創戦記ダイガマンアルト

ActionBlood

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ー―第1部:ヒザルビン編ーー

#1:ランブルフィッシュ

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 同じ水槽の中で獰猛な魚と餌の対象になる魚が混泳するその意味がもたらす結果はーーーー。

 ベールほど薄い雲のかかった月が満ちていく。
 雲が次第に薄くなり、月の光が暗闇の街に注ぎ込む。
 その街は緑の植物で溢れかえっているかのようで、まるで「植物園」と呼ぶに相応しい風景だ。
 高層ビルなどの建物のほとんどが酷く崩れていて、さらにアスファルトが真っ二つに割れており、地面が波打っている。
 地面の隙間から太い蔓で溢れており、踏む度にガサガサと音がする。
 戦争で滅んだ街、あるいは災害映画のワンシーンを思わせるような殺伐とした風景だ。
 人々は命懸けで”何か”から逃げ惑っていた。
 交差点では爆発が起き、舞い上がる煙の中から人ではないその”何か”が姿を現す。
 その"何か"が姿を現した後、全身プロテクトに身を包んだ守護土の部隊が迅速に駆けつけた。
 それは両目が赤くレンズ状になっていて、前髪は白く、後頭部は薔薇のような形状をしている。体の半分は深緑と黄緑色で、腕や脚は黒い茨で覆われている。
 怪人の歩いた跡には、頭や首から流れる血を含んだ死体が連なっていた。
 守護土達がマシンガンを振りかざし、怪人に向けて弾丸を撃ち込むが、それはまるで空虚な壁にぶつかるように、何の効果もなかった。マシンガンの音に混じり、彼の右腕が鮮やかな刀へと変わり、守護土達に迫る。怪人の一振りで、彼らはまるで紙切れのようになぎ倒され、瓦礫と血しぶきが舞い散る。全身プロテクトの頼りない防御が、怪人の非人間的な力には及ばず、彼の前に立ちはだかるもの全てを蹂躙していく。

『ディアマトズは不滅だ!!!』

 両腕を広げながら、怪人は盛大に言った。
 手を繋ぎながら怪人から逃げる親子がいた。しかし、怪人は小女に目をつけ、手をゴムのように伸ばし、娘を連れ去る。

「あっ!? ママッー!!」

「エミィイィイィイィ!!!」

 遠ざかる娘に手を伸ばし、叫ぶ母。
 胸部がパカッと口のように開き、捕まえた女の子をその口の中へ運ぼうとしている。
 死を覚悟した女の子は涙を流しながら目を瞑った。しかし、その時だった。突然何かが光のように横切ると怪人の手首が突然千切れ、捕まっていた女の子が一瞬で姿を消す。
 何処からともなく現れ、怪人から女の子を救出した謎の”男”が閃光の如く駆け抜ける。
 立ち止まった男は抱えていた女の子をゆっくりと下ろす。すると女の子は泣きながら母親の元へ走る。

「マァマァー!!」

「エミィ!!」

 泣きながら娘を抱きしめる母親の姿を見届けた後、”男”は遠くたたずんでいる植物怪人の方へ振り返る。

『サクルフ……』

 植物怪人サクルフと対面した”男”は、会いたくもないような口ぶりだった。
 ”男”と言っても植物怪人同様、人とはかけ離れた姿をしている。
 全身を包む純白色の強化皮膚の上に両脚から上半身にかけて赤い装甲を纏っている。両目アイレンズは青色で口を覆うフェイスマスクは真珠のように白い光沢を放つ。侍の兜を連想させるように、前頭部鍬形くわがた状の角があって左右とも長さが違う。腹部にベルトを巻いており、バックル中央部が円形で赤く、まるで日の丸のようだ。
 彼も人間から見たら異形の一種だが、植物怪人サクルフとは正反対で「戦士」や「スーパーヒーロー」を連想させる。
 装甲を纏った戦士風貌の怪人と茨で覆われた植物怪人、彼らをまとめて「ダイガマン」と呼ぶ。

