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File.00 / 終わりの始まりのその前幕で その1

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「民間人を現場に向かわせる気ですか!?まして彼女は保護対象ですよ!?」

 何を考えているんですか。

 イシュタ・レインズフィールドの怒号が響き渡る中、三係の面々は顔を見合わせた。

 何をいまさら?という表情だ。

「イシュタさん…」

 赤みを帯びた茶色の髪を後頭部で団子状にひとくくりにしている、話題の中心人物である少女が複雑そうな瞳でイシュタを見上げた。イシュタはたまらず彼女を睨みつけ、目の前の机をどんと拳で叩いた。

「お前も、―――レイバーン、お前もだ。はい、わかりましたなんて間違っても言うなよ」

 悔しさを含ませた声音に行き場のない怒りを滲ませながら、八つ当たりに近い様相で声を荒げたイシュタに彼女は困ったように小首を傾げただけだった。それがさらにイシュタの神経を逆撫でする。

「お前は―――!」

「イシュタ、そこまでだ」

「なっ」

 よく砥がれたナイフのような鳶色の相貌が静かにイシュタを見据えていた。

 その視線はすぐに外され、宥めるように肩を押さえられる。

「時間が惜しい。それに、こいつはもう、決めたようだ」

 軽い苦笑。

 諦めに近いような複雑な表情を浮かべた上官に、イシュタは息を呑む。

 天井埋め込み型のスピーカーからけたたましく警報が鳴り響く中で時が止まったかのように動けないでいるイシュタを無視して、それぞれがすべきことを見据えて行動を開始している。

「ではわたくしは、回収された遺体の検死のために潜ります」

 濃紺色の長い髪を片手で払うと、ミレイユ・エルドラントは黄金の瞳を鋭く細め、軽く会釈をして優雅に白衣を翻し、さっさと部屋を出て行ってしまった。それを皮切りに、指示や情報が飛び交い始める。

「ヘイグ」

 目の下に大量のクマを作っている長身メガネのヘイグ・セントニノアのひょろりとした背中を二足歩行の熊のような体格の偉丈夫がばしばしと分厚い掌で軽く叩く。

 たたらを踏んでよろけたヘイグが薄青色のメガネの位置を直しつつ、肩を竦めて周囲を見渡した。

 一秒前までの頼りなさげな雰囲気とは打って変わった、剃刀のように鋭い瞳で指示を待つ一同を睥睨する。

「まったく、人使い、荒いんだからこのおじさんは。・・・・二係は待機組の一係メンバーと合同で班を再編成し、協力して現場で対応している一係の後方サポートにあたってください。状況を集積し、時系列順に整理しボードに書き込むように。捜査官と連絡を密に取って現場の状況を逐一報告。それから負傷者が出ているという情報があるので状況の確認と――一」

「はい課長!俺は」

 片手を勢い良く上げてヘイグの言葉を遮る形で自らを主張する卵色の髪の青年に、メガネを光らせた管理職はぞっとするほど穏やかな笑みを浮かべて首肯した。

「アイヴァン・ノーフォーク君。君のような魔力量に物を言わせて暴走する制御能力のない新人捜査官の現場突入ははっきり言って迷惑です。邪魔になるので飼い主と本部待機を命じます。異論は認めません。カリスティア君と一緒に地域課から地図を借りてきて現場までの全てのルートの確認と最短ルートを割り出してください。また、最も太い道路を優先的に抑えておく必要があるので、可及的速やかに報告すること。それから、ルヴィック君は、二人の暴走に目を光らせつつ、衛生課に連絡をして負傷者のリストを作成。必要なら他部署から人を借りて救護班を編成し現場に向かわせるように手配してください。いいですね?」

 足手まといの猪新人捜査官とその飼い主として名指しされた男女の捜査官は、ぐうの音も出ず敬礼だけして部屋を飛び出していく。その二人を片眉を上げて見送ると、同僚の傍らに控えていたルヴィックは左手首の通信機を迷いなく操作して淡々と連絡を取り始める。その様子を満足そうに見やってから、ヘイグはさてと、と全体を見回した。

