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第二章

28.不機嫌な理由

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 アルヴィスは感心したように頷き、自分の足元を見下ろした。ドレスに隠れて見えないが、踵の薬草を思い浮かべながら深刻そうにうなずく。

「今すぐ苗ごと持ち帰って成分を調べてみたい」

 その言葉にエヴァンスはさらに呆れた表情を見せながら、ぶっきらぼうに提案した。

「じゃあ、そこの唐変木に集めさせろ。馬車を用意させている間にな」

 ただし、苗は男爵の許可を得ていないから禁止だと告げると、かなりの躊躇の後、後日苗を届けるという約束を取り交わすとしぶしぶ了承したようだった。

「そういえばだけど。エヴァンスは何かあったの?」

「は?」

 耳を疑って聞き返せば、灰緑色の瞳が覗き込むように向けられていた。

「親しい友達だから気安いのかしらと思ったのだけど、どうも違う気がするのよね。心なしか機嫌が悪そうな気がするのだけれど」

 図星を当てられて目を瞬かせたまま珍しく硬直するエヴァンスに、後ろからぬっとセリウスが姿を現し、仕返しとばかりにニヤリと笑む。

「待ち人が来なかったからです」

「待ち人」

 そういえば彼はホールで人と会う約束があると分かれたのだったか。

 エヴァンスは無言でセリウスを睨みつけたが、その眼差しには怒りというより、微妙な居心地の悪さが垣間見える。

 押し黙った様子のエヴァンスに気を良くしたセリウスは何度も頷いて事情を説明してくれた。

 彼の婚約者であるブランシュ・リーネフェルトが待てど暮らせど会場に来ず、ついには欠席の知らせが遅れて届いたのだとか。実は内心非常に楽しみにしていたふうでもあるエヴァンスは、あまりのことに言葉を失い周囲で様子を見守っていたかつての仲間に当たり散らすだけ当たり散らし、暇を持て余していたらしかった。

「ブランが?」

 彼女にしては珍しいと、アルヴィスはよく知った銀青の儚げな瞳の色を思い出しながら聞き返した。ブランシュは隣国、リーネフェルト大公国の第四公女である。

 白銀の姫君とも称され、類稀なその美貌に求婚者が後を絶たなかったという。

 エヴァンスとの交流をきっかけに出会った彼女とは既に五年来の友人で、先月も文を取り交わしたばかりだ。本来なら昨日領地に帰る予定だったのも、翌週ファロンヴェイルに立ち寄るという彼女をもてなす準備をするためだった。

 遊学の一環で来国しているのは知っていたが、まさか王都にいるとは。

 ブランシュは地方を回って様々な民間伝承を蒐集することを人生の楽しみとしている変わった公女だ。美しいドレスや高価な宝飾品には全く心動かされないが、書物には惜しみなくその莫大な財力を注ぎ込む。旅に出る際は衣服より書物の量がどうしても多くなってしまうと侍女が嘆いていたという。

 律儀で義理固く、思いやり深い友人が婚約者との約束をすっぽかすのは珍しい。

 もしや急に約束を反故にしなければならない程の事情があったのかもしれないと思い、エヴァンスに顔を向ければ拗ねた子供のような表情をした年上の友人がそっぽを向いて答えた。

「ただの風邪だ」

 それで面白くなくてセリウスに当たり散らしていたらしい。

 とばっちりを受けて何とも不憫なことである。

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