鬼刃の夜

たま、

文字の大きさ
上 下
1 / 1

『鬼刃』...しかしあれは危ない

しおりを挟む
山深い村の端に住む少女、サトは、幼い頃から山の昔話を聞いて育った。
特に「鬼刃」(おにば)の話が怖くて記憶から離れなかった。
それは、夜に現れるあやしい男で、その男とは決して話をしてはいけないが、鬼の力を宿す斧を与えてくれるというものだった。

自分は沈黙には耐えられない性格だとわかっていたから、その話が心に刺さった。

なぜ沈黙がつらいのだろう...
自分の心がもっと豊かで満たされていたら大丈夫なのかもしれない。

心の弱さに魔が入り込む。


――*――


ある夕方、きこりたちは山の仮小屋へと向かった。
しばらく入って行かなかった裏山にこしらえた粗末な小屋だった。
裏山には人嫌いの山の神が住むと云う。

年老いたきこりのソウジは若いきこりのケイに言った。

「今日はこれで終いじゃ。どの斧も刃が鈍くなったしガタがきた。整えるには今回は道具がちょっと足らん。わしとしたことが迂闊だった。山を降りて道具の揃っている里に戻り斧を整えてくる」

ケイは不満そうに答える「この山の木は妙に硬い。すぐに刃がダメになる。もっと頑丈なのが欲しい」

ソウジは深いため息をつく「頑丈な刃か…『鬼刃』が手に入ればの。しかしあれは危ない…」

ケイは危ないと聞いて少し顔をしかめたが、興味が湧いたのか、「その話、本当なのかい?ただの迷信じゃないか?」と尋ねた。

ソウジは険しい表情で言った。「昔、手に入れた者がいたという話だ。だが、もしもだ..."山の男"が現れたら、決して話をしてはいかん」

それから二人は床についた。


夜が更けると、小屋の戸が静かに開いた。

「ガラガラ…」

怪しい男が戸口に立つ。背の高い影のような男は無言できこり達を見つめ、ケイの斧にスーッと触れると、斧の刃が少し黒ずみ、光を失った。

そして男は山の闇へと姿を消していった。


翌朝、ソウジは4本ばかりの斧を持って山を降りた。
ケイは一人で木を切ることになったが、やはり鬼刃の噂が頭から離れなかった。
木々は硬く、斧の刃が欠けてしまった。


夜になると、大男が再び現れた。

男は斧をじっと見つめる。
ケイは沈黙に耐えきれず、バツの悪い笑いを浮かべて、つい口を開いてしまった。

「なぜか刃が欠けちまったんだ。もっと強い刃があればなぁ」

男の暗い瞳がかすかに光ったように見えた。
男は微笑みながらうなずき、古びた袋から斧を差し出した。
それは「鬼刃」だった。ケイは鬼刃を受け取り、おずおずと礼をした。


ケイはその日、独りで木を切りに出かけた。
鬼刃は驚くほど良く切れた。
硬かったはずの木々がまるで山芋のようだ。鬼刃が心地良く刈り断つ。
ケイは嬉しかった。
自分は不器用で腕力も強くはなかった。
良い腕前のきこりではない。
老いてきたソウジにも遠く及ばない。
もっとどうにかならないものかとずっと気持ちが腐っていた。

