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夢で見た話 2006年製(暴力、死表現あり)
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恐ろしい。
とても恐ろしい。
家の前を無数の蜂が飛び交って、私はそれを必死で殺そうとしているのだが、如何せん及び腰で、隣で跳ね回っている友人に比べれば何の役にも立っていなかった。
恐ろしい。
蜂に刺される事は恐ろしい。なぜなら痛い。なぜなら毒が体を巡り、なぜなら細胞が変化するから。
変化する事は恐ろしい。開けて空が見える筈の場所に黒雲のような蜂がいる事は恐ろしい。
私はたまらず家に逃げ込んだ。玄関を施錠すると、友人が扉を強く叩いた。
「鍵かけてんじゃねえよ!」
「ご、ごめん」
私は後ろ手で鍵を外した。そして振り向かないままに部屋へ戻った。部屋には鍵がついていないので、私はあきらめて扉だけ閉めた。
友人が叫ぶのが聞こえる。戻れ、お前もやれ、云々。恐ろしい。彼は特に恐ろしい。体が大きく、殴る力が強い。性質の悪い事に殴る事を堪えない。
痛いのは厭だ。
扉の前にある本棚に見慣れないシールが貼ってあって、中の本が倒れていた。並び順もバラバラだった。誰かが部屋に入ったのだ。そして堂々と本を漁っていったのだ。せめてこっそりしてくれればいいのに。気分が悪い。
とりあえず本を整頓しようと、床に膝をついた。いつも通りに並び替えていると、後ろに虚空を感じた。
扉が半分開いていた。
一体誰が、私の部屋に入ろうとするのだろう。入って本棚を荒らすのだろう。声のひとつもかければいいのに。
私は扉を閉めて、また本棚に向かった。少しするとまた背後の空間が延びて、境界は半分開いていた。
友人だろうか? 蜂は追い払ったのだろうか? 怒るなら怒ればいい。殴られるのは厭だけど。
扉を閉めてもすぐに開いた。何度もくり返していい加減うんざりして、私は扉を閉めた後両手を突っ張って扉を押さえつけた。反応はすぐにあった。外側から扉を開こうとする力が加わり、ノブが何度も上下した。
瞑っていた目を開けると、扉の向こうでノブを掴んでいる少年が見えた。木製の扉を透かして見える少年は苛ついた様子でドアを叩く。拳がまっすぐ私に向かってくるので、まるで自分が殴られる感じがした。恐ろしい。私は怯んで力が抜けた。その途端に扉が少し押し戻され、慌てて閉めると少年はまた怒り狂って喚いた。
「開けろよ!」
ポケットから携帯電話をふたつ取り出して、少年はノブに向かって黒い方を投げた。ガツンと音がして、携帯電話はストラップを撒き散らしながら床に落ちた。少年はふたつめの薄桃色をした携帯電話を、同じ場所になげた。今度はゴンと音がして、携帯電話はその後落下した。
私は困り果てて顔を背けた。すると壁は透けていて、リノリウムの床が遠くまで続いているのが見えた。たくさんの人が行き交うなか、セーラー服の少女が私に気付いて驚いた顔をした。そして手を振った。懐かしそうにしていた。
「開けろよ! なんで閉めるんだよ」
少年が言っている。私は声を張り上げて、
「どうして入りたいの?」
と訊いた。
「ゲームするんだって、言っただろ!」
「ゲームなんて家ですればいいでしょう」
「あんたのソフトでやるんだよ」
少年の言うゲームソフトを、私は持っていなかった。そう言っても少年はまだ扉を叩いて、ゲームソフトの事ばかり叫んだ。
「私はアクションゲームはしないの」
「でもあんたのソフトでやるって言ったんだ」
埒があかなかった。
この少年を追い返すにはどうすればいいか? 私は扉を押さえつけながら必死で考えた。
私はこれを夢に見た気がした。
そのうち蜂を追い払った友人が戻ってきて、私に文句を言うため部屋へ来る。その前で喚いている少年と立ち場所を争い、血の気の多い友人と取っ組み合いになった少年は自分のポジションを守る為に友人に掴みかかり、落ちてしまうのだ。
そして死んでしまった。
それがいい、と私は思った。恐ろしい友人と煩い少年、死んでしまえば良いじゃないか。