「後方支援にあたっては、負傷者の救護は衛生課に一任するとして、追加で管財課と技術開発部に支援を要請しましょう。防衛装備を残しつつ、使用可能な装備を旧式、予備機、試験機と問わず投入する許可を出します。また、地域課、情報課と連携して周辺住人の避難を速やかに実行。民間人の安全確保と避難誘導及び救護活動は最優先事項と心得てください。すでに救援活動にあたっている救助隊と連携を取りつつ必要な物品がある場合は管財課に要請し拠出させるように。広報課は情報課と協力して情報の掌握とハイエナ対応。よろしいですね?」

「了解!」

「技術開発部の変態――、ではなく、分析室のトバリ・ミツルギに協力要請を。緊急事態のため上層部に査問会の即時中止を要請しましょう。というより、メンツのために緊急性を無視して虎の威を借りるような勘違い上層部にはしばらく黙っていただいた方がいいですね。ちょうどよいネタ、ではなく取引材料があるので、こちらは私が対処するとしましょう。ミツルギ君には、助けてあげる代わりに個人的に試作開発中という最新型の魔導器を供与してもらうとして問題は」

 メガネのフレームに指をかけて首を傾げたヘイグが、んふふ、と二秒後不穏で不気味な笑顔を浮かべる。直視してしまった数名が目を泳がせ、非常にまずい事態が発生したとばかりに視線を明後日の方向に向けた。

「よろしいでしょう。雑多な弊害は私が対処した方が早そうです。さて、三係は―――、熊の班はクマ、…に任せて私たち人間はすべきことをしましょうか」

「だーれがクマじゃい!!」

 拳を振り上げるエクラン・リンドバーグに見向きもせず、ヘイグは引き続き淡々と仕事を割り振っていく。

「現時刻を以て特例措置法225に基づき緊急事態宣言を発令します。これに伴い、今この時よりこの場を本部として設置。指揮系統は全て私の管理下に。情報を集積して全体に共有するため情報部から中央に対し上位アクセス権限があるLevel5以上の技術官を3名派遣してください。全官協力して即時対応することを求めます」

「特例措置法225…」

「特法225!全体通達!」

「おい!特法225だ!訓練じゃないぞ!!」

「指示に従えず、命令系統に支障をきたす無能がいる場合は簀巻きにして地下倉庫に放り込んでおきなさい。以上、行動開始」

 檄というほどの大声でも厳しい口調でもないヘイグの言葉がまるで雷鳴のように響き渡った。同時に指示を受けて人の波が入り乱れるようにあわただしく部屋の中で交錯する。

 即座に用意された投影型のスクリーンに現場周辺の映像が映し出され、火炎と黒煙が織り交ざった建物に向けて消火用の魔導器を操作する消火隊の姿が見えた。

 歪に崩れた積み木の残骸のような灰色の建物に向けて、円盤型の空中浮遊する装置が、青色の光を点滅させながら燃え盛る火焔の直上を炎を避けつつ飛び回り、滝のような大量の水を投下し続けている。近くにはその消火魔導器を操作、指揮する数名の消火隊と、負傷者の状態を確認する救助隊の姿が見える。そこからの音声は届かないが、怒号が飛び交っているであろう様子が容易に想像できる。

 現場のライブ映像なのか、崩れた二階建ての建物の入り口近くに誰かが倒れ込んでいる姿が見え、そこに向けて救助用のストレッチャーを2人がかりで運び込む救助隊の姿が確認できた。道という道に子供の頭くらいの大きさの瓦礫の塊やむき出しの鉄骨が散乱しているせいで救助が難航している様子がわかる。通常であれば多少の荒れ地をものともしない、搬送用の魔導器が投入されるはずなのに、足場が悪いせいで使用することができないと察せられる。

 救助に並行して火災の鎮火作業や、生存者の確認や避難の誘導も行わねばならないという混乱ぶりが画面越しに緊迫感を以て伝わってくる。

 画面右側手前にはヘルメットを片手で抑える男性レポーターが、時折背後を振り返りながら通信機で状況を伝えていたが、突如として画面後方の消火中の建物で爆発が起き、身を竦めて画面からフェードアウトした。映像がさざ波のように湾曲したと思うと、先ほどまで画面に映っていた建物入り口近くの消防隊員や救助隊員が地に伏せる格好でまばらに散らばっていた。

 報道規制はどうなっているんだ、と誰かが悪態をついたところで画面が切り替わり、国内最奥手の医療魔導器製造メーカーのCMが流れ始める。

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