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改正番;王宮編

7話,シエの弟に出会ったよう

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その日レイナは王宮を訪れていた。
『シェルジュエリー』では王宮での描写も存在した。スチル等の背景を見たい、つまりは聖地巡礼したいというレイナの願望によりこのような行動に移されている。何より10年間離宮に引き籠りっぱなしだったレイナにとっては、王宮を歩き回るだけでも重労働……いい散歩になっていた。
「ぜえ、はあ、ぜえ、はあ…」
完璧王女パーフェクトクイーンが聞いて笑えますね」
「黙ってシエっ……、けほっげほっおえぇ…」
完璧王女パーフェクトクイーンとはレイナの社交界に置けるあだ名だ。けれど今はそんな面影も無くサファイアの埋め込まれた杖に寄り掛かり口元を押さるレイナに、シエンナは無表情で淡々と警告をする。
「吐かないでくださいよ?そんな事したらイナ様の社交界での評価が天から地獄に落ちます。何なら帰りましょう、えぇそうしましょう。こんな姿、誰かに見られたら大変です」
「いやまだっ、目的が果たせて、無いからっ…。うげほっ、えほっ、うほうほっ」
「何処かで聞いた事ある鳴き声ですね。何処でしたっけ…?確か、全身黒い毛で覆われていて、人間に似た動物で、一般的に美しくも愛らしくとも無い……」
そう頬に手を当て考え込むシエンナを無視しレイナは杖を付いて少しずつ進んでいく。と、シエンナは考えていた事の結論が出たようで、ポンッと手を打った。
「あ!分かりました。ゴリ……」
「うげほっ!ごほっ!がはっ!」
わざとじゃないかという程の大きなレイナの咳により、シエンナの声は遮られレイナの尊厳は守られた。……たぶん。
もう今日の時点で完璧王女パーフェクトクイーンとして運動神経と作法が丸々抜け落ちていた。シエンナは周囲の気配察知に意識を向けながら、若干老婆状態になっているレイナが望む図書館へ案内する。
御目当ての王宮図書館に着いた頃には、レイナの意識も朦朧としていた。王族とその御付きのみの入室が許される場だが、そこを狙って暗殺者を寄越しに来る輩も少なくは無い。その為、シエンナと隠れている護衛は周りの気配に集中していた。けれどやはり主の体調が気になる訳で。
「イナ様、やはり離宮に戻りましょう。本が欲しいのならば離宮まで運ばせますから」
「せ…、折角っ、ここまで、げほっごほっ、来たからっ、うぇっ、いい、けほっ……」
そう言ってレイナは杖を使って何とか歩き、心配そうな顔をするシエンナが引いた椅子に座る。レイナは背筋を伸ばす気力も無くテーブルに上半身を寝そべらせた。
「それでイナ様、どのような本を御探しなのですか?」
「けほっげほっ…えっと……、世界史、の……おぇっ…」
「世界史ですね、取って参ります。……あ、吐かないでくださいよ」
「わざわざ言いにっ、げほっごほっ、戻って、来なくてもっ、げほっ吐かな、いよ……。う…」
そう力尽きたレイナを放置しシエンナは地理の本等がある本棚に向かった。
「世界史、世界史ねぇ……」
そう呟きひとまず、なるべく範囲の広い本を選んでシエンナが自身の手の上に積み上げていると、近付いて来る足音に気付いた。レイナかと若干警戒しながらシエンナがそちらに目を向けると、そこには彼女にとって見慣れていた顔の者が立っていた。
「シルヴェスター……」
「あれ、姉さん?久しぶり」
そう、両手に本を積み上げたシエンナに言ったのは、シエンナの実の弟、シルヴェスター・バートンだった。シエンナに似て人形のような綺麗な顔立ちをしている。まだ16歳とはいえ人より幼さの残った顔立ちだ。しばらく見なかった顔を見つめ、シエンナは白い髪を垂れさせ首を傾げた。
「………?シルヴェスター、貴方何方かの専属執事になったの?」
「うん、今は出世してローナ様に御仕えしてるんだ。確か一昨年からだったかな」
「……そう。精一杯御仕えするのよ」
