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2. 天に祈り、地に乞い願うほどに。
しおりを挟む視線の端でスレンダインがこちらを見つめていることに気づきながら、半分残った意識の中でイスリールは半透明になりつつある自分の体を見下ろした。足先から感覚が失われ始め、中空のガラスのような結晶がパキン、パキンと膝を覆い始める。
「イスリール!」
誰かが名前を呼んだ、と思うと同時にイスリールはあたたかな体温を感じた。
顔半分を強く何かに押し付けられるのを感じながら、自分がそれに縋りついて泣き始めたのだということを少し遅れて気づく。
指を強くその背中に回し、思いきり力を籠めれば、応じるように返される。
「イスリール」
星が落ちるように、静かにただ名前を呼ばれただけなのに懐かしさと想いが溢れて止まらない。
「グレン……生きて、た」
感覚が失われ始めた頬に熱い液体が流れ落ちていく。
ぱたぱたと雨粒のように頬から顎を伝い落ちていく冷たい雫は、いつの間にか自分を抱きしめる体温と同化した。
「しなくていい。やらなくていい。投げ出して、放り出して、関わらないでいい」
耳元で沈痛さを帯びた低い音が届けば、イスリールの瞳からひと際大きな雫が零れた。
「何もかも捨ててしまってもいい。魔力も何もいらない」
抱きしめ返す力がより一層強くなるのを感じながら、イスリールは何度も何度も頷いて涙をこぼす。
「君さえいれば、傍にいてくれれば、何もいらないから。お願いだから」
頬に何かが触れたと思えば、わずかに開いた空間の上からグレンフォードの銀色の星の煌めきのような瞳がまっすぐに注がれていた。
氷の彫像のような端正な顔立ちが今にも泣きだしそうに歪められていた。
その美しい瞳から透明な液体が血液に交じって流れているのを認めて、イスリールはすでに感覚のない指先を伸ばす。
「泣かないで」
グレンフォードの武骨で長い指がざらりと顎にかかったかと思えば、反対の手が頬に触れて顔が固定される。
「んっ」
呼吸を奪うほど深く、唇全体に冷たい感触が届く。
ほどなく離れたグレンフォードの相貌が驚愕に見開かれるのを見つめ、イスリールは精一杯微笑んだ。
彼の記憶に残る自分の姿が笑顔であり続けるように。
パキン、と氷に亀裂が入る音がするのと同時に、グレンフォードの腕の中で髪の毛の一本さえも結晶化したイスリールであった者の身体は音を立てて崩れ去った。
**
原初の光と謳われる大神エフェランティルトーレの化身である、聖女イスリール・ライザッカはその膨大な魔力と命と引き換えに、ルシュカ王国を覆う瘴気を払い、澱みの原因でもあった腐食の神レーヴェゼンフィを封じた。
司祭長スレンダインはイスリールの死後、婚約者でもあった聖女の功績を讃え、レーヴェゼンフィを封じた青の魔石を管理監視するために小さな神殿を建造し、その初代神殿長として生涯を終えた。
聖女イスリールの暗殺に失敗したキーヴェルン帝国は程なくして瓦解し、皇帝暗殺の首謀者であるグレンフォード・アルバの所在はついに掴むことができなかった。
**
どうか、神様。
もし生まれてくることができるのなら。
また彼に出会って。
その隣で、笑って一生を終えることができますように。
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