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1軒目 ―女神イーリスの店―
3杯目。ノンアルコールビール。
しおりを挟む文字通り、口から泡をカニのように吹き出しながら、主任は六つの目を丸くさせた。
「ノンアルコールビールお待たせいたしました―」
先ほどのガーゴイルのウェイターが主任の机の上に黄金色のビールジョッキを置いた。ぷくぷくとした白い泡が主任の口元から溢れ出る泡とよく似ている。
「あ、ありがとうございます」
律儀にお礼を言い終えると、主任は目を血走らせて唾を飛ばしながら、七本の指でヤスの両肩を激しく揺さぶった。
「ちょぉ、ちょちょちょちょちょちょ」
「どういうことなんだ!?お前、まさか、一昨日出逢ったとか言ってた、あのワールドアームMMOのヒロインはどうした!?」
「ちょまっ。ちょまって、主任ッ」
ぐわんぐわんと体を揺り動かされ、ヤスは主任の体を押し返すが、さすが元魔王。防御力最高値の自分でも、肉が食い込んで肩が痛い。と、その時「ブブブブブ」とヤスの机の上が振動した。
机の上に置かれていたのは、「スマホ」という道具だった。ヤスが住んでいる世界で誰しも当たり前のように持っている通信機の一種だという。人間の手のひらサイズの四角い鏡のようなものに、その時々で必要な情報が指先を触るだけで映し出されるのだという。
ヤスから手を放してその鏡を覗き込めば、何やら読めない文字と若い人間の女の顔が光って浮かんだ。
「お、噂をすればなんとやら」
ヤスはスマホを手に取り、緑色の葉っぱのようなマークを押すと鏡の部分に指を触れ耳にあてた。
「おー。レイティアちゃーん。連絡ありがとー、待ってたよぉー。で今日なんだけどさー、この後もちろんOKだよね?」
「レ、レイティア?」
初めて聞く名前に面喰ったのは主任の方である。
ノンアルコールビールの表面に浮かんでいた白い泡がぷつぷつと音を立てながら徐々に減っていくのも構わず、主任は4つの耳を馬のように立たせて聞き耳を立てた。
「え、え? 何それ。ちょっとまって。ちょっとまって。え、なになに?意味わかんないんですけどーって、キャンセル!? 航空券もう取っちゃったあとだよー!? え。実家の祖父がご臨終って、キミ、天涯孤独っていう設定じゃっ。ちょまっ、レイティアちゃ―――――」
ブツッと、何かが途切れる音が主任の耳に聞こえた。
傍らであれほど元気にはしゃいでいたはずの元勇者が、ピクリとも動かない。復活の呪文や薬を使っても無駄なのではないかというほど、真っ白になっているようだ。
主任は無精ひげを生やした彼の横顔を眺め見た。
心なしか、深い疲れと影が入り、髭が1ミリほど伸びた気がする。
ヤスはスマホの真っ暗になった画面に視線を落としてしばらく硬直すると、無言のまま何かを操作し始めた。一心不乱に親指を器用に動かしているのを「すごいなぁ、人間は」と見つめていると、ぶつぶつと呪文のような言葉が届き始める。
なんだこいつ、さっき俺に魔法使うなとか言わなかったっけ?
「消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ―――――。すべて俺の全データの中から消えてなくなっちまえ―――――!!」
絶叫のような咆哮を轟かせて、ヤスは机の上に突っ伏した。
「うわぁああああああああああああああああああああああ!!消えろ消えろ消えろおおおおおお!!!!女なんてぇえええ、女なんてぇえええええ」
「なぁに、うるさいわね。またフラれたの?」
「あ」
漆黒のローブに漆黒のとんがり帽子。漆黒の髪に真紅の瞳。
白皙のような肌に薔薇のような唇。
容貌は「絶世」と称してもよいほどの美貌。
たっぷりボリュームを強調したきわどく体にフィットした皮鞣しのタンクトップは、ちょうど胸の谷間の部分がハート形に切り取られ、谷間が見える。谷間の部分には「喧嘩上等」の四文字が刻み込まれている。
スリットが深く入ったへそ出しロングスカートの隙間からは真っ白な美脚が登場し、網タイツに真紅のハイヒールといういでたちだ。腰に巻かれた皮ひもには呪具や護符。研磨された宝石や、呪いを込めたナイフ。干したトカゲや蛇の皮、狐のしっぽや豚の耳などを引っ付いて歩いている。歩くたびにジャラジャラと音がするのは致し方ない。
ただ、それだけなら世に言う男性も涎を垂らして寄り付いていきそうなものなのだが。
「お、シオルネーラ」
「湿っぽいわねぇ。何よ今日は」
許可も取らず勝手に主任の隣のカウンターに腰を下ろした彼女は、腰に巻いている呪具ポーチの中から小さな水晶玉をぶちっと取り外した。それを手のひらの上に乗せて、片手で水晶の上を優しく撫でる。すると水晶の中に薄煙の幻影が現れ、ヤスの身に起こった一連の出来事をそっくりそのまま再生し始める。
大魔女と呼ばれる真紅の瞳の大魔女、シオルネーラは一部始終を見終わると突然笑い出した。
「ギャハハハハハッ! 何それ! フラれてやーんの。ザマぁ」
眼を向いて大きな口を開けてのけ反りながら笑うものだから、とびっきりの美女も台無しである。
「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!ひー、お腹いたーい!!ふられてやーんの!」
「うるさいうるさうるさいうるさぁああああああああい!」
「わぁ。僕どうしたのぉ。どうしたのぉ?お姉さんにフラれたのかなぁ。まぁた、フラれたのかなぁ??可哀想だね、かわいそうだねぇ。ぷ、くくくくくくく、あーーーーーーー母は発母は!バーカでやんのー。勇者様のくせにふられてやんのおおおおおお!」
プギャーと叫びながら、けたたましい笑い声をあげるシオルネーラに、ヤスは顔を真っ赤にしたものの、言い返すこともできずに机に突っ伏してウォオン、と五月蠅く泣き始めた。
「あ、ねぇちょっと。こっちに芋焼酎と焼き鳥3人前、おねがい。しょうがないから、お姉様が奢ったげるわよ」
羽根つきウェイターに注文を申付けて、シオルネーラはゲハゲハと再び笑い出した。
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