<奨励賞>鑑定士ハリエットと失われた記憶の指環

雲井咲穂(くもいさほ)

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第1章

第8話.箱の中の怪物

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 ヘンリーは机の上に置かれた小さな小箱に視線を止めた。アルフレッドが先ほど購入したオパールの指環を一瞥すると、息を吐き出しながら朗らかとは言い難い声音で話を切り出した。

「私もフェレイユ社の宝飾品を蒐集していましてね。あなたが購入したその指輪は、少し前まで私が所持していたものだったんです」

「ちょっと、ヘンリー!」

 なんてことを言うのかと、とハリエットは慌てて袖を引く。

 骨董品は様々な人の間を渡り歩くが、直前の所持者についての情報はほとんどの場合、購入者にとって必要のない情報だ。特筆すべき事項がなく、客から問われない限り、店側から個人情報を開示するのはルール違反である。それがたとえ、本人であってもだ。

 貴方が購入した指輪は、自分が売った指輪ですと言われて複雑な気持ちを抱かない購入者はいないだろう。

 ヘンリーはハリエットの言葉を無視して、先を続けた。

「その上で尋ねますが、あなたは何故、そのフェレイユ社の春の宝石物語の一つ。オパールの指環の模造品を購入したのですか?」
「どういう意味か分かりませんね」

 嫣然とアルフレッドは微笑する。

 その横顔に暖炉の逆光から暗い影が差し入り、濃い陰影が彼の本心を暗く表している気がしてハリエットは息を止める。

「では質問を変えましょう。――最近、フェレイユ社の指環を巡って、よくない事件が立て続けに起こってるのはご存じですか?」
「事件? 資産家の家への強盗の事件のこと?」

 話の腰を折るのも気がとがめたが、何やら不穏な言葉が飛び出し、ハリエットは思わずヘンリーを見上げる。新聞の紙面のトップを飾った奇妙な事件については、執務室での空気が気まずすぎて、話題作りに先程語った通りだった。

「もちろん、知っているよ。……さっきもそこの彼女から聞いたばかりだからね」

 アルフレッドは両手を開いて肩を竦めた。取り繕うのをやめたのか、ソファに深く座り直し、足を組んで泰然とこちらに視線を投げている。

「ティアーズだけではなく、どのオークションハウスも警戒しています。骨董品協会へも注意を呼び掛けているほどなのですから。……ハリエット、盗品の取り扱いに関する警察からの連絡を覚えているよね?」

「ええ。もちろん。盗難の可能性のある商品に関してのリストを一緒にもらったわ」

 カウンターの下の備え付けのキャビネットに、書類のファイルがある。その中にリストを入れていたのを思い出しながらハリエットは答えた。

 つい一週間前に幼馴染の警察官が持ってきたので記憶にも新しい。

「そういう事情がお分かりなら、ティアーズに参加することがどれほど困難か、ご理解いただけるかと思うのですが?」

 いつもは物静かで丁寧な紳士然としているヘンリーの毒を含めたような舌鋒に目を瞠る。

「その上で、ティアーズに入れる方法を探しているんだけど、伝わらなかったのかな?」

 だとしたら僕の言葉足らずだったね、とさして後悔していない様子で言葉を零すアルフレッドに、ヘンリーがと片眉を跳ね上げた。

「――あなたのことは仕事仲間から窺っていますよ。アルフレッド・ホーントーンさん。アストリカから来国した異邦人の旅行者。あちこちの宝飾店や骨董品店、そして私がこのオルデンでオーナーを務めるフェレイユの本店にも訪れたそうですね」

 アルフレッドは悠然と微笑したまま、片手のひらをこちらに閃かせて続きを促す。

「アストリカの本店に問い合わせたところ、あなたは特別な理由でオパールの指環だけを探している。そうですね?」
「オパールの指環を探す理由?」

 ヘンリーはハリエットの膝上で握り込まれている、白い手袋の小さな手を一度見降ろし、小さく頷いた。

「あなたの亡くなった姉君。ミズ・メリッサ・ウォーレンとその死にまつわる真相を暴くため、あなたは真作、贋作にこだわらずオパールの指環をしらみ潰しに調べては購入して回り、ついにはティアーズのオークションで出品されるという情報を仕入れ、はるばるアストリカから海を挟んで東のオルデンまでやってきた――。こんな形でお会いすることになるとは思いませんでしたよ、ホーントーンさん」

 薄く微笑むヘンリーの眼差しは親愛からは程遠いものだった。

 淀みなく向けられる警戒心を孕む瞳に、アルフレッドは気にする素振りもないようだった。悠々と口元に笑みを湛え、恬然てんぜんとしている。

 2人はしばしにらみ合い、ほどなくして降参したとばかりにアルフレッドが肩を竦めて両手を上げた。

「そういうことなら、どうするのかな? 僕を追い出す? それとも、疑わしい人物だと警察にでも突き出すきかな」

 飄々と言ってのけるアルフレッドの様子は余裕たっぷりで、ヘンリーがそんなことをするわけはないと知っているようだった。ハリエットは口を閉じて諦めたように嘆息する友人を恐る恐る見上げる。すると、彼はハリエットを安心させるようににこりと一度笑ってアルフレッドに向き直った。

「もしティアーズに入れたら指輪をどうするつもりです?」
「そうだな。オークションにもし参加出来たら、指輪を間違いなく手に入れるだろうね」
「僕を含めて競合者は多いので、難しいと思いますが」
「おやおや。僕の心配をしてくれているのかい? それは何ともありがたいことだね。恩に着るよ」

 足りない分は出してくれるのかな、と冗談交じりで続けるアルフレッドにヘンリーは苦微笑を浮かべている。

 言葉遊びのような応酬が続く横で、ハリエットはこんがらがりそうになる頭を悩ませる。

(ホーントーンさんがうちの店で購入したあの指環。彼のお姉さんの死に纏わるって、どういうことなのかしら? 彼は、フェレイユ社のオパールの指環を探し回っていると言っていたわ。ティアーズのオークションに出品される指環がもし、お姉さんの死の真相に繋がるのなら、何が何でも絶対に入り込んで手に入れたいと思うわね)

 ハリエットはアルフレッドがオパールを購入した時のことを思い出す。

 フェレイユ社のオパールの指環に見えれば、何でもいいというような態度だった。個体に興味はさしてなく、特定のカテゴリーに執着している、そんな気がした。彼が集めるのはフェレイユ社のオパールの指環でなければならず、それ以外は意味がない。

 まるで目的は別にあって「集める」ということが手段のように思えてならない。

(本当の狙いが何かはわからないけど、厄介ごとであるのは間違いないわね)

 気が付けば指先をきつく握り込んでいた。

 ハリエットの目には、机の上に閉じられた状態で存在しているオパールの指環が入ったケースが、全てを飲み込む異様な怪物のように映った。

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