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最終話 世界の全てを敵に回してでも 上
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長く、暗い通路が僕の前に伸びていた。
かつんかつんと、鉄板を埋め込んだ靴が石畳を叩く音だけが耳に入る。
「思えばこの世界で独りきりになったのは、初めてな気がするなあ」
必ず周りには誰かがいた。
召喚されたばかりの頃は取り巻きの女の子達だったし、今は皆がいた。
改めて独りだと思えば、自分でも驚くくらいに心細く感じる。
独りでいるのは嫌いじゃなかったはずなのに、慣れ過ぎて僕の防御壁が弱まっているらしい。
「いい事なのか、悪い事なのか」
独りでいれば、それ以上は傷付かない。 だけど、独りでいれば、それ以上に動く事もないんだ。
人間、独りでいれば今の僕みたいに延々とどうでもいい事を考え出して、自分探しを始めてしまう。
自分で自分を探しても、都合のいい自分が見つかるだけな気がする。
まぁ何を見付けるにしろ、厄介事は向こうから来るし、こっちから行かなきゃいけない時もある。
相手は魔王、世界最高の厄介事だ。
そしてとびっきりの冗談がもう一つある。
世界を滅ぼそうとする魔王を退治する勇者が、この僕だってことだ。
今更ながら、悪質なブラックジョークにしか思えない。
僕が勇敢なる者とか笑えてくる。
なにもかもが怖くてたまらない。
戦うのは勿論、人と付き合うのも怖いような僕が勇者とか、これを決めた神様は頭がどうかしていると思う。
今だって逃げ出したいし、帰って布団に潜って何もかも忘れて寝てしまいたい。
「それが出来れば、苦労はないよなあ」
左手の小指を刀の柄に触れさせていると、ピリピリした痛みを感じる。
音にならない刀の言葉を、僕が代わりに言うのであれば「嫌で嫌で仕方ない」になるのだろう。
受け入れられていないと、はっきりとわかる。
僕をやたら嫌いだった女の同級生と、二人だけで掃除をさせられているような、何を話せばいいのかそれとも話さない方がいいのか、そんな状況とそっくりだ。
今、逃げ出せば、きっと刀は許してくれない。
それどころか今すぐ思いきり握り締めたら、どうしようもなく嫌われる気がする。
刀相手に何を言ってるのやら、とは思うけど、この感覚を捨ててしまうのも……嫌われるのは怖いというかなんというか。
そうは言っても、刀の機嫌なんてどうやって取ればいいんだろう。
本気で困った。
何が困ったって、進む先から感じる力が物凄い。
力は山を抜き、気は世を蓋う抜山蓋世を文字通りに出来る相手だ。
全力を尽くしても、届くかわからない相手を前に、刀のご機嫌を取っている暇はない。
「だからさ、今だけで頼むよ」
何の因果か勇者家業、やりたくないが仕方がない。
やらなきゃいけないし、そうしようと決めた。
震える膝に力を籠めて、うつむきそうになる視線を無理矢理あげる。
「僕達で、ソフィアさんが一番強いんだって証明しに行こう」
ビリッ、と一際強い痛みが小指を焼く。
だけど、その後は何もない。
認められたわけじゃないだろうけど、それでも少しだけ身を任せてくれる気になってくれたみたいだ。
間違いは正されなきゃいけない。
僕がここで負ければ、その間違いは更に大きくなってしまう。
ソフィアさんの刀を使って僕なんかでもこんなに強いと証明出来るのなら、ソフィアさん本人はもっと強いと証明出来る。
「よし」
「準備は出来たみたいだな」
声が聞こえ、その瞬間に世界が切り替わった。
