、恋人」
「カズンさまはおうていでんかだから、みぶんちがいなんだ……」
しょぼーんとしてしまったヨシュア坊ちゃんにユキレラは慌てた。
何てこった、こんな小さな頃からもう周りの空気を読んでしまっている。
ユキレラがこの年の頃には、鼻を垂らしてど田舎村の野っ原を駆け回っていたものだ。
「そっかあ。いろいろ障害があって大変ですねえ。でも本当に大好きな人からは離れちゃダメですよ。どうやったらずっと一緒にいられるか考えるんです」
つん、と軽く指先でヨシュア坊ちゃんのまだ小さいながら形の良い鼻先を突っついた。
「かんがえる?」
「そうですよー。オレなんてルシウス様大好き大好きだから、捨てられないよう毎日全力です」
「ユキレラ、ルシウスおじさまがすきなの?」
「もう、大好き!」
「ぼくもおじさま、だいすきー!」
中庭のあずまやで父親のご老公メガエリスや伯爵夫人ブリジットとお茶をしながら修行を見守っていたルシウスが、恥ずかしそうに顔を覆っている。
「もうーユキレラ、ヨシュアに変なこと吹き込んで!」
もうちょっとちゃんと躾けなくては。
「あらー、お義父様、どうなさいまして?」
「う、うむ。ヨシュアがいつ『おじいちゃまだいすき!』と言ってくれるかなと」
初孫なこともあり、ご老公はヨシュア坊ちゃんを大層可愛がっている。
なお、父親のカイル伯爵は自主謹慎もそろそろ終わりで、週明けから騎士団に復帰するようだ。
今日は執務室で仕事を片付けているらしい。
だが中庭の側の窓を開けていて、たまにこちらを見下ろしているのがわかる。
生まれたときから魔法剣を操っていたというヨシュア坊ちゃんの指導を受けること一ヶ月。
カイル伯爵から譲り受けた魔法剣にも慣れてきた頃、ユキレラはご主人様のルシウスとともに子爵邸へと戻ることになった。
「ユキレラ、ちゃんとまいしゅう、しゅぎょうしにきて。おじさまのいえでもまいにちやりなさい!」
「はい、お師匠様!」
「うむ!」
小さな胸を張っているヨシュア坊ちゃん。
まだぽんぽんの柔らかなお腹のほうが出ているところも可愛い。
仲良くなった幼いお師匠様と別れるのも寂しいし、まるで生き別れの家族のような自分とそっくりさんだらけのリースト伯爵家から離れるのも寂しい。
後ろ髪を引かれながらも、ルシウスとともに馬車に乗り込む。
「あっ、また明日来ますんでよろしくです!」
だって本邸と子爵邸、スープが冷めない距離ぐらいしか離れてないんですもの。
魔法剣士のスキルアップのため、しばらくは頻繁に通っちゃうのです。
--
ヨシュア君、この頃はカズン君の騎士枠を狙っていた。
忠犬枠を速攻確保したユキレラとの違いよ……
そもそも、平和など田舎村では、どちらも必要ないものの筆頭。
訓練は一から行うことになった。
リースト伯爵家で、後継ぎのヨシュア坊ちゃんと一緒に魔法剣士としての修行を行うことに。
むしろ、ルシウスやその兄カイルの指導では厳しすぎて付いていけなかったので、ヨシュア坊ちゃんぐらいがちょうど良かった。
(山登って絶壁から叩き落として、そこから這い上がって来いとか無理だっぺええええ!)
まだご主人様のルシウスが寝込んでいたとき、カイル伯爵とヨシュア坊ちゃんの修行のお出かけにお供したのだが、この親子がやっていた修行がそれだった。
後から伯爵夫人のブリジットに確認したら、「あらーあれ見ちゃったの? 私も最初見たとき倒れるかと思いましたわ」と笑っていた。
こわい。リースト伯爵家の修行こわい、庶民出身のユキレラにはムリ絶対。
それにユキレラは見てしまった。
父親のカイル伯爵に抱っこされて、嬉しそうなふくふく笑顔で頬っぺたを染めていたヨシュア坊ちゃんが、山の岩壁から“ぽいっ”とされてしまったときの顔を。
ぽいされた瞬間、虚を突かれたようなきょとんとした顔になって、だが次の瞬間にはスイッチが入ったようにキリリと愛らしくも麗しいお顔が引き締まっていた。
そして、絶壁からはるか下を流れる川に叩きつけられる前に、自前の魔法剣を駆使して命からがら崖の上まで上がってきたヨシュア坊ちゃんの、必死な顔を。
(あれは幼いながら一人前の男の顔だったべ)
そんな過酷な修行しているだけあって、幼くてもヨシュア坊ちゃんからのユキレラへの指導は相当に容赦なかった。
4歳児と侮れぬ。
「もうー! ユキレラ、こうだよ、こう!」
「こ、こうですか!?」
「ちがうよ! こう!」
「こう……?」
「こうだってば!」
魔力を扱うのは微細な感覚の手繰り寄せだ。
感覚を掴むまでがちょっと難しい。
そのヨシュア坊ちゃんが出せる金剛石、つまりダイヤモンドの魔法剣の数は何と百を超える。
近年稀に見る逸材だそうで、実際に宙に百以上の魔法剣を浮かばせ飛ばしている光景を見たときは腰を抜かしかけたユキレラだ。
(ヨシュア坊ちゃん、恐ろしいお子だべ……!)
