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第四章

54.灰緑の瞳 (アルバート視点)

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 獰猛な獣を連想させる赤い瞳が何かを探るように、注意深く揺らめいた。

「軍内部では「ナイトシェード」という言葉が独り歩きしているそうだが」

 軽く威圧するような不機嫌さを伴って零れた言葉に、下士官がわずかに相貌を驚かせる。

 彼の上司にしては珍しい感情の発露に、気づけば口が動いていた。

 怒りの矛先が自分に向くのは限りなく避けたいことだと言わんばかりに。

「それもまだ調査中です。毒物の特定は類似成分が多い場合は同定までに時間がかかると申しておりました」

「検査結果はいつになる?」

「分析班からは、第一段階の結果は遅くとも明朝までに報告できるとのことです。詳細な解析にはさらに数日を要すると聞いております」

 打てば響くというタイミングで返ってくる部下の答えに、アルバートはそうか、と呟いて手元の書類に視線を落とす。紙を幾枚か捲りながら流動が不安定な支出が多いな、とちいさく呟く。

「わかった。情報を封鎖して出処を辿っておけ、どうせすぐに見つかるだろう。それから調査を急がせろ。少しでも情報が揃えばただちに報告しろ」

「承知しました」

「他には?」

「以上です。新たな情報が入り次第、速やかにお伝えします」

 部下は敬礼し、素早く部屋を出ていった。

 アルバートは眉間を押さえ、机の上に散らばる資料を一瞥する。目を通すべき書類は山ほどあるが、どれも断片的な情報ばかりで繋がりが見えない。一度整理する必要はあるだろうが、「犯人の死亡の知らせ」を聞くのが先かどうかという感じだ。

 その時、ノックの音が二度響いた。

「入れ」

 応じると、別の部下が足早に入室してきた。

「副官殿より至急会議室にお越しいただきたいとの伝言です」

「内容は?」

 くだらない内容だったら出る気はない、という意思を込めて部下に視線をやれば、下士官が居住まいを正しながら答える。

「先日掘り返した男爵夫人の遺体検案書に関するものだと聞いております」

「遺体検案書……」

 掘り返したとは、また、上官である自分の許可なくやりたい放題にやってくれるものだ。

 気が付けばクシャリと手元の書類を握りつぶしていたようで、それに気づいた部下が小さく悲鳴を上げた。

 自分自身もずいぶん型破りだと自負しているが、それ以上に型破りな変人の副官を思い出し、アルバートはますます不機嫌になって眦を尖らせた。

「―――アストラヴェル侯爵子息の、弟の方の調査報告書も持って行ってやれ。アレが喜ぶだろう」

 あの侯爵家は変人しかいないのかと嘆息すると、下士官はふっと安堵した後、小さく苦笑して踵を返す。その背中に思い出すように一言添える。

「厄介者のグレイソンの視界には絶対入れさせるなとよく言い聞かせておけ。将軍に捜査を邪魔されると面倒だ」

 面倒どころか息の根を止めたくなる、と心の中で付け加え、アルバートは厄介ごとを片付けるように、再び書類の山に着手し始めた。




*******




 バタバタと部屋の外が騒がしい。

 入室禁止を厳命して、一人きりになったアルバートは書類に走らせていた手を止めた。

 ペンを元の位置に戻すと、眉間に僅かなしわを寄せて考え込むようなそぶりを見せる。

 ほどなくしてジャケットの内ポケットから小さな鍵を取り出し、机の引き出しの鍵を開けた。

 カチン、と音が鳴る。

 几帳面に整理整頓された私物の合間に、ひときわ異彩を放つ輝きが転がっていた。

「さて。どうしたものか」

 アルバートは慎重にそれを手に取る。

 まるで触れてしまえば壊れてしまいそうな繊細な存在であるかのように。

 やわらかな光を宿したペリドットの耳飾り。

 どこにでもありそうなありふれた色彩をしている割に、どこか目を惹く強い輝きを放つ。

 脳裏にあの「灰緑」がチラついて、彼はしばし角度を変えながらまっすぐ射貫くようにそれを眺める。

「さて、どうしたものか――」

 誰にともなく、虚空に向かって呟くその声は静かで低く、けれどどこか憂いを含んでいるようだった。



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