舞台のセットが変わるように、無機質な魔王城は舞台袖へと運ばれ、次のステージには桜が咲いていた。
満天の星空に突き刺さるような、そんな巨大な桜の木が一本。
咲き誇る桜の花びらが、ひらひらと地面に舞い落ちる。
「いよう」
花びらの絨毯の上に胡座をかいて座り込んだ魔王が、十年来の親友のように、僕に軽く片手をあげた。
距離は一足一刀より、遥かに遠い。
左手で刀を握るけど痛みはなく、しっかりとした柄の堅さが返ってくるだけだ。
「どうだい、まずは一献?」
纏っているというか、絡み付いているだけにしか見えないボロボロの布とは違い、魔王が手にしているのはしっかりとした作りの朱塗りの漆器に見える。
どう見ても元の世界の、日本の漆器でどうしようもない違和感だ。
「おっと、毒なんて入ってないぜ? なんなら俺様が先に飲んでもいい」
そう言うと、魔王は漆器を傾け、中の酒を一息で飲み干す。
「いやぁ、美味い」
酒精の混ざった吐息は、艶やかですらあった。
ギザギザした鮫のような歯を剥き出しにして、魔王は笑う。
「まぁ俺様に効く毒なんざないだろうがね。 どうするよ、勇者様」
手酌で酒を注ぎ、杯をこちらに掲げる魔王からは強烈な気が発せられていて、言葉の朗らかさとはまったく合っていない。
そうでなくとも不倶戴天の、人類最大の敵である魔王の酒を飲んでやる義理なんて、冷静に考えなくてもこれっぽっちも有りやしないに決まっている。
百人に聞けば、九十八人が「冗談じゃない、馬鹿を言うな」と答えるだろう。
考える余地もなく、有り得ない事だ。
だけど、ソフィアさんなら飲む。
そして、なら僕も飲まなきゃいけない。
握り締めた刀から手を離し、僕はずかずかと歩を進める。
間合いに入る時も、堂々とだ。
「貰うよ」
魔王の前にどかりと腰を下ろす。
「おう、飲め。 俺様の酌で飲めるなんて、てめえの他にゃ誰もいねえぜ」
杯を受け取る僕に魔王はカカカ、と機嫌良さげに笑った。
かつんかつんと、鉄板を埋め込んだ靴が石畳を叩く音だけが耳に入る。
「思えばこの世界で独りきりになったのは、初めてな気がするなあ」
必ず周りには誰かがいた。
召喚されたばかりの頃は取り巻きの女の子達だったし、今は皆がいた。
改めて独りだと思えば、自分でも驚くくらいに心細く感じる。
独りでいるのは嫌いじゃなかったはずなのに、慣れ過ぎて僕の防御壁が弱まっているらしい。
「いい事なのか、悪い事なのか」
独りでいれば、それ以上は傷付かない。 だけど、独りでいれば、それ以上に動く事もないんだ。
人間、独りでいれば今の僕みたいに延々とどうでもいい事を考え出して、自分探しを始めてしまう。
自分で自分を探しても、都合のいい自分が見つかるだけな気がする。
まぁ何を見付けるにしろ、厄介事は向こうから来るし、こっちから行かなきゃいけない時もある。
相手は魔王、世界最高の厄介事だ。
そしてとびっきりの冗談がもう一つある。
世界を滅ぼそうとする魔王を退治する勇者が、この僕だってことだ。
今更ながら、悪質なブラックジョークにしか思えない。
僕が勇敢なる者とか笑えてくる。
なにもかもが怖くてたまらない。
戦うのは勿論、人と付き合うのも怖いような僕が勇者とか、これを決めた神様は頭がどうかしていると思う。
今だって逃げ出したいし、帰って布団に潜って何もかも忘れて寝てしまいたい。
「それが出来れば、苦労はないよなあ」
左手の小指を刀の柄に触れさせていると、ピリピリした痛みを感じる。
音にならない刀の言葉を、僕が代わりに言うのであれば「嫌で嫌で仕方ない」になるのだろう。
受け入れられていないと、はっきりとわかる。
