上 下
41 / 90
第三章

36.歪んだ自画像

しおりを挟む
 アルヴィスのせいで何もかもうまくいかない。

 地味で何も特筆すべきものがないくせに、アルヴィスはいつもここぞという時にヴァネッサから注目を奪っていった。

 父親は、「親がいない孤児なのだから、お前が気にする必要はない」と微笑みながら頭を撫でてくれた。それからどんなにヴァネッサが素晴らしいかを褒めたたえ、彼女が満足するまで美しい宝飾品やリボン、レース、羽根飾りの扇子、王族や一部の高位貴族でしか手に入れることができない最先端の流行のドレスを買い与えてくれた。

「お気に入りの男性がアルヴィスを選んだのが許せない」と母に涙ながらに訴えると、「あなたほど素晴らしい女性はいないわ」と甘い微笑みで慰めながら「それなら、彼女の悪評を少し広めればいいのよ」と簡単な解決策を提案してくれた。

 その言葉にヴァネッサは心が軽くなるのを感じた。

 母の助言に従い、アルヴィスの情報を集めるうちに信じられない話を耳にした。

 領地での彼女の「仕事」についての噂だ。

 両親が他界しているからと、祖母と共に薬草園を経営していると聞いたときも驚きだったが、彼女自身が泥まみれになりながら実際に働いているという話を知ったときには、衝撃が走った。

 両親から「女性は笑っていればいいのよ」と教えられたヴァネッサにとって、「働く」という行為は貴族の男性のすることであり、手を汚して泥にまみれて働くことは労働階級の身分の低い人間がすることだった。

 貴族令嬢がそんなことをするなんて――俄かに信じがたい話だった。

 疑念を抱きながらも、アルヴィスの領地での様子を知る彼女の数少ない友人に確認すると、それが事実であることを知る。

 彼女はまさしく「泥くさい」仕事をしているのだと。

 その事実に、ヴァネッサは軽蔑と戸惑いの入り混じった感情を抱いた。

「そんな娘が自分と同じ場所に立っているなんて、ありえない」と、じくじくと燃え滾るような憎悪に変わるのに、そう時間はかからなかった。

「貴族の令嬢でありながら領地で土仕事をしているなんて、よほどお金に困っているのかしらね」とアルヴィスの薬草園での労働を嘲笑する噂を広めたのは、最初はちょっとした意趣返しのつもりだった。

 暇な社交界にとってそんな話題は格好の娯楽。

 こちらが少し誘導するだけで、話題の中心は面白い程「彼女」になったし、いつでもその話を求められたのは「私」だった。社交界から「彼女の居場所」を奪うのにそう時間はかからなかった。

 だが残念なことに、アルヴィスは卒業とともに王都を離れてしまった。

 もう少し遊んであげてもよかったのに。

 けれど彼女が消えたことで、ヴァネッサの生活は再び静かになった。

 これでようやく自分が中心に立つべきに平穏が戻る――そう信じていたのに。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

処理中です...