「はぁい」
そのシルヴェスターの言葉にシエンナは小さく微笑み、それじゃあね、とレイナの元に戻ろうと足を進める。するとシルヴェスターが、あっ、と声を出した為シエンナは足を止めて振り返った。
「姉さん、僕王女殿下と御会いした事無いんだよ。会いたいなぁ」
「っ………、馬鹿を言わないで。伯爵家の生まれだとしても、王族の方に自ら話し掛けるのは無礼とされているのよ。身分を弁えなさい」
「何の御話ですか?シエ」
思わず聞き惚れる美しい声に、シエンナがその声の主を見ると、そこには隙無く微笑んでいるレイナが立っていた。
「イナ様…」
「えっ、王女殿下?!」
そう驚いた様子でレイナを見たシルヴェスターは慌ててその場に跪いた。レイナは首を傾げ微笑みシルヴェスターを見つめる。
「し、失礼しました。御初に御目に掛かります。シエンナの弟、シルヴェスター・バートンと申します。御見知りおきを」
「あら、シエの弟君だったのですね。はじめまして、レイナと言います。シルヴェスター、貴方は何方に御仕えしているの?」
「貴方様の兄君で王位懸賞権第2位で在らせられる、ローナ・バレンタイン・ティアーズ様でございます」
頭を垂れたままそう言うシルヴェスターの言葉に、レイナはそうなのね、と微笑み頷く。姿勢も真っ直ぐ伸びていて、笑顔は愛想良く、口調も上品。先程までゴリ……いや、彼女の尊厳の為言うまい。まあそのような咳をしていた、所謂女子力欠乏系女子にはとても見えない振る舞いをレイナはしていた。レイナが前世の記憶が戻る前までは四六時中このような感じだったが、思わずシエンナも感心して見つめてしまう。
「それじゃあローナ王子殿下の邪魔をしてはいけませんね。シエ、行きましょう」
「御意」
「御待ちください、王女殿下」
レイナがシルヴェスターに背を向け歩き出そうとした時、彼はそう言った。レイナは肩越しに彼を見て、シエンナは軽くシルヴェスターを睨む。他の王族に仕える執事の身分で王女を呼び止める等、不敬罪で牢行きだ。けれどレイナはそれこそ面倒な為、黙ってシルヴェスターの次の言葉を待っている。
「ローナ様が王位を望んでいらっしゃるのは御存知ですよね?」
「えぇ。それが?」
「だから、邪魔なんですよ。貴方様が」
顔を上げ愛想の良い笑みでそう言ったシルヴェスターに、シエンナは珍しく怒りを露にした。
「シルヴェスターっ!口を慎みなさい、今の言葉は不敬罪で処刑されても文句は言えない物です」
「けれど、慈悲深いと噂される王女殿下ならば、その寛大な心で御許しくださるでしょう?」
「わたくしは優しく等ありませんよ」
「御謙遜を」
シルヴェスターを上から見つめながらレイナは、帰りたいなぁと心の中でぼやいた。幼い頃、貴族からこのような言葉を遠回しに言われた事はある。けれどまさか王族付きの執事から言われるとは驚きだ。レイナはきちんと振り返り、変わらぬ笑顔で跪くシルヴェスターを見下ろした。
「まあそう言う事なので、不躾ながら王女殿下には王位懸賞権を破棄して頂きたいのです。さすればローナ様はほぼ確実に玉座に御座りになれる事でしょう」
何処か誇らしげにそう言ったシルヴェスターに、レイナはそうなのね、と笑顔で頷いた。怒る様子も無いレイナに、シルヴェスターは何とも微妙な顔を向けると、レイナはしゃがみこんでシルヴェスターの頰を両手で包み込んだ。主の突然の行動にシエンナが大きく目を見開き制止する。
「っ?!イナ様っ、何をしていらっしゃるのですか!すぐに御立ちくださいませ」
「黙りなさい、
「っ……」
視線1つ向けずにそう言ったレイナに、シエンナは息を飲み黙り込む。
「シルヴェスター、では貴女の主に伝言です。貴女が王となったあかつきには、玉座を焼き払って見せましょう、と」
「なっ…!!」
「それでは失礼します。行きますよ、シエ」
「は、はい」
そう返事したシエンナを連れてレイナは、跪いたままのシルヴェスターを残してその場を立ち去ったのだった。
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