『おやおや、夜明者よあけもののアルトではないか』

『お前ら全員あの世に葬ったはずだ。ディアマトズも壊滅したはずなのに、まだ生きているだと……』

『残念だったな、アルト。前回の『ダイガマンファイト』で俺を木端微塵にしておきながらコアの有無を確認せずに放置したアンタが悪い。だが、お前さえこの世から消せば、俺達ディアマトズは何度でも復活する!』

『だったら、二度と再生出来ないようにコアごと木端微塵にするまでだ……』

 アルトと呼ばれるダイガマンは吐き捨てるように言った。
 すると前頭部の角が広がるように展開したと同時に右手が太陽のように発光し、眩い閃光が放たれる。
 
『ほう、やれるものならやってみろー!! 夜明者ッ!!』

 両腕を広げながら、挑発するように相手に向かって武装解除の仕草を見せた。
 その眩い光り輝く右手が、手刀として形を変え、アルトは急速にサクルフに向かって進む。
 閃光の中、アルトの右手が急速に伸び、光の刃となってサクルフの胸を貫く。

『ぐわっ!?』

 胸を貫かれたサクルフは天へ向かって声を上げた。
 貫かれた胸部から光の光線が噴き出すように広がる。
 ダイガマンの胸の中央には「コア」と呼ばれる結晶体が存在していて、力の源であり同時に弱点でもある。
 コアを破壊されれば、どんなダイガマンも確実に死ぬ。だが、コアを貫いたはずなのに手応えがまったくない。いやそれどころか、サクルフの身体に食い込んでいくかのように感じた。まるでサクルフがアルトの手を肉体に引き込もうとしているかのように、力強く引っ張られているようだった。アルトの手は次第にサクルフの胸の中に溶け込んでいく。そこからは、無数の細い根が無数に伸び、アルトの左手の皮膚の下に入り込むかのようにして侵食していった。

『何ッ!?』

 アルトは逡巡することなく手刀で自身の左手を切断し、浸食を食い止めた。
 切断した左手はそのままサクルフの体内に同化された。

『ハハハハハハハッー!!!』

 サクルフが突然、高笑いを上げる。
 すると次の瞬間、サクルフの体内からまるで地中を掘り進むような轟音が響き渡り始める。彼の背中には奇妙な変化が起きていた。まるで何かが中からうごめいているように見え、次第にその部分は膨らみ始めた。やがて膨らんだ部分から、巨大な蕾が次々と姿を現し、そこからは根や茎が生え出していた。まるで彼の体内を容赦なく食い破るかのように茎から無数の腕と顔が次々と現し、ついには彼を完全に覆い尽くすまで成長したのだった。瞬く間に彼の体は五メートル、十四メートル、そして次第にそれを遥かに超えた。
 頭部は蕾のようなもので覆われており、首から下は人型で下半身は四つん這いで歩く竜のような四本脚。さらに、なぜか前足の関節だけが反対に曲がっている。阿修羅のように六本の腕を持ち、どれも異様に長い。
 次の瞬間、頭部を覆っていた花びらが4方向に開くかのように展開し、素顔を現出させる。ワニのような口に鋭い牙を備え、無数の眼があり、首の周りにはオレンジ色の花びらが並んでいて、しかも消滅したはずのあのサクルフが上半身のまま頭部と一体化している。
 アルトは巨大な手によって地面から引き上げられるようにして持ち上げられた。彼の全身には怪物の指が食い込み、無慈悲な力で絞め上げられる。