僕をやたら嫌いだった女の同級生と、二人だけで掃除をさせられているような、何を話せばいいのかそれとも話さない方がいいのか、そんな状況とそっくりだ。
今、逃げ出せば、きっと刀は許してくれない。
それどころか今すぐ思いきり握り締めたら、どうしようもなく嫌われる気がする。
刀相手に何を言ってるのやら、とは思うけど、この感覚を捨ててしまうのも……嫌われるのは怖いというかなんというか。
そうは言っても、刀の機嫌なんてどうやって取ればいいんだろう。
本気で困った。
何が困ったって、進む先から感じる力が物凄い。
力は山を抜き、気は世を蓋う抜山蓋世を文字通りに出来る相手だ。
全力を尽くしても、届くかわからない相手を前に、刀のご機嫌を取っている暇はない。
「だからさ、今だけで頼むよ」
何の因果か勇者家業、やりたくないが仕方がない。
やらなきゃいけないし、そうしようと決めた。
震える膝に力を籠めて、うつむきそうになる視線を無理矢理あげる。
「僕達で、ソフィアさんが一番強いんだって証明しに行こう」
ビリッ、と一際強い痛みが小指を焼く。
だけど、その後は何もない。
認められたわけじゃないだろうけど、それでも少しだけ身を任せてくれる気になってくれたみたいだ。
間違いは正されなきゃいけない。
僕がここで負ければ、その間違いは更に大きくなってしまう。
ソフィアさんの刀を使って僕なんかでもこんなに強いと証明出来るのなら、ソフィアさん本人はもっと強いと証明出来る。
「よし」
「準備は出来たみたいだな」
声が聞こえ、その瞬間に世界が切り替わった。
舞台のセットが変わるように、無機質な魔王城は舞台袖へと運ばれ、次のステージには桜が咲いていた。
満天の星空に突き刺さるような、そんな巨大な桜の木が一本。
咲き誇る桜の花びらが、ひらひらと地面に舞い落ちる。
「いよう」
花びらの絨毯の上に胡座をかいて座り込んだ魔王が、十年来の親友のように、僕に軽く片手をあげた。
距離は一足一刀より、遥かに遠い。
左手で刀を握るけど痛みはなく、しっかりとした柄の堅さが返ってくるだけだ。
「どうだい、まずは一献?」
纏っているというか、絡み付いているだけにしか見えないボロボロの布とは違い、魔王が手にしているのはしっかりとした作りの朱塗りの漆器に見える。
どう見ても元の世界の、日本の漆器でどうしようもない違和感だ。
「おっと、毒なんて入ってないぜ? なんなら俺様が先に飲んでもいい」
そう言うと、魔王は漆器を傾け、中の酒を一息で飲み干す。
「いやぁ、美味い」
酒精の混ざった吐息は、艶やかですらあった。
ギザギザした鮫のような歯を剥き出しにして、魔王は笑う。
「まぁ俺様に効く毒なんざないだろうがね。 どうするよ、勇者様」
手酌で酒を注ぎ、杯をこちらに掲げる魔王からは強烈な気が発せられていて、言葉の朗らかさとはまったく合っていない。
そうでなくとも不倶戴天の、人類最大の敵である魔王の酒を飲んでやる義理なんて、冷静に考えなくてもこれっぽっちも有りやしないに決まっている。
百人に聞けば、九十八人が「冗談じゃない、馬鹿を言うな」と答えるだろう。
考える余地もなく、有り得ない事だ。
だけど、ソフィアさんなら飲む。
そして、なら僕も飲まなきゃいけない。
握り締めた刀から手を離し、僕はずかずかと歩を進める。
間合いに入る時も、堂々とだ。
「貰うよ」
魔王の前にどかりと腰を下ろす。
「おう、飲め。 俺様の酌で飲めるなんて、てめえの他にゃ誰もいねえぜ」
杯を受け取る僕に魔王はカカカ、と機嫌良さげに笑った。
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