それがどうだ。
今の自分は最高だ。これはもう日の本一のきこりじゃないか。
目が爛々と輝き、取り憑かれたように木を切って切って切りまくった。

男 ガ シャベッタ トントントーン
男 ガ 木 ヲ 打ツ トントントーン
山神 ガ 怒ルゾ トントントーン
鬼刃が唄う。


翌日、ソウジが戻ってきたが、ケイの姿はどこにもなかった。
小屋から離れた森まで探し回っても見つからず、不安が募る。

ソウジは疲れ切って肩を落とし山を降りた。
山のふもとの淵に差しかかると、そこにケイの服が散乱していた。ソウジは悟った。

「しゃべってしまったのか…」

ソウジは震える手で地面を叩きながら、若き友を思って泣き崩れた。


――*――


サトは山を登る途中、ふもとの淵で立ち止まった。
木々の隙間から、かすかに誰かの声が聞こえてくるような気がした。

彼女は振り返り、誰もいないことを確認したが、背後から冷たい風が吹きつけた。

「鬼刃…本当に存在するの?」

そうつぶやいたサトの耳元に、かすかな声が囁いた。

「決して、しゃべってはならぬ…」
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

江戸の櫛

春想亭 桜木春緒
歴史・時代
奥村仁一郎は、殺された父の仇を討つこととなった。目指す仇は幼なじみの高野孝輔。孝輔の妻は、密かに想いを寄せていた静代だった。(舞台は架空の土地)短編。完結済。第8回歴史・時代小説大賞奨励賞。

椿散る時

和之
歴史・時代
長州の女と新撰組隊士の恋に沖田の剣が決着をつける。

佐々木小次郎と名乗った男は四度死んだふりをした

迷熊井 泥(Make my day)
歴史・時代
巌流島で武蔵と戦ったあの佐々木小次郎は剣聖伊藤一刀斎に剣を学び、徳川家のため幕府を脅かす海賊を粛清し、たった一人で島津と戦い、豊臣秀頼の捜索に人生を捧げた公儀隠密だった。孤独に生きた宮本武蔵を理解し最も慕ったのもじつはこの佐々木小次郎を名乗った男だった。任務のために巌流島での決闘を演じ通算四度も死んだふりをした実在した超人剣士の物語である。

【眞田井戸で遭いましょう】セルフノベライズ ―眞田井戸移動機篇―

神光寺かをり
歴史・時代
自分で書いた四コマ漫画を自分でノベライズする、そんな無茶な企画の作品です。 多分コメディなので、出来れば、読んで、笑ってやって下さい。 内容は、ざっくり言うと、 ・兄上は今日も胃が痛い ・出浦殿、巻き添えを喰らう ・甘党パッパ ・美魔女マッマ という感じです。 この物語は当然フィクションです。 この作品は個人サイト「お姫様倶楽部Petit」及びpixivでも公開しています。 また、元ネタの漫画は以下で公開中です。 https://www.alphapolis.co.jp/manga/281055331/473033525

深川あやかし屋敷奇譚

笹目いく子
歴史・時代
第8回歴史·時代小説大賞特別賞受賞。コメディタッチのお江戸あやかしミステリー。連作短篇です。 大店の次男坊・仙一郎は怪異に目がない変人で、深川の屋敷にいわく因縁つきの「がらくた」を収集している。呪いも祟りも信じない女中のお凛は、仙一郎の酔狂にあきれながらも、あやしげな品々の謎の解明に今日も付き合わされ……。

生克五霊獣

鞍馬 榊音(くらま しおん)
歴史・時代
時は戦国時代。 人里離れた山奥に、忘れ去られた里があった。 闇に忍ぶその里の住人は、後に闇忍と呼ばれることになる。 忍と呼ばれるが、忍者に有らず。 不思議な術を使い、独自の文明を守り抜く里に災いが訪れる。 ※現代風表現使用、和風ファンタジー。 からくり治療院という配信漫画の敵斬鬼“”誕生の物語です。

ナポレオンの妊活・立会い出産・子育て

せりもも
歴史・時代
帝国の皇子に必要なのは、高貴なる青き血。40歳を過ぎた皇帝ナポレオンは、早急に子宮と結婚する必要があった。だがその前に、彼は、既婚者だった……。ローマ王(ナポレオン2世 ライヒシュタット公)の両親の結婚から、彼がウィーンへ幽閉されるまでを、史実に忠実に描きます。 カクヨムから、一部転載

【完結】ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

処理中です...