『う”ぅ”!?』

 掴んでいるアルトをゆっくりと本体サクルフがいる頭部に引き寄せる。
 ゴング直前、睨み合うボクサーのように顔を突き合わせる二人。

『太陽が出ていないにも関わらず、ここまで巨大化出来たのは俺の元型ベースモデルの特性を知っていて、利用した……』

『あぁ、光がなければ花も咲かない。お前のおかげで、その蕾が華麗な花・・・・・・へと開花したのだ』

 話し終えると怪獣は全身の骨が砕けるまでアルトを握り潰し、そして今までの鬱憤うっぷんを晴らすように周辺のビルや地面目掛けて何度も叩きつけた。

『死んだ同胞の無念を晴らすため、そしてディアマトズの再興のためにお前のコアを頂く……』

 叩き終わると怪獣は握っているアルトを口の中へ運び、そのままゴクンと飲み込んだ。
 アルトがサクルフの口から消える音とともに、怪獣は一瞬でさらに巨大化し始めた。まるでアルトのエネルギーが怪獣の体を満たすかのように、サクルフはその姿を圧倒的なものに変えていった。
 周囲のビルや街の景色はサクルフの巨大な身体に圧倒され、まるで子どもの積み木が崩れるように倒れていく。それに伴い地面から巻き上がる土煙が空を舞い上げた。その土煙の中で、巨大なシルエットが次第に浮かび上がる。そして、土煙が晴れると、サクルフの巨体がそびえ立っていた。
 怪獣は周囲の摩天楼を見下ろすほどの高さにまで成長し、その影が都市を覆い尽くす。
 街にいる全ての人々が一斉に怪獣を見上げる。すると、怪獣もまた視線を上げ、雲の向こうに異変を察知したかのように動き出す。すると、戦闘機3機が雲の隙間から突如として現れる。
 3機ともかつて日本に存在していた「F-15」に酷似したノーマ製の戦闘機である。
 怪獣に向かって一斉にミサイルが発射されたが、直撃して大爆発したにもかかわらず怪獣は無傷だった。
 すると、怪獣はゴムのように伸びる無数の触手を振り回し、1万メートルの高空を飛行中の戦闘機を次々と叩きのめしていく。空中で爆散する3機は炎に包まれながら、まるで舞い落ちる紙飛行機のような姿で地面へと墜落していく。
 その光景を遠くから見ていた人々は深い絶望に打ちのめされ、膝をつくほどの衝撃を受ける。
 御覧の通り、戦闘機と言った通常兵器如きではダイガマンは殺せない。
 ダイガマンはダイガマンでしか殺せない。だが、そのダイガマンを倒しうるダイガマンが捕食された今、もはやヤツを殺せる者はいない。

『聞けッ! 魔納マナを持たないノーマどもよ! オルディアに代わって俺、いや俺達新生ディアマトズがこの世界を統治する! だが、怯える必要はない。我々ディアマトズに従い、また奉仕さえすれば他の勢力から守り、さらにお前らの生活と安全を保証する。我々に従属することがお前らの唯一生きる道だ!』

 両腕を広げながら人々に向けて勝ち誇るように宣言した。
 怪獣の声帯を拡声器代わりに利用しているため、彼の声は街中に響き渡る。
 だが、そんな野望を打ち壊すかのようにサクルフに異変が起きる。
 突然両脇腹から伸びる手で胸部を押さえながら、苦しそうにもがきだした。
 首を揺らしながら、周辺の建物にぶつかる怪獣は断末魔の叫びを上げる。

『な、何が起きている!? ま、まさか……いや、ありえない!』

 体の中で何かが暴れている。まさか、アルトか? いや、今頃消化されているはずだ。そんな考えがザクルフの頭を過る。
 怪獣の胸部からは赤い光が透けるように浮かび上がり、そしてその光は広がるように大きくなり、胸を突き破った。しかし、それだけではない。怪獣の体のあらゆる部分から光線が放射された。その光線は周囲の建物を真っ二つにした。
 だがその時、怪獣の体がはち切れんばかりに膨らむ。そして、水風船のように爆発した。
 手や足、頭部などが体液とともに勢いよく吹き飛び、ビルに衝突する。その衝撃で逃げ惑う人々が落ちて来る瓦礫や怪獣の肉片の下敷きに。
 ビル群は怪獣の飛液しぶきで辺り一面がオレンジ色に染まる。


