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1章 クリスマス

13話 畠山という男

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 戻ると、三田がソリの椅子にどっしりと腰掛けて待っていた。
「お、やっと帰ってきたか。」
「遅くなりました。処理は少し甘い部分が見られましたので、修正しておきました。これで問題ないでしょう。」
「え?甘い部分…ルドの使った奥義にですか?」
 三田は驚きの表情を一瞬見せたものの、すぐにもとの調子に戻した。
「ああ、いや、何にせよありがとうございます。」
「いえいえ、弘法にも筆の誤り、焦るような状況でもありましたし、あまり気にすることは無いかと。」
「そうですか…。まあ、そうですね。少し気にとめるくらいにしておきます。」
「では、戻りましょうか。」
 会話が一通り済むと、往路と同様の手順で『認識阻害ジャミング』から『生体加速クロックアップ』に切り替え、駐在所への復路を駆けた。
 体感で5分ほど経ったであろうか。
 僕は、隣に座る畠山が行きに見せた思わせぶりな言葉と表情が気になり、会話が途切れたこともあって、思いきって彼に切り出した。
「あの…。来るときに言ってた、あんなことって、何ですか?」
「…少し、と言っても10年以上は前の話になります。」
 畠山は暫くの沈黙の後、長くなってしまいますがと前置きして、ゆっくりと語り始めた。
「私の家系は魔術を一子相伝で伝えてきた家系でして、私は幼い頃から大きな力を握らされました。
 周りでは他の誰も持っていない魔術と言う力、だからこそ、私は勘違いしたのでしょう。自分こそが、唯一無二の正義のヒーローであるのだと。」
 彼は過去の自信を嘲笑するかのように苦笑いを浮かべた。
「よくある話です。今だと中二病なんて言われたりもしますが、そんな人間が実際に力を持っていてしまったら。正にそれが私でした。
 自分の見聞きしたものこそ全て、自分の信じたものこそ正義。そうやって、ヒーローごっこを続けていると、自分が特別である、世界に必要とされているという気分になり、多幸感に浸れたんです。
 今でも思い出しますよ。夜に繁華街に出掛けてね、路地裏なんかを回るんです。すると大概何らかのトラブルに出くわします。そうですね。多くは親父狩りだったり、スリだったり。そいつらを見つけたら私は声をかけました。「何をしている?」と。
 当然相手はこちらを見て、何者だと尋ねてきます。私は名乗るななどないなんて、格好つけて答えました。するとまあ、多少差異こそありますが、最終的に向こうは殴りかかってくるんですよ。だからそれを私は魔術でかわし、魔力弾を撃ち込み彼らを倒しました。魔力弾で動けなくなった奴等に、もう二度とこんなことをするんゃない、私はいつでも見ているからな。なんて言ってね。」
 恥ずかしげに語っていた彼だが、ここで少し表情が真剣になった。
「そしてそんな活動を続けているうちに…いや、こんなことを続けていたら必然だったのでしょうね、本物の悪に当たってしまったんです。」
「本物の悪…?」
「ええ、本物の悪。その時まで私が叩いていたのは不良程度でしかありません、結局それらは特別な力を持たない一般人とのやり取りでした。
 ですがその時に私が見たものは違いました。奴等は自分の家族以外で初めて会った魔術師で、同時に、魔術を用いた犯罪者、いえ、犯罪組織でした。」
「魔術を使った犯罪組織…ですか。」
 息を飲む。確かに魔術を行使する人間がサンタクロースたちや、畠山以外に居るのならば、その中にその力を悪に利用しようとするものが居たっておかしくはない。
「いつものように私は路地裏に行き、盗みを働いている集団に声をかけました。最初こそいつも通りの流れだった。相手は何だお前と睨んできて、私は名乗る名はないと答えました。その時に奴等は笑ったんです。私を馬鹿にしてではなく、愚かな獲物を見つけた肉食獣の様に。
 そして彼等のうちの一人が言いました。「ああ、お前が例の名無し君か。困るんだよね、うちの縄張りで暴れられると。それに魔術まで大っぴらに使っちゃってさ、正直困るんだよね、そういうの」と。そこで私は戦慄しました。魔術の存在を知られている。それだけで恐怖だったのに、彼の手には既に魔力弾が生成されていて、次の瞬間には私の足に着弾していました。」