将来が楽しみですよね。
ちなみに本人は、幼馴染みの王弟カズンの騎士になる気満々である。
「え~? 騎士ってそれだけですかあ~? ほんとはもっとなりたいものがあるんじゃないですかあ~?」
とウザめにユキレラが絡んできたとき、最初はその湖面の水色の瞳をきょとんとさせていたヨシュア坊ちゃんだ。
「ほかになにかあるの?」
こてん、と小首を傾げて見上げられて、悪い大人のユキレラはちゃんと親切に教えてあげた。
「ほら、恋人とか夫婦とか」
愛人とか。
「ふうふはむりだよ。ぼくはあとつぎだから、おとこのことけっこんはむりなの」
女性と結婚して子孫を作らねばならない。
「じゃあ、恋人」
「カズンさまはおうていでんかだから、みぶんちがいなんだ……」
しょぼーんとしてしまったヨシュア坊ちゃんにユキレラは慌てた。
何てこった、こんな小さな頃からもう周りの空気を読んでしまっている。
ユキレラがこの年の頃には、鼻を垂らしてど田舎村の野っ原を駆け回っていたものだ。
「そっかあ。いろいろ障害があって大変ですねえ。でも本当に大好きな人からは離れちゃダメですよ。どうやったらずっと一緒にいられるか考えるんです」
つん、と軽く指先でヨシュア坊ちゃんのまだ小さいながら形の良い鼻先を突っついた。
「かんがえる?」
「そうですよー。オレなんてルシウス様大好き大好きだから、捨てられないよう毎日全力です」
「ユキレラ、ルシウスおじさまがすきなの?」
「もう、大好き!」
「ぼくもおじさま、だいすきー!」
中庭のあずまやで父親のご老公メガエリスや伯爵夫人ブリジットとお茶をしながら修行を見守っていたルシウスが、恥ずかしそうに顔を覆っている。
「もうーユキレラ、ヨシュアに変なこと吹き込んで!」
もうちょっとちゃんと躾けなくては。
「あらー、お義父様、どうなさいまして?」
「う、うむ。ヨシュアがいつ『おじいちゃまだいすき!』と言ってくれるかなと」
初孫なこともあり、ご老公はヨシュア坊ちゃんを大層可愛がっている。
なお、父親のカイル伯爵は自主謹慎もそろそろ終わりで、週明けから騎士団に復帰するようだ。
今日は執務室で仕事を片付けているらしい。
だが中庭の側の窓を開けていて、たまにこちらを見下ろしているのがわかる。
生まれたときから魔法剣を操っていたというヨシュア坊ちゃんの指導を受けること一ヶ月。
カイル伯爵から譲り受けた魔法剣にも慣れてきた頃、ユキレラはご主人様のルシウスとともに子爵邸へと戻ることになった。
「ユキレラ、ちゃんとまいしゅう、しゅぎょうしにきて。おじさまのいえでもまいにちやりなさい!」
「はい、お師匠様!」
「うむ!」
小さな胸を張っているヨシュア坊ちゃん。
まだぽんぽんの柔らかなお腹のほうが出ているところも可愛い。
仲良くなった幼いお師匠様と別れるのも寂しいし、まるで生き別れの家族のような自分とそっくりさんだらけのリースト伯爵家から離れるのも寂しい。
後ろ髪を引かれながらも、ルシウスとともに馬車に乗り込む。
「あっ、また明日来ますんでよろしくです!」
だって本邸と子爵邸、スープが冷めない距離ぐらいしか離れてないんですもの。
魔法剣士のスキルアップのため、しばらくは頻繁に通っちゃうのです。
--
ヨシュア君、この頃はカズン君の騎士枠を狙っていた。
忠犬枠を速攻確保したユキレラとの違いよ……
15
お気に入りに追加
530
あなたにおすすめの小説
人生に脇役はいないと言うけれど。
月芝
BL
剣? そんなのただの街娘に必要なし。
魔法? 天性の才能に恵まれたごく一部の人だけしか使えないよ、こんちくしょー。
モンスター? 王都生まれの王都育ちの塀の中だから見たことない。
冒険者? あんなの気力体力精神力がズバ抜けた奇人変人マゾ超人のやる職業だ!
