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1話 糾弾し返す令嬢
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宮廷の大広間で開かれた夜会。
煌めくシャンデリアの下、華やかな衣装を纏った貴族たちが笑顔で語らい、舞台中央では音楽隊が優雅な旋律を奏でていた。
軽やかな音楽が空気に乗って運ばれる中、目を惹いたのは異質な状況。
ホールの中心に銀髪の美しい女性がいた。
踊ることもせず、会話に交じることもなく、ただ一点を静かに見つめ微動だにしないのだ。
誰もが戸惑いを浮かべ、目線を交わし合いながらひそやかに声を発する。
まるで潮騒のような騒めきに、視線も表情も何も動かすことなく、青い瞳の彼女は静かに佇んでいた。
「アルフェニア、君は本当にわかっていないんだよ」
彼女の正面でそう告げたのは、婚約者であるジークフリードだった。
金髪碧眼の端正な顔立ちをした彼は、冷たく見下ろすような冴え冴えとした視線をアルフェニアに向けていた。その隣には、僅かばかり距離を開けつつも、華やかなドレスを身にまとった美しい女性が寄り添っている。
「君は僕にふさわしくない」
ジークフリードの言葉が、夜会場のざわめきを一層かき立てた。
アルフェニアの瞳がわずかに揺れるものの、仕方がないと呆れたように嘆息し、形の良い唇をゆっくりと動かして小首をかしげた。
「あなたが、わたくしに相応しくない、の間違いじゃありませんこと?」
「なっ」
淡々と告げられた一言が、波紋のように周囲に波打って広がっていく。
お話はそれだけかしら?
更に重ねられた問いに、ジークフリードの相貌が烈火に染まる。
「お前とは、―――今日これ限りだ!父上と母上には、私から事情を説明する」
「そうですか。大変うれしゅうございますわ」
抑揚のない彼女の声に、ジークフリードは眉をひそめた。
「それだけか?君は何も感じないのか?」
「何を感じればよろしいのでしょう。怒り?悲しみ?それとも、私が貴方にすがりつくことを期待しているのですか?そもそもが、皇室会議というくだらない婚約者選びに私の名前が挙がっただけのこと。候補者の一人として数年お傍に控えておりましたが、率直に申し上げますと。―――地獄そのものでしたわ」
アルフェニアの口元には、わずかな笑みが浮かんでいた。それは、嘲笑にも近い表情だった。
「殿下は勉強がお嫌いで本当に王太子殿下のお役に立てるのだろうかと、私を含め、皆が常々心配申し上げておりました。外交上に必要な各国の必要最低限の歴史や習慣でさえ、覚えようとも、調べようともなさらないのですもの」
「それは、べつに、その時に頭に入れておけばいいだけの情報ではないか」
「外交が付け焼き刃程度の知識でどうにかなるのでしたら、戦争は起きませんし、国力の弱い我が国が強国におもねる必要はないのですが?殿下はそれでも否定なさいますか?」
「そんなことは思っていない」
ジークフリードが言い訳めいた声を出すが、その態度は明らかに揺らいでいる。周囲の視線が二人に集中していた。
「国内の情勢へも目をお向けにならず、好きな時に、好きなように、好きな方と遊んでいらっしゃるのですもの。両陛下や王太子殿下のご心痛はいかばかりでしょう」
「そういうところだ!!お前の、そういう所が、可愛げがなくて、そのっ。やる気がそがれる!!」
自分のしていることを棚に上げて、なんて自分勝手なことを言っているのだ、というような刺すような視線に耐え切れず、ジークフリードは大声を上げたが、それは全く逆効果だった。
「そうですね。わたくしがどれだけ努力しても、貴方にとって私は幾人かいる婚約者候補のただ一人。国のためを思えばこそ、愛してやまないものへ掛ける時間すらなげうって、献身的にお支えできるよう努力いたしましたのに、それすら無駄だった。ということですわね」
その場にいる誰もが息を呑む。
アルフェニアは背筋を伸ばし、堂々とした態度で話し続けた。
「わたくしが被った、この婚約者候補になってから三年間の慰謝料については、両親とよく話し合った上で、後日請求をさせていただきますが」
「慰謝料?請求?」
「何をお馬鹿なことを言ってらっしゃるのです?人の時間を奪い、人の趣味を奪ったのですから当然のことでしょう。婚約者候補としての生活は、それはそれは耐えがたいほどの苦痛でしたし、何よりも「殿下のため」というのが何よりの苦痛でしたわ」
けれどそれも、今日で終わり。
アルフェニアはかつてない程嬉しそうに、その美貌を綻ばせにこりと微笑した。
「レイセニール男爵令嬢。どうぞ、ご存分に励んでくださいましね」
「へ!?」
話の矛先が自分に飛んで体をビクつかせたレイセニールは、ジークフリードの斜め後ろでやや隠れるようにしながらアルフェニアをおどおどと見上げた。
「ジークフリード様をお支えできるのなら、その。喜んで…」
憧れだけで「何も知らない」哀れな子羊に、良心から忠告の一つや二つ、手向けてあげようと考えたものの、それはやはりお門違いだと思い直す。
でしゃばるのは良くない。
自分の為にも、王子の為にも。
彼女の為にも。
アルフェニアは恐々とした表情のままジークフリードの片腕に縋りつく、犠牲の羊に心から感謝した。それから、傍らで呆然と立ち尽くす王子に向けて微笑む。
「いつか分かってもらえるなどと、思わないでくださいね?」
アルフェニアはジークフリードが何かを言おうとするのを遮るように優雅に一礼し、その場を離れた。
彼女の背中には、確固たる決意が感じられた。
その堂々とした振る舞いに圧倒され、誰も彼女を引き止めることができなかった。
煌めくシャンデリアの下、華やかな衣装を纏った貴族たちが笑顔で語らい、舞台中央では音楽隊が優雅な旋律を奏でていた。
軽やかな音楽が空気に乗って運ばれる中、目を惹いたのは異質な状況。
ホールの中心に銀髪の美しい女性がいた。
踊ることもせず、会話に交じることもなく、ただ一点を静かに見つめ微動だにしないのだ。
誰もが戸惑いを浮かべ、目線を交わし合いながらひそやかに声を発する。
まるで潮騒のような騒めきに、視線も表情も何も動かすことなく、青い瞳の彼女は静かに佇んでいた。
「アルフェニア、君は本当にわかっていないんだよ」
彼女の正面でそう告げたのは、婚約者であるジークフリードだった。
金髪碧眼の端正な顔立ちをした彼は、冷たく見下ろすような冴え冴えとした視線をアルフェニアに向けていた。その隣には、僅かばかり距離を開けつつも、華やかなドレスを身にまとった美しい女性が寄り添っている。
「君は僕にふさわしくない」
ジークフリードの言葉が、夜会場のざわめきを一層かき立てた。
アルフェニアの瞳がわずかに揺れるものの、仕方がないと呆れたように嘆息し、形の良い唇をゆっくりと動かして小首をかしげた。
「あなたが、わたくしに相応しくない、の間違いじゃありませんこと?」
「なっ」
淡々と告げられた一言が、波紋のように周囲に波打って広がっていく。
お話はそれだけかしら?