「え?着弾って…。」
「はい、私の左足はその時にもう折れていました。驚いて恐る恐る彼らを見ると、「外したか」と舌打ちする男、そしてその周囲で更に魔力段を生成したり、銃を手にする男たちを数人見たんです。
 私は怖くなり逃げました。私はこのときから認識阻害(ジャミング)を使えたので、辛うじてその時は逃げ切りました。」
 彼は長く話して乾いた口を、茶で湿らし、一つため息をつき、また口を開いた。
「その後私は路地裏に出掛けることは無くなりました。彼らの存在は恐ろしく、私の心に傷跡を残しました。
 それから暫くは、平和に暮らして、恋人ができ、結婚して、娘も産まれました。」
 彼は、あの時は幸せだったな、と空を仰ぎ見た。
「中二病が抜けてからも抜けなかった正義感は、私が元来持っていたものなのでしょうね、その正義感のせいで私は警察官になっていました。この選択が、まずかったのでしょうが。
 ある日、とある事件に偶然出くわしましてね、銀行強盗だったんですが、威勢よく入ってきたものの、警察官が居るとわかり、私が無線を使ったと見ると、何も盗らずに逃げていきました。
 後で分かったんですが、この時の強盗のメンバーがあの時の男の手下でした。
 数度似たような事があり、犯罪を防ぎ、対処し、男の手下も数人捕まえました。
 その情報を頼りに、私はこの男を追いかけ始めました。犯罪組織を壊滅させる、その指名に燃えて、昔の恐怖など忘れて…。」
「それからは芋づる式に検挙数も延びました。あちらの内情を知っている以上、ある程度の予測はつけられるようになり、どんどん彼等の犯罪を防いでいきました。
 そんなある日、私が帰ると家から誰も居なくなっていました。代わりにリビングには一通の手紙が置いてありました。妻と娘は預かった、返してほしければ指定する場所へ来い。と。」
「私は急いでその場所、廃工場へと向かいました。吹き抜けになった工場の2階の縁にはあの時の男が立っていて、その横には縛られた妻と娘が囚われていました。」
「男の要求は、私が警察を辞め、二度と彼に近づかないことでした。
 しかし、私は、自分の正義では、犯罪を見逃すことはできない…と、その取引を、蹴り…ました。」
 彼の言葉がだんだんと遅くなり、声に震えが混じり始める。
「すると…男は、あいつは…妻を、娘を……突き落としました……。」
 彼の目から滴がこぼれる。噛み締めた唇は、僅かに赤く染まっている気がした。
 その沈黙は重く、僕には数十分にも、数時間にも感じられた。
「それだけです。結局、私は、私の正義のために、妻と娘を殺しました。」
「…。」
 僕はこんな時に発することのできる言葉を持ち合わせていなかった。
 聞いたことを後悔すらしたし、彼から目を背けたくもなった。
 しかし、彼は真っ直ぐこちらを見つめて言った。
「普段なら絶対にこんな話しはしません。誰かに語るような話でもないですしね。ですがサンタクロースの中核を担うあなたには、知っていてほしかった。迷ってもいいし、信念を貫くことだけが良いことってわけじゃない。そして…何をおいても大切にしたい…しなきゃいけない人も居るって事をね。」
「はい。今はまだ、その、よくわかってないですけど、この事は覚えておきます。」
 話すときに、泣いてしまうほど自分でも消化できていないことだろうに、僕なんかに伝えたいことがあって、わざわざ話してくれたことに、ありがたいやら申し訳ないやら、そんな気持ちにさせられた。
 しかし僕には気になることが一つ。
「でも、サンタクロースの中核を担うってどういう意味ですか?」
 畠山は僕の言葉に焦りを隠しきれなかったようだった。
 彼の表情からは確かに狼狽が伺えた。
 しかし、それも一瞬のこと、表情を苦笑に変えると、こう言った。
「いや、私の願望が出てしまっただけさ。どうやらルドルフさんもあなたを気に入っているようでしたので、そのような方にサンタクロースの中核を担ってもらいたいと思った。それだけです。混乱させてしまったなら、すみません。」
「ああ、いえ、全然、それは大丈夫ですけど…。」
 その言葉が、観念しての真実か、誤魔化しかを探ることは不可能であったが、自分のことをあれほどさらけ出してくれた彼を、僕は疑いきれず、結局これについては、真偽を考えることなく、何も聞かなかった事にした。
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