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3話
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目の前でフランツががっくりと肩を落としたので、そんなに驚くことかね、と前置きしてエリーゼは肩をすくめた。
「いいかい、お兄ちゃん。客の悩みは客本人からしか聞かないことにしてるんだよ。事前情報?そんなのいらんいらん。占えば今ここで全部出るもんだ」
ケケケ、と笑って彼が驚いていることに気を良くしたエリーゼは、少し体を机の方に寄せ、前のめりになって黄ばんだ歯をニイ、と見せた。
「他人の情報なんて一番アテにならんもんさ。この目で、耳で聞いた情報以外は全部偽物と言っていいんだよ」
笑みを深め、エリーゼはさて、と前置きしてから自分用に作っていた紅茶で軽く喉を潤す。大きく亀裂の入ったカップだが、エリーゼの愛用品の一つである。
「さあさ。いくら今日は貸し切りだと言ってもね、時間は二時間だけだよ。その顔を見るに、あんた恋の悩みだね。言いにくくて口渋ることはたいてい恋の悩みか、金の悩みか、遺産相続の悩みだが、あんたは恋の悩みだね」
「わかりますか」
フランツは一つ瞬きをして、ぐっと背筋をただす。
エリーゼは神妙に頷き、左側の棚の上に乱雑においていた透明なガラスのような球体を片手に掴んだ。それを机の上に置きっぱなしにしていた白色の布の上にそっと置く。
「まあ、年頃の若者の悩みというのは大体が恋の悩みさ。あんたは頭がよさそうだし、魔術学院での成績もよさそうだから成績の悩みではないだろうし、少し剣に打ち込んでいて、それなりの練度もあるんだろうからそっちの方での悩みもないだろうね」
「剣…」
フランツは微かに目を見開いて自分の左側の腰を無意識に触る。それに自身で気づいてばつが悪そうに苦笑した。
「左側の足を少し強く踏みしめる癖があるのか、入ってきた時だよ。左側の足を動かすときだけ、床の音が鳴ったのさ。剣をする人間にそういう癖があるものが多くてね。まぁ、統計といえば統計さ。勉強でも、剣の技術の伸び悩みでもない。後ろ盾に女公爵がいるということは財産の不足や不安もない。あとは消去法さ。占いでも何でもない。これまでの相談内容から推測して、あんたくらいの年齢の人間が一番気になるようなことで、占いという不確かなものにでもとりあえず縋って見たくなるような相談は何か」
「なるほど。そこは占いではないと、はっきり言ってしまうんですね」
面映ゆそうに喉を鳴らして、青年はやや肩から力を抜いたような表情で相好を崩す。
エリーゼはうなずいて、透明な球体にそっと指を伸ばす。
「ついでだから言うけど、これは雰囲気を出すための道具でね。実際のところ、訪れた全部の人間に言うんだが、ただの水晶玉だ。呪文を唱えても何も起きない。ただの石。―さて、あんたの悩みを聞こうかね」
ニヤリ、とエリーゼは肩眉を上げた。
フランツは笑って、一つ頷くと、少しためらった後。意を決して口を開いた。
「いいかい、お兄ちゃん。客の悩みは客本人からしか聞かないことにしてるんだよ。事前情報?そんなのいらんいらん。占えば今ここで全部出るもんだ」
ケケケ、と笑って彼が驚いていることに気を良くしたエリーゼは、少し体を机の方に寄せ、前のめりになって黄ばんだ歯をニイ、と見せた。
「他人の情報なんて一番アテにならんもんさ。この目で、耳で聞いた情報以外は全部偽物と言っていいんだよ」
笑みを深め、エリーゼはさて、と前置きしてから自分用に作っていた紅茶で軽く喉を潤す。大きく亀裂の入ったカップだが、エリーゼの愛用品の一つである。
「さあさ。いくら今日は貸し切りだと言ってもね、時間は二時間だけだよ。その顔を見るに、あんた恋の悩みだね。言いにくくて口渋ることはたいてい恋の悩みか、金の悩みか、遺産相続の悩みだが、あんたは恋の悩みだね」
「わかりますか」
フランツは一つ瞬きをして、ぐっと背筋をただす。
エリーゼは神妙に頷き、左側の棚の上に乱雑においていた透明なガラスのような球体を片手に掴んだ。それを机の上に置きっぱなしにしていた白色の布の上にそっと置く。
「まあ、年頃の若者の悩みというのは大体が恋の悩みさ。あんたは頭がよさそうだし、魔術学院での成績もよさそうだから成績の悩みではないだろうし、少し剣に打ち込んでいて、それなりの練度もあるんだろうからそっちの方での悩みもないだろうね」
「剣…」
フランツは微かに目を見開いて自分の左側の腰を無意識に触る。それに自身で気づいてばつが悪そうに苦笑した。
「左側の足を少し強く踏みしめる癖があるのか、入ってきた時だよ。左側の足を動かすときだけ、床の音が鳴ったのさ。剣をする人間にそういう癖があるものが多くてね。まぁ、統計といえば統計さ。勉強でも、剣の技術の伸び悩みでもない。後ろ盾に女公爵がいるということは財産の不足や不安もない。あとは消去法さ。占いでも何でもない。これまでの相談内容から推測して、あんたくらいの年齢の人間が一番気になるようなことで、占いという不確かなものにでもとりあえず縋って見たくなるような相談は何か」
「なるほど。そこは占いではないと、はっきり言ってしまうんですね」
面映ゆそうに喉を鳴らして、青年はやや肩から力を抜いたような表情で相好を崩す。
エリーゼはうなずいて、透明な球体にそっと指を伸ばす。
「ついでだから言うけど、これは雰囲気を出すための道具でね。実際のところ、訪れた全部の人間に言うんだが、ただの水晶玉だ。呪文を唱えても何も起きない。ただの石。―さて、あんたの悩みを聞こうかね」
ニヤリ、とエリーゼは肩眉を上げた。
フランツは笑って、一つ頷くと、少しためらった後。意を決して口を開いた。
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