短い話集

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5-夢で見た話に肉付けしてそれっぽくする挑戦

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 学校祭の準備が本格的に始まると、午後にはあちらこちらで大工現場の様相だった。那須は木工室の一画で、男子生徒を集めて角材を切る作業を進めている。そもそも頭でっかちの多い学校なので、器用な奴を確保するだけでも、那須は一頻りの苦労をした。
  荒城がひょこりと現れた。彼は女子に連れていかれたはずだった。
 「那須くん。何か手伝うことがあるか」
 「どうした。クビになったのか」
 「あいにく。ちょっと材料切れで、臨時休業になったんだ」
  那須は作業場を眺めて、細い角材を切らせることにした。片足上げて鋸を引く荒城というさまは、あまり想像できなかったのだ。荒城は小振りな片刃鋸を持って、黙々と角材を切り始めた。順調そうなので、那須は彼を放っておいた。
  やがて、小さく、舌打ちするのが聞こえた。
  振り向くと、荒城が俯いて人差し指をくわえていた。
 「切ったのか?」
 「少し」
  見ると、指先に深い切れ目が一筋、開いていて、那須の見ているうちに真っ赤な血が込み上げて、溢れた。
 「うわ。やっちゃったな」
 「すまん。絆創膏もらってくる」
 「絆創膏レベルかよ?」
 「すぐ治る。那須くん」
  荒城はちらっと辺りを見て、
 「誰にも言うなよ」
 と囁いた。
  彼がそう請うなら那須は言いふらさないと誓うのも構わなかったが、ティッシュで指を抑えながら出ていくところを擦れ違った担任に、
 「なんだ荒城。やらかしたのか。ドジだな」
 と言われて、結局、注目されながら退出するのだった。
  戻ってきた荒城は指先に絆創膏一枚を縦に巻いているだけだった。クラスメイトらが「荒城、どんな?」と声をかけるのに、荒城はその指を見せて「ほんのちょっとだ」と答える。
  那須はいちおう声を細めて、
 「そんなので大丈夫なのか? 言っとくけど血、つけるなよ」
 「大丈夫だ。もう止まった」
  そう言って荒城はまた黙々と続きに取り掛かった。
  帰り、玄関脇のごみ箱の前で、絆創膏を剥がすところの荒城を見かけた那須は、何の気なしに「おい」と手元を覗き込んで、困惑するはめになる。絆創膏の下の皮膚は黄色い消毒液の色が染み付いていた。傷口はどこにもなかった。
 「もう治った」
  荒城は意地悪く笑った。誰にも言うな、と言ったのは、そういうことか、と思いながら、那須はどういう心境になればいいのかわからなかった。
  これが荒城の奇妙な特性である。
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