 ◇◆◇


 混沌とした街では大爆発の余波が収まらぬまま、怪獣の手や足などの肉片が瓦礫と共に散乱し、オレンジ色に染まった場所があちこちに点在していた。周囲の空気は焦げ臭く、煙と埃が舞い上がっていた。
 瓦礫の中から巨大な竜の骨格が顔を覗かせ、その瞳には荒廃した都市が映っていた。煙と焼け跡に包まれながら、まるで生命の息吹が消えたかのように静寂が漂っていた。そんな中、人の気配がないはずの交差点で足音だけが響き渡る。舞い上がる煙の中から不気味なシルエットが浮かび上がる。それはサクルフの姿だった。
 
『うぅ、消化されている最中に魔技マギを使って自爆するなんて想定外だ……。さすがに自身の攻撃で消滅したはずだ……』

 酷く衰弱していサクルフは足を引きずりながら、不自由な足取りで前進していた。
 まるで命の火が消えかけた蝋燭のように、その姿は揺れ動いていた。

『だが、俺はまだ生きている……。俺さえ生きていれば、ディアマトズは何度でも――』

 その瞬間、彼の内部で一筋の糸がカチリと切れた。
 思わず視線を下げると、胸の中央から刀身が突き出ている。そして恐る恐る振り返ると、いつの間にか背後に刀を握ったアルトが立っていた。
 海から上がってきた人のように全身ずぶ濡れで、体に浸みる強酸性の消化液の水滴を滴り落ちていた。

『ディアマトズは解散。地獄にいるお仲間達にも伝えておけ』

 そう言って、刀を振り上げ、そのまま容赦なくバラバラに切り裂いた。

『ア、ルト……』

 細かな断片となったサクルフは宙に浮かびながら、悔しさを込めて言い残した。その後、彼の姿はみるみると崩れ去り、最終的には灰となって風に舞い散った。
 アルトは怪獣の頭部から飛び降りると、目前に異様な光景が広がっていた。
 灰まみれの子供を連れた親や顔から血を流す中年の男性、そして血まみれの女性まで様々な人が集まって、こちらを睨んでいる。
 その中、頭から血を流しながら腕をだらんと垂れ下げている5歳児くらいの男の子を抱き抱える、母親らしき女性が重く閉ざしていた口を開く。

「ケンジ……息子はアンタらの抗争に巻き込まれたせいで、死んだ……」

 おそらく放ったレーザーの爆破の衝撃で吹き飛んだ瓦礫が息子の頭部に直撃した様子。
 それに対しアルトは何も言い返せず、ただ申し訳なさそうに黙っていた。

「アンタら異世界オルディア人はゲートを閉じ、奴らを連れて帰ることなくここに放置したまま、この世界から撤退した。その結果がこれだよ! 20年前にアンタらの戦いで両親を失い、そして今度は息子までが奪われた! 何が”世界の抑止力”だ! オマエらダイガマンは世界に災いをもたらす悪魔だ!! もうこれ以上、アンタらの揉め事に私達を巻き込まないでよォ! うぅ、ケンジを……返してよォオォ!!」

 地面に膝をつき、息絶えた息子を抱きしめながら女性はその場で泣き崩れた。
 周りを見渡せば建物のほとんどが崩壊し、辺りは止むこと無く炎上していた。あらゆるところに瓦礫の山が出来ていて、その隙間から下敷きになって命を落とした人々が救いの手を求めているように手を伸ばしている。
 この景色を見てアルトは自分達ダイガマンがどう思われているのか改めて思い知らされる。
 悪しき反ダイガマンであるサクルフから人々を守ったのに、「ありがとう」という一言もなく、ここから消えろとでも言わんばかりに憎まれるアルトはそれに応じるように背を向ける。
 すると人混みの中から一人の女の子が前に出てアルトを見つめながら、閉ざしかけた口を開く。

「あ、ありがーー」

「危ないから、早くこっちに!」

 サクルフから救ってくれた時の礼として「ありがとう」と伝えようとしたが、母親に遮られて最後まで言えずに終わった。
 あの場から立ち去ったアルトの行く先には死体が散らばっていた。横たわっている無数の死体を見てアルトはふと自問する。

 ーー俺は何のために、誰のために戦っているんだ……?
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