更に重ねられた問いに、ジークフリードの相貌が烈火に染まる。
「お前とは、―――今日これ限りだ!父上と母上には、私から事情を説明する」
「そうですか。大変うれしゅうございますわ」
抑揚のない彼女の声に、ジークフリードは眉をひそめた。
「それだけか?君は何も感じないのか?」
「何を感じればよろしいのでしょう。怒り?悲しみ?それとも、私が貴方にすがりつくことを期待しているのですか?そもそもが、皇室会議というくだらない婚約者選びに私の名前が挙がっただけのこと。候補者の一人として数年お傍に控えておりましたが、率直に申し上げますと。―――地獄そのものでしたわ」
アルフェニアの口元には、わずかな笑みが浮かんでいた。それは、嘲笑にも近い表情だった。
「殿下は勉強がお嫌いで本当に王太子殿下のお役に立てるのだろうかと、私を含め、皆が常々心配申し上げておりました。外交上に必要な各国の必要最低限の歴史や習慣でさえ、覚えようとも、調べようともなさらないのですもの」
「それは、べつに、その時に頭に入れておけばいいだけの情報ではないか」
「外交が付け焼き刃程度の知識でどうにかなるのでしたら、戦争は起きませんし、国力の弱い我が国が強国におもねる必要はないのですが?殿下はそれでも否定なさいますか?」
「そんなことは思っていない」
ジークフリードが言い訳めいた声を出すが、その態度は明らかに揺らいでいる。周囲の視線が二人に集中していた。
「国内の情勢へも目をお向けにならず、好きな時に、好きなように、好きな方と遊んでいらっしゃるのですもの。両陛下や王太子殿下のご心痛はいかばかりでしょう」
「そういうところだ!!お前の、そういう所が、可愛げがなくて、そのっ。やる気がそがれる!!」
自分のしていることを棚に上げて、なんて自分勝手なことを言っているのだ、というような刺すような視線に耐え切れず、ジークフリードは大声を上げたが、それは全く逆効果だった。
「そうですね。わたくしがどれだけ努力しても、貴方にとって私は幾人かいる婚約者候補のただ一人。国のためを思えばこそ、愛してやまないものへ掛ける時間すらなげうって、献身的にお支えできるよう努力いたしましたのに、それすら無駄だった。ということですわね」
その場にいる誰もが息を呑む。
アルフェニアは背筋を伸ばし、堂々とした態度で話し続けた。
「わたくしが被った、この婚約者候補になってから三年間の慰謝料については、両親とよく話し合った上で、後日請求をさせていただきますが」
「慰謝料?請求?」
「何をお馬鹿なことを言ってらっしゃるのです?人の時間を奪い、人の趣味を奪ったのですから当然のことでしょう。婚約者候補としての生活は、それはそれは耐えがたいほどの苦痛でしたし、何よりも「殿下のため」というのが何よりの苦痛でしたわ」
けれどそれも、今日で終わり。
アルフェニアはかつてない程嬉しそうに、その美貌を綻ばせにこりと微笑した。
「レイセニール男爵令嬢。どうぞ、ご存分に励んでくださいましね」
「へ!?」
話の矛先が自分に飛んで体をビクつかせたレイセニールは、ジークフリードの斜め後ろでやや隠れるようにしながらアルフェニアをおどおどと見上げた。
「ジークフリード様をお支えできるのなら、その。喜んで…」
憧れだけで「何も知らない」哀れな子羊に、良心から忠告の一つや二つ、手向けてあげようと考えたものの、それはやはりお門違いだと思い直す。
でしゃばるのは良くない。
自分の為にも、王子の為にも。
彼女の為にも。
アルフェニアは恐々とした表情のままジークフリードの片腕に縋りつく、犠牲の羊に心から感謝した。それから、傍らで呆然と立ち尽くす王子に向けて微笑む。
「いつか分かってもらえるなどと、思わないでくださいね?」
アルフェニアはジークフリードが何かを言おうとするのを遮るように優雅に一礼し、その場を離れた。
彼女の背中には、確固たる決意が感じられた。
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