忌憚

鏡の中の私

　今日はなんだか体調が悪いな。



　机の上に置いたお気に入りの鏡の中の自分の目の下には、夜勤明けのクマがくっきり。



　コンシーラーで隠せるかな、と思いながら目の下の黒っぽいシミを隠すように指先でトントンと肌色を乗せていく。

　鏡向こうの白い壁にかかった、お気に入りのアンティーク調の時計は7時過ぎを示している。

　テレビからは今朝のニュースが一つずつ読み上げられ、コーヒーメーカーから淹れたてのコーヒーの香りがする。今日はなんだか久々に朝からコーヒーが飲みたかったんだよね。

　ティッシュで顔全体の余分なあぶらをオフしてから、次はファンデーションを乗せて。



　あれ？一昨日買ったばかりのマスカラが入ってない。

　ラメ入りピンクのファンシーなデザインだからすぐ見つかると思ったのに。




「どこやっちゃったんだろ」


　違和感。


　あれ、私の声じゃないみたい。

　私は鏡を覗き込んだ。



　これは、誰だろう？


　あれ、どう見ても50歳くらいのおばさんが鏡に映ってる。


　この人誰？

　わたしの母じゃないし、親戚にもこんな顔の人いないし。職場の人でもないし。

　この人誰？





　この人、誰？





　このひ・・・・と。



『続いて、今朝未明発生した○○駅の沿線にある民家で生じた火災により、一部区間の列車運行に遅延が発生しています。随分大規模な火災だということと、付近でガスのような異臭がするということで規制線が張られているとのことです。この火災と異臭の関連はわかっていませんが―――』



　私は音に反応してテレビに目を向けた。



『○○駅では、現在消火活動に合わせてガスの―――』



　ごうごうと火を上げて駅のホームの一角が燃えている映像と、消防車が放水作業をしている映像が目に入る。



「やぁだ。この近くの駅じゃない。電車遅れてるなんて」




　しゃがれた声が私の喉から聞こえた。

　燃え上がる炎に交じって悲鳴のような音が私の頭の中を響き渡る。






　あつい、あつい、あつい。あつい。


　あ゛づい゛。






「戸締り用心、火の用心ね」




　よっこいしょ、と中肉中背の女は立ち上がり、鏡の前の私を置いてキッチンの方に歩いて行った。