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ご主人様、貞操の危機!

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 その頃、ルシウスはユキレラと間違われて拐われ、後ろ手に縄で両手を縛られて床に転がされていた。
 指示したのはユキレラの元義妹アデラ、実行犯は娼館と取引のあるゴロツキたち。

 ユキレラと子爵邸から徒歩圏のカフェに出かけた帰り道。
 建物と建物な隙間から突き出てきた腕に絡め取られ、口を塞がれて、あっという間にこのスラム街の宿屋まで運んで来られてしまった。

(抜かった。油断したなあ)

 いつもなら最低限、気を張っているところ、兄に失望されたことが思いの外、堪えていた。
 その隙を狙われてしまったということだ。

(この程度の縄なら引き千切れる。だけど、少し様子を見てみようか)

 実行犯は二人。
 今いるこの宿屋の部屋には、ユキレラの義妹アデラ、それに人相の悪い男たちが実行犯を含め三人の計四人。

「久し振りね、ユキレラ。聞いたわよ、お貴族様に取り入って雇って貰ったんですって? 上手いことやったじゃない」
「………………」

(これがユキレラの義妹アデラか)

 調査報告書にあった通りの外見だ。
 年は18歳。
 赤みの強いストロベリーブロンドのセミショートのウェーブヘアーに、青銅色の瞳。
 猫目っぽい目の、誰が見ても愛らしいと言うだろう美少女。
 間違いない。

「なにこっち睨んでんのよ。何とか言ったらどうなの、馬鹿兄貴!」

(僕をユキレラと間違えてるのか。まあ、顔はよく似てるけどさ)

 だが体格や年齢が違う。
 よくよく見れば誰にでもわかる違いなのだが、興奮しているアデラは気づいていないようだった。

「あんたたち、打ち合わせどおりこいつをちょっと脅して金をむしり取ってくれる? そんで程々のところで田舎に帰るよう言い聞かせてよ」

 何とも自分勝手なことを言っている。

「お嬢ちゃん、そりゃないぜ。こんな上玉、そうそう手放すには惜しいってもんだ」
「は? 何それ、話が違うわ!」

 そして即オチというべきか、早々にゴロツキたちに手のひらを返されている。



「へへっ、これだけの美人、お貴族様にもそうはいねえ。最初にお嬢ちゃんが言ってたように娼館に沈めりゃどれだけ稼げるか」
「馬鹿なの? そこまでしろとは……」
「お嬢ちゃんもそれなりに売れそうだなァ」
「ち、ちょっと冗談はやめてよね!」

(この辺が潮時か)

 両手首を縛っていた縄を魔力で焼き切る。
 だが、その瞬間をゴロツキの一人に見られてしまったのはルシウスの油断だった。

「あっ。こいつ、縄を切りやがった!」
「逃すんじゃねえ!」
「!?」

 首筋にチクリと痛みが走る。

「あ、馬鹿、クスリを打つにはまだ早い……!」

(薬? 確かこの男たち、報告書では薬物ブローカーの子飼いだったな。扱っていたのは麻薬か? それとも幻覚剤か?)

 すぐに男たちに首根っこを押さえつけられ、床に転がされた。
 だがすぐにまた暴れ出そうとしたところを、再び薬を打たれる。

(しまった、麻痺系の毒か!)

 貴族社会の常として、身体をある程度、毒に慣らして耐性を付けていたルシウスだったが、繰り返し打たれ、身体が抵抗力を発する間がない。
 それでも体内で魔力を燃やし続け、毒の解毒を続けたが、暴れ続けるルシウスに恐れをなした男たちも歯止めが効かなくなる。

 男たちが持っていた薬物は、注射器型の魔導具だ。
 複数回打てるように、薬液がその分だけシリンダーに入っている。

「し、信じらんねえ。普通、これだけの量を使われたら即死してもおかしくねえのに!」

(くそ、そんな危険なものをよりによって! 時間……時間さえ稼げれば解毒できるけど……!)

 床に伏せたルシウスは、それでも薄汚れた床を這い、指先で男の一人の足首を掴んだ。

「嘘だろ、魔獣ですら昏倒させられるブツなんだぞ!? 何者だよこいつ!?」

 トドメのように更に一回、男を掴んでいた手首付近に打たれる。
 それでもうルシウスは動けなくなってしまった。

(くそ……くそっ、何たる不覚!)

 意識はあっても身体が動かない。



 ゴロツキの一人に、蹴り飛ばされて仰向けにさせられた。
 仰け反って呻くルシウスに、男たちが唾を飲む。

「えっ。これ、マジで極上品じゃね?」
「どっかのお貴族様の血でも入ってんだろ」

 男たちがヒソヒソと話し合っている。

「ちょっとだけ、売る前に味見でも……」

 だがそんな男を、鋭く叱責したのがアデラだ。

「駄目よ! ちょっと痛めつけるだけでいいって言ったでしょ! なに? ユキレラに何をやったの、おかしな薬じゃないでしょうね!?」
「うるせえ! マトモなクスリなんか、ここにあるわけねえだろ!」
「キャーッ!」

 注射器を男の手から奪おうとして、アデラが殴られた。
 大きな音がしたが、後ろにあったベッドに倒れ込んだだけで、さほどダメージを受けた様子はない。

 だが、手下だと思っていたゴロツキに手を上げられて、ショックを受けたようだ。
 そのまま黙り込んでしまった。

「それじゃ、おいしくいただくとしますかね、と」

 男たちの指がルシウスの服にかかる。

 そのままシャツのボタンを引きちぎられそうになったとき、それは来た。



 ドガン、という一瞬の轟音とともに宿屋の木製のドアが、内側に向けて勢いよく飛んできた。
 それでドア近くにいた男が一人、衝撃で倒れ、動かなくなった。

(何だ……?)

 ルシウスはまだ身体に麻痺が残っていて頭も動かせない。

「な、何よアンタ!?」

 ベッドに乗っていたアデラが驚いた声を上げている。


「ルシウス、無事か! 無事だな!?」


(………………え?)

 それは先日、殴られたばかりの兄の声だった。


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