【完結】ナイトシェードの毒薬〜毒殺事件の容疑者にされかけましたが、事実無根なので必ず犯人を見つけ出します〜

雲井咲穂(くもいさほ)

文字の大きさ
73 / 89
第五章

69.死者の「供述」書(エヴァンス視点)

しおりを挟む
 ―――会議室の中には静寂が漂っていた。

 空気は重く、張り詰めた緊張感がその空間を支配している。

 天井灯のぼんやりとした明かりが無言で向き合う面々の顔を照らし出し、その影が部屋の隅に不安げに落ちていた。

 誰もが声を発しないまま、資料に目を通し、頭の中で事実を整理している。その静寂の中、微かなペンの音や、資料をめくる音だけが、重苦しい沈黙を引き裂く。

「いったいどうなってるんだ」

 珍しく真剣な表情そのものでやわらかい金髪をガシガシと乱暴に掻きむしったメイノワールが、浮かしたり下げたりしていた紙の束を机の上に放り投げた。

 リチャードはもう知らないとばかりに資料そっちのけで机の上で眠りこけていて、その向かい側に座るエヴァンスは椅子に深く腰掛けて天井を仰ぎ、ため息をついていた。

「失礼します」

 バルトレイの声が静かに会議室に響き渡ったが、誰も微動だにしない。

 それを見咎めることもなく、バルトレイはメイノワールの方に歩み寄り、何かを耳打ちする。すれば、「はぁ?」と頓狂な声を上げて彼は立ち上がった。

「ちょっと所用ができましたので、僕はこれで失礼します」

 おや、と片眉を上げたのはエヴァンスだった。

「取調室のが意外に手ごわくて、どうしても口を割りそうにないので、アレを使おうと思いまして。―――許可いただけますか?」

 要望ではなく、

 苛立ちを滲ませた紫水晶の瞳が、アルバートに向けられている。

「許可する。さっさと終わらせろ。時間の無駄だ。ただし、……死なれては後々事後処理が面倒だ。余計な仕事を増やさないためにも、言っておけ」

「はっ」

 失礼します、と敬礼し、後は任せたとばかりに同僚たちにひらひらと手を振って出ていく。

「うわっ。アレを使うのか」

 微かに昔を思い返し、に心当たりがあるエヴァンスは顔を盛大に引きつらせる。

 しかもこの男、人命を尊重した結果、死なれると困るというより、その後の隠蔽処理に手を煩わせられる方が面倒だという意味を隠しもせずに言い捨てた。

「疑似薬の類なので問題ない」

 書類上も人権上も問題ないと言い捨てる鬼畜悪魔にエヴァンスはやや非難するように視線を送るが、自分は既に部外者と思い至り、肩を竦める形で椅子に腰かけ直す。

 アレ、というのは自白剤の一種で、戦時中にあらゆる意味で使用を合法化されていたものだった。むろん現在、禁忌薬の一種として使用は禁止されていて、表立って使用されることはない。

 が、今回の一件はその「表立って」とは大きく外れた懸案であるため、内々に処理することを念頭に「疑似薬なら問題ない」と許諾をしたのだろう。

(似せて作った本物ではないから大丈夫だというのもどうかと思うが。まぁ、仕方ない、のか?)

 これ以上考えても無駄だと、エヴァンスは思考を放棄し、手元の資料に目を落とした。

 兄、リチャードが無許可で男爵夫人の遺体を掘り起こし、秘密裏に解剖した際の遺体の検案書だ。

 上司が上司なら、部下も部下だとは思うが、この件については自分も被害を被る可能性があるので黙して放逐することとする。

 資料には当時の遺体の状態が簡易的な図と共に表記され、特に損傷が目立つ箇所についての明記があった。

 外傷はほとんどなく、特に内臓や呼吸器官に関する解剖所見が目につく。

 結論として、「毒物の摂取による死亡の可能性」が示されていた。

 続いてページを捲って別の用紙に目をやれば、自分が検視に立ち会った生きの悪い方の遺体についての報告書が示され、やはり共通点として「毒物」による死亡の可能性が記述されている。

 また、夜会で使用されたと思われる爆発物の残骸から採取された油や今朝死亡した容疑者の衣類の一部や皮膚組織を分析したところ、油や火薬とは異なる物質。―――毒性の高い成分が検出されたということだった。

「確実にこの物質と断定はできないんだけどねぇ。胃とか小腸の状態を見ると、明らかに出血と腫れがあったし。病気等の疾病とは違う、劇症型の何か…。最初は胃液の逆流かなぁと思っていたんだけど、食道も細胞が壊死するレベルで損壊を受けていたし。夫人を掘り返すまでにやや時間は経っていたけど、夏ならいざ知らず、この時期で消化器官系の内臓の大半が融解している現象はなかなかお目にかかれないよね。特に胃を中心としてその状態が顕著だった、ということを加味すると、経口摂取した薬物の毒性の発露による死亡、と考えられる。―――ただ、現場から採取した油に含まれていた成分と夫人から検出された毒物と思われる成分が同一かと問われると、微妙なんだよねぇ」

 会議の内容に飽きて眠っているかと思えば、全思考を放り投げて居眠りを決め込んでいたようだった。

 いつも自信満々で他人を小馬鹿にしている兄が珍しく弱気である。

 リチャードはゆっくりと顔を上げると、疲れ切った表情で長い溜息を吐いた。柔らかく輝く銀髪もお疲れのようで、どことなくどんよりしているように見える。

「毒物を摂取した時に似た外的な特徴と照らし合わせながら、採取したサンプルを使った試薬テストで白色の沈殿物が認められたから、それ系の毒物の可能性があるということまではわかるんだけど、どの種類の、何の毒物が使われたのかは完全にはわからない。似た症状を引き起こす毒物は意外に数があるしねぇ」

 まさに、犯人のみぞ知るって感じなんだよねぇ。

「―――容疑者も死んじゃったしねぇ」

「死んだ?」

 初耳である。

 驚いて目線を上げれば、視界の隅でアルバートが静かに頷いていた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。

織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。 父であるアーヴェント大公に疎まれている―― 噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

悪役令嬢の身代わりで追放された侍女、北の地で才能を開花させ「氷の公爵」を溶かす

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の罪は、万死に値する!」 公爵令嬢アリアンヌの罪をすべて被せられ、侍女リリアは婚約破棄の茶番劇のスケープゴートにされた。 忠誠を尽くした主人に裏切られ、誰にも信じてもらえず王都を追放される彼女に手を差し伸べたのは、彼女を最も蔑んでいたはずの「氷の公爵」クロードだった。 「君が犯人でないことは、最初から分かっていた」 冷徹な仮面の裏に隠された真実と、予想外の庇護。 彼の領地で、リリアは内に秘めた驚くべき才能を開花させていく。 一方、有能な「影」を失った王太子と悪役令嬢は、自滅の道を転がり落ちていく。 これは、地味な侍女が全てを覆し、世界一の愛を手に入れる、痛快な逆転シンデレラストーリー。

処理中です...