時刻、24:00:01

草牡丹

文字の大きさ
上 下
1 / 17

第1話 〈赤鬼の住処〉

しおりを挟む
「怪異」それは人間の負の感情を好む存在。 悲しませ、苦しませ、驚かせ、ありとあらゆる方法で負の感情を誘発させ、時として人間から命そのものを奪っていく。人類が忌むべき存在。
 そんな「怪異」から人類を守ってきた者たちがいた。
 教団「天使の足音」。怪異の撲滅を基本理念に掲げるこの組織には、怪異との争いで親や家族、友人を失った者たちや、惨劇を目の当たりにし胸を焼いた者たちが同じ悲劇を繰り返さないために活動をしている。

 町の離れにある山奥。白い聖職着を纏った10代後半の少年と怪異が対峙している。怪異の大きさ1.5mほど、手足は無く生物という感じはしなく、全身を黒い靄が覆い、目と口のような穴だけが開いている。魂や怨念、幽霊がいるとするならば恐らくこんな見た目なのだろう。対峙する少年の名はアーゲラ・バウルス。恵まれた体格、左手には1mを超える大きな盾を構えている。
 怪異は叫び声をあげながらアーゲラに襲い掛かる。アーゲラは、1mを超える大きな盾で怪異の攻撃を難なく防ぎ、「ガン、ガン」という金属にぶつかる音が数度した後、拳を握りしめ、怪異に反撃する。
「ぅぁああっ!」
「ドンッ」
「アアウアアウウゥ」
 アーゲラの雄たけびと怪異の弱った鳴き声が静かな森にこだまし、怪異はそのまま霧散した。
 少年は、「ふぅー。」と息を吐き、怪異の姿が消えたことを確認すると、「よし。」とうなずき、町の明かりが見える方へと足取りを進めた。
 昼過ぎにはこうして山へ繰り出し、怪異を発見し次第討伐し、日が落ちる前には町へと戻る。これが、彼の日課だ。

 町の中心部に白を基調とし教会がある。教団「天使の足音」の支部であり、彼の所属する組織だ。 ここには多くの子どもたちがいる。単身赴任、ひとり親、病気や怪我などさまざまな理由で面倒を見る事が難しい子どもたちがいる。 怪異を恐れながらも平和に暮らしている。
 しかし、今日はどうやら何かがあったようだ。いつもなら教団の中で子供たちと一緒に帰りを待っていてくれている教団の司祭が、今日に限っては少年を見つけると一目散に走って駆け寄ってきた。短髪の白髪、黒を基調とした聖職服を着た司祭は、その年齢もあり、息を切らせながら少年に尋ねた。
「はあ、はあ。シン君とライト君を見ていませんか?」 
 この町にいる10代前半の元気な男の子の名前だ。
「いえ。見ていませんが、どうかしたのですか?」
 アーゲラは司祭に尋ねた。
「はあ、はあ。いないのです。町のどこにも。」
 司祭は不安を押し殺すように生唾を飲み込み、そうアーゲラに訴えかけた。
「本当ですか?!私はいつも通りの道で帰ってきました。ですが聞こえたのは野兎が動く音くらいです。」
「そう、ですか。」
 俯く司祭。
「見つかるまで探しましょう。山には私と、”エノコ”で向かいます。司祭には皆さんと一緒に辺りの再確認を今一度お願いします。」
「すみません、、、よろしくお願いします。」
 司祭は苦しそうにそう頷いた。少年が日が落ちる前に帰ってくることにはいくつか理由があり、その最たるモノが怪異である。その黒色の体は夜間では視認性が悪く、日が落ちるにつれて狂暴化することも知られている。戦闘となれば重症を負う恐れもあるため、今から山に向かうのは好ましい行動ではない。

「司祭!!」
 声が聞こえ方に少年と司祭は視線を向けた。視線の先からは白い聖職服を着た桃色のショートカットの少女が走って向かってきた。少女の名はのエノコ・リンドマーク、かのじょもまた、アーゲラと同じ怪異と対峙する者の一人だ。
「セナちゃんに聞きました。どうやらあの子たちは、〈赤鬼の住処〉の話をしていたそうなんです!」
「なんですって?!」
 やっと見つかった男の子たちの居場所の手がかり。しかし、二人の顔は大きな焦りを見せた。
「急いで向かいます。エノコ、行きましょう。」
「はい!」
 〈赤鬼の住処〉とは山奥にある小さな洞窟のことで、今では立ち入りを禁止とされている場所である。何故”赤”鬼なのかを説明すれば、大抵の子は近づくことを辞めるのだが、稀に肝試しと称して近づく子供たちがいる。それでも、明るいうちであればしっかりと怒られてお仕舞となるのだが、、、命があることを願いしかない。
 〈赤鬼の住処〉へと急行するアーゲラとエノコ。夜に現れる怪異は、危険度も日中に対峙するモノとはわけが違うが、二人で冷静に対処すれば問題ないと思われる。勿論、いないに越したことはないが、近づくにつれて鮮明になっていく嫌な気配に、男の子たちの無事を祈るしかない。

 〈赤鬼の住処〉の周辺に着き、二人は男の子たちの捜索を始める。
「シン君、ライト君!そこにいる??」
「!!エノコねえちゃん!!」
 エノコの声に反応した男の子たちの声が聞こえた。
「ドン、ドン、ドン、ドン…」
「グゥウワオォォオオン!」
 無事だったことに安堵する間もなく、聞こえてきたのはこちらに気づき突進してくる怪異の鳴き声。大きさ2.5m程度、先ほどとは違い手足があり、目鼻も確認できる。4速歩行のその姿は大型の熊連想させる。黒色の体は先ほどと変わらないが放つ気配は全くの別物だ
「来ます!!距離を取って!!」
 アーゲラはエノコに危険を伝え、エノコはそれに応じて距離を取る。

「ドーン!」
 怪異の突進をアーゲラは盾を構え全身で受け止めたが、後ろに押され体勢を崩す。
 そのまま怪異は、前足を大きく振り上げ少年めがけて力任せに振り下ろした。
「ダーーン!」
 アーゲラは何とか盾で攻撃を防ぐことができたが、後ろに飛ばされ、地面に手を着くほど体勢を大きく崩してしまう。
 アーゲラに追撃しようと近づく怪異。
 そうはさせまいと、エノコは魔法の詠唱を始めた。
『主よ、我に力を与え賜え。 我は、忠誠を示し、心を授ける。 産まれよ、生花…』
 エノコの両脇に地面から2本白く光輝く蔦が生える。
 危険を察知したのか、怪異の注意がアーゲラからエノコに向けられる。アーゲラはその隙を付き、正拳突きを怪異に浴びせる。
「はああっ!」
「ドンッ!」
 怪異の腹部に命中し手足が一瞬中に浮いた。
「ゥァアアァガゥウ…」
 その攻撃に怪異の注意の目は、エノコからアーゲラに移り変わった。
 口から黒紫色の煙を大きく吹き出し、よろける怪異に少女の放つ魔法が追撃する。
『…射止めよ、薔薇の棘!!!』
 地面から生えた白く光輝く蔦から飛び出た棘は、マシンガンのような連射速度で怪異に命中する。
「ダダダダダダダン!!」」
「ゥワアアァ、、、」 
 口から出ていた煙が途切れ、体から漏れ出るように煙が溢れる。鳴き声が弱まり、体力の減少を感じる。熊型の怪異は、最後の力を振り絞るかのように声をあげ、近くにいるアーゲラを目掛けて右腕を振り下ろした。 
「ゥワアアア!」 
「ドーーンッ!」 
 舞い上がる砂埃と響き渡る鈍い衝突音。盾で防いだアーゲラの体は無傷だった。 
「ハァアアアアッ!!」 
 アーゲラが怪異の攻撃を受け止めると同時に新たな詠唱を始めるエノコ。

『主よ、我に力を与え賜え。 
 我は、忠誠を示し、心を授ける。
 産まれよ、生花!絡め取れ、薔薇の蔓!!!』

 地面から生えた4本の白く輝く蔓が、地響きをあげながら倒れた怪異に縛りつく。
 漏れ出る黒紫の煙。少しずつ確実に弱まっていく呻き声。勝利の目前に、男の子たちに気を配る余裕が出てきた。漏れ出る煙が弱まり目鼻の形が朧げになっていく。

 そして訪れたのは、まったく予期していない事態だった。 
「バキバキバキッ!!!!」 
 聞き慣れない音に全員の意識がそこへ向いた。突然の出来事に意識が乱れ術が弱まってしまう。しかし獣型の怪異に意識を向けることができなかった。何も無い空間がヒビ割れている。彼らにとっても理解ができない現象だった。 二人はそこから距離を取る。
「バキッバキバキッ!」 
 さらにヒビが入った後、「ドーーン!!!」という大きな音を立てながら空間が割れた。そして、地面や転がる石、岩、木々と生い茂る葉が、割れた空間を起点に黒色に染まっていった。
 その光景は「光が届かず視認できない。」というわけではなく、しっかりと辺りを見渡すことができる。しかし、その光景は今まで観ていたそれとは全くの別物で、到底理解できる光景ではなかった。
 そんな状況にいるにも関わらず、この状況に疑問を持てず、注意を割けないでいたのは、それに勝る圧倒的な恐怖がそこにあったからだろう。 

 空間が割れて現れたのは、光景の変化だけではない。大きさが優に5mを越える巨大な怪異。意識が乱れ弱まっていたとはいえ、怪異を捕縛するための魔法である蔓を簡単に引き裂き、先ほどまで戦っていた獣型の怪異に一心不乱に食らいつく。その様は単なる捕食風景で、そこに圧倒的な力の差を感じざるを得なかった。弱っているからではない事は不思議と容易に理解ができてしまった。 大きな咀嚼音を立てて食らいつく様は、獣と言って差し支えない。しかし、その姿は一般的な獣とは一線を画した。 
 額に伸びた太く短い一本の角と大きな一つの目。筋骨隆々の巨躯と樹木のような両腕両脚。 黒く染まった光景も、目の前にいる巨大な怪異の存在も到底理解できるものではなかった。 
 もし、「光景が黒く染まる」という非常識な世界で、常識外の巨大な怪異の行っている行動が、「捕食」という回復行動だと気がつければ、打つ手もあったかもしれないが、それは"たられば"というモノであるだろう。だとしても、悔やまれることには変わりない。
 突如現れた怪異が獣型の怪異を平らげる頃には、ひどく損傷していた脇腹の傷が、しっかりと塞がっていたのだから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

革命の旅路

おれ様
ファンタジー
 とある青い惑星にある、日の本の国。そこでは死した者たちが、記憶を宿したまま魔術の発展した世界へ行くことが幾度も起こるという。その者たちは皆 黒髪黒目で、神の祝福や世界の願いを受け、究極の力を得るという。究極の力を以って、ある者は悪を倒し、ある者は国の情勢を変え、ある者は平和な日常を過ごし、ある者は悪名ある貴族や王家の異端児に生まれる。究極の力に魅了されたのか、憧れたのか……その地に住まう者たちは、異界から来た者に集っていく。また彼らよって、魔術の発展した世界は平和になるという。  さて。異界の者に縋り得た平和。それは、真に平和だろうか。異界の者に頼り得た発展。それは、真に世界の願いだろうか。神の祝福に集まる仲間。それは、真に仲間だろうか。偶然手にした貼り付けの力。それは、真に強さだろうか。絶えず続く悲しく空しい歪な世界……そしてまた、異界から一人の少年が降り立った。純白の髪を持つ彼は、神の祝福を受けずに世界に落とされた。  これは彼と仲間の、やがて世界を揺るがす、革命の旅路だ――

金眼のサクセサー[完結]

秋雨薫
ファンタジー
魔物の森に住む不死の青年とお城脱走が趣味のお転婆王女さまの出会いから始まる物語。 遥か昔、マカニシア大陸を混沌に陥れた魔獣リィスクレウムはとある英雄によって討伐された。 ――しかし、五百年後。 魔物の森で発見された人間の赤ん坊の右目は魔獣と同じ色だった―― 最悪の魔獣リィスクレウムの右目を持ち、不死の力を持ってしまい、村人から忌み子と呼ばれながら生きる青年リィと、好奇心旺盛のお転婆王女アメルシアことアメリーの出会いから、マカニシア大陸を大きく揺るがす事態が起きるーー!! リィは何故500年前に討伐されたはずのリィスクレウムの瞳を持っているのか。 マカニシア大陸に潜む500年前の秘密が明らかにーー ※流血や残酷なシーンがあります※

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

劣等生のハイランカー

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
ダンジョンが当たり前に存在する世界で、貧乏学生である【海斗】は一攫千金を夢見て探索者の仮免許がもらえる周王学園への入学を目指す! 無事内定をもらえたのも束の間。案内されたクラスはどいつもこいつも金欲しさで集まった探索者不適合者たち。通称【Fクラス】。 カーストの最下位を指し示すと同時、そこは生徒からサンドバッグ扱いをされる掃き溜めのようなクラスだった。 唯一生き残れる道は【才能】の覚醒のみ。 学園側に【将来性】を示せねば、一方的に搾取される未来が待ち受けていた。 クラスメイトは全員ライバル! 卒業するまで、一瞬たりとも油断できない生活の幕開けである! そんな中【海斗】の覚醒した【才能】はダンジョンの中でしか発現せず、ダンジョンの外に出れば一般人になり変わる超絶ピーキーな代物だった。 それでも【海斗】は大金を得るためダンジョンに潜り続ける。 難病で眠り続ける、余命いくばくかの妹の命を救うために。 かくして、人知れず大量のTP(トレジャーポイント)を荒稼ぎする【海斗】の前に不審に思った人物が現れる。 「おかしいですね、一学期でこの成績。学年主席の私よりも高ポイント。この人は一体誰でしょうか?」 学年主席であり【氷姫】の二つ名を冠する御堂凛華から注目を浴びる。 「おいおいおい、このポイントを叩き出した【MNO】って一体誰だ? プロでもここまで出せるやつはいねーぞ?」 時を同じくゲームセンターでハイスコアを叩き出した生徒が現れた。 制服から察するに、近隣の周王学園生であることは割ている。 そんな噂は瞬く間に【学園にヤバい奴がいる】と掲示板に載せられ存在しない生徒【ゴースト】の噂が囁かれた。 (各20話編成) 1章:ダンジョン学園【完結】 2章:ダンジョンチルドレン【完結】 3章:大罪の権能【完結】 4章:暴食の力【完結】 5章:暗躍する嫉妬【完結】 6章:奇妙な共闘【完結】 7章:最弱種族の下剋上【完結】

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界に召喚されたぼっちはフェードアウトして農村に住み着く〜農耕神の手は救世主だった件〜

ルーシャオ
ファンタジー
林間学校の最中突然異世界に召喚された中学生の少年少女三十二人。沼間カツキもその一人だが、自分に与えられた祝福がまるで非戦闘職だと分かるとすみやかにフェードアウトした。『農耕神の手』でどうやって魔王を倒せと言うのか、クラスメイトの士気を挫く前に兵士の手引きで抜け出し、農村に匿われることに。 ところが、異世界について知っていくうちに、カツキは『農耕神の手』の力で目に見えない危機を発見して、対処せざるを得ないことに。一方でクラスメイトたちは意気揚々と魔王討伐に向かっていた。

勇者じゃないと追放された最強職【なんでも屋】は、スキル【DIY】で異世界を無双します

華音 楓
ファンタジー
旧題:re:birth 〜勇者じゃないと追放された最強職【何でも屋】は、異世界でチートスキル【DIY】で無双します~ 「役立たずの貴様は、この城から出ていけ!」  国王から殺気を含んだ声で告げられた海人は頷く他なかった。  ある日、異世界に魔王討伐の為に主人公「石立海人」(いしだてかいと)は、勇者として召喚された。  その際に、判明したスキルは、誰にも理解されない【DIY】と【なんでも屋】という隠れ最強職であった。  だが、勇者職を有していなかった主人公は、誰にも理解されることなく勇者ではないという理由で王族を含む全ての城関係者から露骨な侮蔑を受ける事になる。  城に滞在したままでは、命の危険性があった海人は、城から半ば追放される形で王城から追放されることになる。 僅かな金銭で追放された海人は、生活費用を稼ぐ為に冒険者として登録し、生きていくことを余儀なくされた。  この物語は、多くの仲間と出会い、ダンジョンを攻略し、成りあがっていくストーリーである。

家の庭にレアドロップダンジョンが生えた~神話級のアイテムを使って普通のダンジョンで無双します~

芦屋貴緒
ファンタジー
売れないイラストレーターである里見司(さとみつかさ)の家にダンジョンが生えた。 駆除業者も呼ぶことができない金欠ぶりに「ダンジョンで手に入れたものを売ればいいのでは?」と考え潜り始める。 だがそのダンジョンで手に入るアイテムは全て他人に譲渡できないものだったのだ。 彼が財宝を鑑定すると驚愕の事実が判明する。 経験値も金にもならないこのダンジョン。 しかし手に入るものは全て高ランクのダンジョンでも入手困難なレアアイテムばかり。 ――じゃあ、アイテムの力で強くなって普通のダンジョンで稼げばよくない?

処理中です...