きっと友人は来る。それを待てばいい。
でも二人はどこに落ちるんだ? 階段ではない、もっと深い垂直な穴がなければいけない。それにうちの階段は途中でまがっているから、真っ直ぐ落ちるより衝撃が少ない。二人はそれでは死なない。
隣を見る。広い廊下を行き交う人々のなかに混じって、セーラー服の少女が私に気付いた。にっこりと手を振った。
どん、どん、階段を上る荒い足音が聞こえた。
「おい、わかってんだろうな!」
友人が酷く苛ついた調子で言った。少年がひときわ強く扉を叩いた。
「誰だよ」
「うるさいな。おい開けろよ! 入れろよ」
ああ、そんなあしらいをしてはいけないのに。友人の顔が真っ赤になるのがよく判る。
「このガキ、何なんだよ! 俺が話があるんだ」「お前なんてどうでもいいだろ」
「何? もう一回言ってみろよ!」「うるさいな! 黙ってろよ!」
「この、クソッ!」
扉を叩く音が止まった。少年と友人が腕を掴み合って、押したり引いたりする。背の高さ、腕の太さ、どれをとっても友人が強そうだ。少年は負けてしまう。そうすると友人が部屋へ乗り込んできて、私は殴られる。友人の体はところどころ赤く腫れて、無傷の私はその分も殴られるだろう。
恐ろしい。
不意をついて、少年が友人を廊下の奥へ押した。友人がよろけて地団駄を踏む。もう少し! 少年が友人を叩きのめしてくれさえすれば、私は少しだけ助かる。
いつの間にか、セーラー服の少女も壁に頬を貼り付けて二人の戦いを見ていた。私に気付くと、にっこり手を振った。
友人がついに転倒した。腕を掴まれているせいで少年も一緒に倒れこんで、二人は闇に消えた。
闇に消えて、少し後に衝突音がして、少し破片が飛び上がって散った。
階段に落ちたのだろうか? でもそこは階段の手前で、二人はそのまま床にいなければおかしい。
私はそっと扉を開けた。セーラー服の少女が喚いているが、そこから声は聞こえなかった。
踏み出すと、足が落ちた。無限の闇に向かって、私は体を投げ出していた。
振り返る。セーラー服の少女が私を見下ろしていて、。
私に気付くと、にっこり手を振った。
とても恐ろしい。
家の前を無数の蜂が飛び交って、私はそれを必死で殺そうとしているのだが、如何せん及び腰で、隣で跳ね回っている友人に比べれば何の役にも立っていなかった。
恐ろしい。
蜂に刺される事は恐ろしい。なぜなら痛い。なぜなら毒が体を巡り、なぜなら細胞が変化するから。
変化する事は恐ろしい。開けて空が見える筈の場所に黒雲のような蜂がいる事は恐ろしい。
私はたまらず家に逃げ込んだ。玄関を施錠すると、友人が扉を強く叩いた。
「鍵かけてんじゃねえよ!」
「ご、ごめん」
私は後ろ手で鍵を外した。そして振り向かないままに部屋へ戻った。部屋には鍵がついていないので、私はあきらめて扉だけ閉めた。
友人が叫ぶのが聞こえる。戻れ、お前もやれ、云々。恐ろしい。彼は特に恐ろしい。体が大きく、殴る力が強い。性質の悪い事に殴る事を堪えない。
痛いのは厭だ。
扉の前にある本棚に見慣れないシールが貼ってあって、中の本が倒れていた。並び順もバラバラだった。誰かが部屋に入ったのだ。そして堂々と本を漁っていったのだ。せめてこっそりしてくれればいいのに。気分が悪い。
とりあえず本を整頓しようと、床に膝をついた。いつも通りに並び替えていると、後ろに虚空を感じた。
扉が半分開いていた。
一体誰が、私の部屋に入ろうとするのだろう。入って本棚を荒らすのだろう。声のひとつもかければいいのに。
私は扉を閉めて、また本棚に向かった。少しするとまた背後の空間が延びて、境界は半分開いていた。
友人だろうか? 蜂は追い払ったのだろうか? 怒るなら怒ればいい。殴られるのは厭だけど。
扉を閉めてもすぐに開いた。何度もくり返していい加減うんざりして、私は扉を閉めた後両手を突っ張って扉を押さえつけた。反応はすぐにあった。外側から扉を開こうとする力が加わり、ノブが何度も上下した。