女神さま? 愛さえあれば同性異性なんでもござれ。おかげで世界に愛はいっぱいさ。
なのにこれっぽっちも回ってこないとは、これいかに?
剣と魔法のファンタジーなのに、それらに縁遠い宿屋の小娘が、姉が結婚したので
実家を半ば強制的に放出され、住み込みにて王城勤めになっちゃった。
でも煌びやかなイメージとは裏腹に色々あるある城の中。
わりとブラックな職場、わりと過激な上司、わりとしたたかな同僚らに囲まれて、
モミモミ揉まれまくって、さあ、たいへん!
やたらとイケメン揃いの騎士たち相手の食堂でお仕事に精を出していると、聞えてくるのは
あんなことやこんなこと……、おかげで微妙に仕事に集中できやしねえ。
ここにはヒロインもヒーローもいやしない。
それでもどっこい生きている。
噂話にまみれつつ毎日をエンジョイする女の子の伝聞恋愛ファンタジー。
婚約破棄が始まる前に、割と早急にざまぁが始まって終わる話(番外編あり)
雷尾
BL
魅了ダメ。ゼッタイ。という小話。
悪役令息もちゃんと悪役らしいところは悪役しています多分。
※番外編追加。前作の悪役があんまりにも気の毒だという人向け
学園の俺様と、辺境地の僕
そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ?
【全12話になります。よろしくお願いします。】
平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。
しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。
基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。
一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。
それでも宜しければどうぞ。
好きな人の婚約者を探しています
迷路を跳ぶ狐
BL
一族から捨てられた、常にネガティブな俺は、狼の王子に拾われた時から、王子に恋をしていた。絶対に叶うはずないし、手を出すつもりもない。完全に諦めていたのに……。口下手乱暴王子×超マイナス思考吸血鬼
*全12話+後日談1話
冤罪で投獄された異世界で、脱獄からスローライフを手に入れろ!
風早 るう
BL
ある日突然異世界へ転移した25歳の青年学人(マナト)は、無実の罪で投獄されてしまう。
物騒な囚人達に囲まれた監獄生活は、平和な日本でサラリーマンをしていたマナトにとって当然過酷だった。
異世界転移したとはいえ、何の魔力もなく、標準的な日本人男性の体格しかないマナトは、囚人達から揶揄われ、性的な嫌がらせまで受ける始末。
失意のどん底に落ちた時、新しい囚人がやって来る。
その飛び抜けて綺麗な顔をした青年、グレイを見た他の囚人達は色めき立ち、彼をモノにしようとちょっかいをかけにいくが、彼はとんでもなく強かった。
とある罪で投獄されたが、仲間思いで弱い者を守ろうとするグレイに助けられ、マナトは急速に彼に惹かれていく。
しかし監獄の外では魔王が復活してしまい、マナトに隠された神秘の力が必要に…。
脱獄から魔王討伐し、異世界でスローライフを目指すお話です。
*異世界もの初挑戦で、かなりのご都合展開です。
*性描写はライトです。
今夜のご飯も一緒に食べよう~ある日突然やってきたヒゲの熊男はまさかのスパダリでした~
松本尚生
BL
瞬は失恋して職と住み処を失い、小さなワンルームから弁当屋のバイトに通っている。
ある日瞬が帰ると、「誠~~~!」と背後からヒゲの熊男が襲いかかる。「誠って誰!?」上がりこんだ熊は大量の食材を持っていた。瞬は困り果てながら調理する。瞬が「『誠さん』って恋人?」と尋ねると、彼はふふっと笑って瞬を抱きしめ――。
恋なんてコリゴリの瞬と、正体不明のスパダリ熊男=伸幸のお部屋グルメの顛末。
伸幸の持ちこむ謎の食材と、それらをテキパキとさばいていく瞬のかけ合いもお楽しみください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる