異世界転生でラスボスの魔王として君臨していた

第１話 魔王の初めてのお仕事

1-3 少女の救出

　俺達はゆっくりと重厚な城門の扉を開けようとしたとき、後方から断末魔のような女性の叫び声が聞こえた。
 
「誰か助けてください！　早く助けて！」
 
　俺が後ろを振り向くと、シエラが小声で呟いた。
 
「これは先程のヒーラーの少女の悲鳴です。私たちには関係がないので無視しましょう」
 
　本来、魔王は人間を征服する邪悪な存在だ。以前の魔王も各地に戦争を仕掛けて大陸を掌握しただろう。だが魔王の仕事は人間に対して恐怖を与えることだけなのか？　人間の危機を救う魔王がいてもいいはずではないのか？　魔王に転生した俺は人間と争わず、平和な世界を作りたい。俺はシエラに本音を話した。
 
「もし俺の考えに不満や納得ができなかったら、正直に本音で答えてほしい。以前の魔王と違い、俺は平和な日常を過ごしたいんだ。魔王は人間を殺すだけが仕事ではないと思うんだ。この強大な力で世界を色々な方向へ変えたいんだ。俺は今から少女を助けに行く。シエラはどう思う？」
 
　するとシエラは嬉しそうな笑みを浮かべていた。
 
「私も魔王様と同意見です。私達の魔族の目的は人間の住処を奪うだけでないと思います。困っている人間のために戦うのも魔族の使命だと思いますよ。では今すぐ少女に向かいましょう」
 
「俺の意見に賛同してくれてありがとう」
 
「どういたしまして。私はどんなときでも大好きな魔王様に付いて行きますよ」
 
　満面の笑みでウインクを見せてくれたシエラは魔法を唱え始めた。
 
「私たちを導いてください。スペーステレポーション」
 
　俺達はシエラの両手から湧き出した白い霧に囲まれ、一瞬で少女が苦しんでいる草原へ転移された。
 
　そこでは勇者一行は大勢のゾンビに囲まれ、研磨された剣の刃先のように鋭い爪で全身を傷つけられていた。白色のドレスは血で染まっており、武器はゾンビの攻撃によってはたき落とされていた。先程の俺との戦いで体力を奪われているため、少女には抵抗する力が残り少なかった。
 
　早く少女を助けて回復させないと！　焦っている俺はすぐに目の前にいるゾンビに向かって勢いよく殴ると、台風のように激しい爆風が発生した。俺のパンチは危険すぎる能力であることを忘れていた！
 
　攻撃を与えたゾンビは砂漠の砂のように粉々に消え、爆風に巻き込まれたゾンビも倒れて消えた。すると少女に対して攻撃していたゾンビ達が獲物を逃さないような鋭い目で俺を見つめてきた。今度の標的は俺に変わってくれた。
 
　ゾンビ達は俺に向かって全力疾走してきた。少女を襲ってきたように俺達を引っ掻いて攻撃するだろう。俺は両腕を構えると、シエラも大剣を構えた。
 
「魔王様、今回はゾンビが多すぎます。私にも戦わせてください」
 
「頼む。期待しているぞ」
 
「はい、姫騎士の名に恥じないように戦わせて頂きます」
 
　シエラはゾンビを真剣な表情で観察し、大剣を構えながら草原を駆け抜けた。そしてゾンビに対して足に力を入れながら大剣を大きく振り、腹に刃が当たったゾンビは１撃で粉砕した。シエラは何度も素早い華麗な剣技でゾンビを仕留め続けた。
 
　埒が明かないと思ったシエラは魔法で敵の数を減らし始めた。まずは「無数の刃で敵を切り裂いてください。インフィニティウィンドブレード」と強い口調で唱えると、右手から圧縮された空気で生成した剣を無数に放ち、ゾンビの腹を深く突き刺した。この攻撃で大勢のゾンビを倒したが、まだゾンビが無数に湧き出ていた。
 
　それからシエラは覚悟を決めながら剣を強く握りしめ、「私の道を切り拓いてください。ウインドウェーブソード」と唱えてから回転斬りを仕掛けると、彼女の周囲から空気をさらに圧縮された無数の刃をゾンビに向けて発射した。刃がソンビの肉体に食い込むと限界まで圧縮された空気が大爆発するように放出され、猛風と共にゾンビは粉々になって消えた。
 
　俺もシエラに負けていられない。俺は襲いかかってくるゾンビに向けて両手を広げてから両腕に力を込めると、ゾンビの大群へ紫色に輝く太いレーザー光線を発射した。レーザーに巻き込まれたゾンビの大群は一瞬で炭となって消えた。もしレーザーが少女にも当たったら取り返しの付かないことになっていただろう。少女を助けることも大事だが、焦らず適切な攻撃を選んで戦おう。
 
　今度は少女が俺の攻撃に巻き込まれないように、慎重に接近戦で戦うことを決めた。俺はゾンビの大群へ走り出し、１人ずつ弱い力で殴打や蹴りを仕掛けた。今度は攻撃力を抑えて爆風が発生しないように、１撃でゾンビの腹に大ダメージを与えて粉々にしていった。だがこの戦術では１人ずつしか攻撃できない。俺の周りには凶暴な獣のような目つきをしている大勢のゾンビが尖っている爪で全身を引っ掻いてきたが、俺には痛みや傷が何も感じられなかった。さらに鉄のように強靭な体でゾンビの爪を根本から破壊し、彼らの攻撃を無力化した。
 
　その後、攻撃手段を失ったゾンビに対し素早く丁寧に連続で痛打を繰り返し、確実に敵の数を減らした。ゾンビは細かい砂のように消えていった。
 
　数分後、俺とシエラの攻撃であっという間にゾンビの集団を壊滅させ、真っ赤に染まったドレスを着用しているヒーラーの少女に近づいた。少女は目を瞑って倒れており、呼吸がない危険な状態だった。
 
「意識はあるか？　今すぐ治してやる」
 
　俺は少女の手を優しく包み込んで、大量の魔力を少女の体に流し込んだ。すると顔色が良くなった少女はゆっくりと目を開け、小さな声を発した。
 
「あ、ありがとうございます」
 
「大丈夫か？　気分は優れたか？」
 
「はい、大丈夫です。起き上がれます」
 
「無理しなくていい。まだ立たないほうがいいよ」
 
「大丈夫です。私は魔王を倒すまで帰ってくるなと言われたので、早く魔王城に向かわないといけないです」
 
　もしかして自己中心的な勇者に無謀すぎる命令されたのだろうか？　それに少女は俺やシエラを認識していないのだろうか？
 
「あの勇者に命令されたのか？」
 
「はい、……、魔王様！？」
 
　少女は俺の存在に気づくと、体が大きく跳ねるように驚いていた。目を大きく見開き、両手を胸に当てて怯えていた。
 
「申し訳ございません。無礼をお許しください。どうか私を殺さないでください」
 
「心配しなくていい、俺は君を殺すような真似をしない。命の危機に瀕していた君を救うためにやって来ただけだ」
 
「ありがとうございます」
 
　少女は不安や緊張が解けた表情になると、いきなり俺に懇願してきた。
 
「魔王様、お願いがあります。私を奴隷にしてください」
 
「奴隷？」
 
　少女は何を言っているのか分からなかった。シエラも困惑している表情だった。
 
「どうして俺の奴隷になりたいのか？　君は早く家に帰ったほうがいい」
 
「私には帰る家がありません。私は魔王様を倒して名声を上げるまで帰れないのです」
 
「あの勇者にいじめられているのか？」
 
「はい。無能な回復役の私はいらないと勇者に捨てられてしまいました。それから私よりも優秀な魔道士を雇ったそうです」
 
「仲間を見捨てる酷すぎる勇者だな。君の両親はいないのか？　帰る場所があるなら送って行くよ」
 
「私の両親は貴方様よりも凶暴な魔王様によって殺され、家も失ってしました。私には勇者が所持している家しか帰る場所がありません」
 
　以前の魔王のせいで少女の人生を滅茶苦茶にしていたのか。俺は少女に深々と頭を下げた。
 
「申し訳ない、先代の俺達のせいで君の希望を破壊してしまった」
 
「魔王様、私に謝らないでください。もう恨んでいませんから」
 
「いや、謝らせてくれ。なら提案だけど、先代の俺達のお詫びに、俺達の仲間にならないか？　いいよね、シエラ？」
 
　シエラは小さく頷いてくれた。少女はびっくりしているような表情をしていた。
 
「いいえ、私は何もできません。役立たずの私は奴隷として雇ってください」
 
「君は役立たずじゃない！　もっと自信を持て！　君には奴隷ではなく俺達と共に輝く未来を作るために活動してほしい」
 
「魔王様、駄目です。私にはそんな地位に値しない無能な人間です」
 
　少女は自分自身を悲しい表情で否定していると、シエラが明るい表情で少女の顔を覗き込んだ。
 
「ヒーラーさん、もし奴隷になったら魔王様の指示は絶対に従わないといけないのですよ。だからヒーラーさんは魔王様の仲間になりなさい」
 
「は、……、はい」
 
　シエラは俺にウインクを見せてくれた。もしシエラがいなかったら少女を説得することができなかった。俺はシエラに小さく頭を下げた。
 
「では君は今日から俺の仲間として活動して貰えるかな？」
 
「はい！　色々とご迷惑をお掛けしますが、本日からよろしくお願いします！」
 
　少女は綺麗な姿勢で起立し、俺に忠誠しているような真剣な表情をしていた。少女の真紅に輝く瞳はキラキラと輝いていた。
 
「よろしく。ところで君の名前は何だ？」
 
「私はイネスと申します」
 
「イネスだね。これからもよろしく」
 
「私は姫騎士のシエラです。イネスさん、困ったことがあったら私にも相談してくださいね」
 
「はい、ありがとうございます」
 
　３人は同時に握手をして、屈託のない笑顔で笑い始めた。