瞑っていた目を開けると、扉の向こうでノブを掴んでいる少年が見えた。木製の扉を透かして見える少年は苛ついた様子でドアを叩く。拳がまっすぐ私に向かってくるので、まるで自分が殴られる感じがした。恐ろしい。私は怯んで力が抜けた。その途端に扉が少し押し戻され、慌てて閉めると少年はまた怒り狂って喚いた。
「開けろよ!」
ポケットから携帯電話をふたつ取り出して、少年はノブに向かって黒い方を投げた。ガツンと音がして、携帯電話はストラップを撒き散らしながら床に落ちた。少年はふたつめの薄桃色をした携帯電話を、同じ場所になげた。今度はゴンと音がして、携帯電話はその後落下した。
私は困り果てて顔を背けた。すると壁は透けていて、リノリウムの床が遠くまで続いているのが見えた。たくさんの人が行き交うなか、セーラー服の少女が私に気付いて驚いた顔をした。そして手を振った。懐かしそうにしていた。
「開けろよ! なんで閉めるんだよ」
少年が言っている。私は声を張り上げて、
「どうして入りたいの?」
と訊いた。
「ゲームするんだって、言っただろ!」
「ゲームなんて家ですればいいでしょう」
「あんたのソフトでやるんだよ」
少年の言うゲームソフトを、私は持っていなかった。そう言っても少年はまだ扉を叩いて、ゲームソフトの事ばかり叫んだ。
「私はアクションゲームはしないの」
「でもあんたのソフトでやるって言ったんだ」
埒があかなかった。
この少年を追い返すにはどうすればいいか? 私は扉を押さえつけながら必死で考えた。
私はこれを夢に見た気がした。
そのうち蜂を追い払った友人が戻ってきて、私に文句を言うため部屋へ来る。その前で喚いている少年と立ち場所を争い、血の気の多い友人と取っ組み合いになった少年は自分のポジションを守る為に友人に掴みかかり、落ちてしまうのだ。
そして死んでしまった。
それがいい、と私は思った。恐ろしい友人と煩い少年、死んでしまえば良いじゃないか。
きっと友人は来る。それを待てばいい。
でも二人はどこに落ちるんだ? 階段ではない、もっと深い垂直な穴がなければいけない。それにうちの階段は途中でまがっているから、真っ直ぐ落ちるより衝撃が少ない。二人はそれでは死なない。
隣を見る。広い廊下を行き交う人々のなかに混じって、セーラー服の少女が私に気付いた。にっこりと手を振った。
どん、どん、階段を上る荒い足音が聞こえた。
「おい、わかってんだろうな!」
友人が酷く苛ついた調子で言った。少年がひときわ強く扉を叩いた。
「誰だよ」
「うるさいな。おい開けろよ! 入れろよ」
ああ、そんなあしらいをしてはいけないのに。友人の顔が真っ赤になるのがよく判る。
「このガキ、何なんだよ! 俺が話があるんだ」「お前なんてどうでもいいだろ」
「何? もう一回言ってみろよ!」「うるさいな! 黙ってろよ!」
「この、クソッ!」
扉を叩く音が止まった。少年と友人が腕を掴み合って、押したり引いたりする。背の高さ、腕の太さ、どれをとっても友人が強そうだ。少年は負けてしまう。そうすると友人が部屋へ乗り込んできて、私は殴られる。友人の体はところどころ赤く腫れて、無傷の私はその分も殴られるだろう。
恐ろしい。
不意をついて、少年が友人を廊下の奥へ押した。友人がよろけて地団駄を踏む。もう少し! 少年が友人を叩きのめしてくれさえすれば、私は少しだけ助かる。
いつの間にか、セーラー服の少女も壁に頬を貼り付けて二人の戦いを見ていた。私に気付くと、にっこり手を振った。
友人がついに転倒した。腕を掴まれているせいで少年も一緒に倒れこんで、二人は闇に消えた。
闇に消えて、少し後に衝突音がして、少し破片が飛び上がって散った。
階段に落ちたのだろうか? でもそこは階段の手前で、二人はそのまま床にいなければおかしい。
私はそっと扉を開けた。セーラー服の少女が喚いているが、そこから声は聞こえなかった。
踏み出すと、足が落ちた。無限の闇に向かって、私は体を投げ出していた。
振り返る。セーラー服の少女が私を見下ろしていて、。
私に気付くと、にっこり手を振った。
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