78 / 132
十七話 戦うな、マゾーガ 中上
しおりを挟む
「この街の徴税権はあくまでドワイト男爵にあり、その神聖な権利をただちに返還すべし。 もし、この訴えが受け入れられない場合、無慈悲な報復が待っているだろう」
仕立てのよい、ドワイト男爵とは比べ物にならないほど、金がかかった装いの大商人は言った。
「でしたら、お貸ししたこれだけの金貨をお返しいただけますかな」
「帰ります」
「駄目だったな」
「そりゃ駄目でしょう」
商人に追い出された私と爺は正直、途方に暮れていた。
金貨何枚で数えるより、重さで言われた方が理解が容易いほどの金貨を返せ、と言われた所でどうしようもない。
一年の税収を全て借金の返済にあてても、まったく足りないだろうし、有り得ない話だが私の実家が肩代わりした場合、確実に破産する金額だ。
ドワイト男爵は命の恩人ではあるが無理難題過ぎるぞ、これは。
かなりの金貨を取られたが、命の恩人には変わりがない。
よほど腕のいい治癒魔術師を呼んでくれたに違いなく、困窮しているドワイト男爵に、金銭で負担をかけられん。
「しかし、いつあいつら全員叩き斬ってくれる!って言い出すのか、冷や冷やしながら見てましたよ」
「……まさか」
それも考えはしたが調べた所によると、他の街にも出店している大商人や街の顔役など合わせて二十四の集まりが、分割して徴税権を持っているらしい。
その全てを叩き斬ったら、どんな愉快な事になるか、わかったものではないだろう。
あの男爵が私達を守ってくれるとは思えない以上、そんな事やってられん。
「ところでお嬢様、どうしてここまで」
「あら……」
「おや、ルーテシア嬢……」
道端で出会ったルーテシア嬢は街娘がよく着ていそうな、地味なエプロンドレスを纏っていた。
そして、私はいまだにルーテシア嬢と何を話せばいいか、わからないでいる。
ルーテシア嬢に勇者リョウジ・アカツキを攫った犯罪者と糾弾されたが、それは紛れもない事実だ。
だが、リョウジがほいほい私達にくっ付いてきているせいで、ルーテシア嬢も怒りを持続させるには辛いものがあるのだろう。
そのせいで私とルーテシア嬢は、いまいち距離の取り方を掴めないでいた。
「お一人ですか。 リョウジは?」
微妙な沈黙を恐れるように、私は口を開く。
「お友達の方とばったり会って、飲みに行くそうです……」
「……お送りしましょう」
着ている物こそ粗末だが、滲み出る品の良さはどこぞの令嬢にしか見えず、ふらふらと独りで出歩いていれば攫われてしまいそうだ。
あいつは何をしているんだ、一体。
「ありがとうございます」
どうしたものか、何を話せばいいかさっぱりわからん。
謝る気はないが、ルーテシア嬢も謝罪もなしに許してはくれないだろう。
今の生こそ女の身だが、麗しいご婦人に嫌われる事を是とする価値観はない。
何とかしたいものだ。
「あの……ソフィア様」
「ソフィアで構いませんよ、ルーテシア嬢」
「ならわたくしもルーテシアで」
「わかりました」
それだけを言うとルーテシアの視線が、右に左にさまよい始める。
迷いを見せるルーテシアは十歩ほど歩いた所で、ようやく口を開いた。
「あ、あの……怪我のお加減はよろしいのですか?」
「ええ、問題ありませんよ」
僅かな引きつりこそ残っているが、動くのに支障はない。
そう言うとルーテシアは、ほっとしたように微笑みを浮かべた。
「わたくし、内臓に回復魔術をかけたのは初めてでしたの。 何事もなくて安心しました」
「……ありがとう、ルーテシア。 貴方のお陰で生きているのだな」
「え、ちょっと待ってください。 どうして僕を睨むんですか!?」
「爺……お前、ルーテシアが私を助けてくれたのを知っていたのか」
「は、はあ、知ってましたよ? だから、どうしてドワイト男爵のために、あそこまでするのかな、と思っていました」
よくよく考えれば、私はルーテシアがどの程度の魔術師かを知らない。
重傷を治せるだけの回復魔術を使える魔術師は、相当高い位階にある。
そんな相手を呼んだからこそ、ドワイト男爵は私のような小娘に徴税権を取り戻せと無理難題を言ったのだとばかり考えていたのだが……まさか私が恩ある相手と思っているとも知らず、とりあえず言っていただけなのか。
ドワイト男爵へ最高級の宿に三月は泊まれるだけの金を払った。
あのボロ屋敷で、私の執事を勝手に使った上で、だ。
これはなかなか許し難い話ではないか。
「え、お嬢様……ひょっとしてルーテシア様が回復魔術使えるのを、知ら」
「ルーテシア、君は私の命の恩人だ。 出来る事があるなら、何でもしよう」
ドワイト男爵への復讐は後で考えるとしよう。
今はルーテシアへの恩を返さなければならない。
「ならリョウジを鍛えてあげてくださいませ」
今度は躊躇いも見せず、ルーテシアは言った。
「ふむ?」
「リョウジは魔王と戦うつもりですわ。 そのための力は、いくら有っても足りません」
「わかりました」
私にも否はない提案だ。
リョウジが強くなるのは、悪くない。
それどころか望む所だ。
「リョウジを鍛えましょう、私を斬れるようになるまで」
私は気障ったらしく、帽子を外して一礼した。
「お願いしま……なんで猫の耳が生えてますの!?」
「朝起きたら生えていました」
「これ……呪われてますわよ!?」
無遠慮に猫耳を撫で回すルーテシアの手に、思わずびくんと腰が引ける。
「さ、触るなら、もっと優しく……」
「あ、ごめんなさい……」
「……っ」
優しく触られるのも、なかなか辛い。
漏れそうになる声を、下唇を噛んで必死に堪える。
「あ、あのお二人とも……」
「な、なんだ? ひゃっ!」
「ソフィアさん、変な声を出さないでくださいまし……」
「しかし、これは……んっ」
「とりあえず場所を移しましょう! 注目されまくってますよ!」
辺りを見渡してみれば、若い男達がギラギラとした目でこちらを見ていた。
道端で私のように美しい乙女が甘い声を出していれば、そうもなろう。
「……走りますよ、ルーテシア」
「は、はい! うう、もうこの街を歩けませんわ!」
走りながら嘆くルーテシアを何と慰めるべきか、私は悩む。
「女は見られて美しくなるのです」
「あ、あんな破廉恥な視線は嫌ですわ!」
仕立てのよい、ドワイト男爵とは比べ物にならないほど、金がかかった装いの大商人は言った。
「でしたら、お貸ししたこれだけの金貨をお返しいただけますかな」
「帰ります」
「駄目だったな」
「そりゃ駄目でしょう」
商人に追い出された私と爺は正直、途方に暮れていた。
金貨何枚で数えるより、重さで言われた方が理解が容易いほどの金貨を返せ、と言われた所でどうしようもない。
一年の税収を全て借金の返済にあてても、まったく足りないだろうし、有り得ない話だが私の実家が肩代わりした場合、確実に破産する金額だ。
ドワイト男爵は命の恩人ではあるが無理難題過ぎるぞ、これは。
かなりの金貨を取られたが、命の恩人には変わりがない。
よほど腕のいい治癒魔術師を呼んでくれたに違いなく、困窮しているドワイト男爵に、金銭で負担をかけられん。
「しかし、いつあいつら全員叩き斬ってくれる!って言い出すのか、冷や冷やしながら見てましたよ」
「……まさか」
それも考えはしたが調べた所によると、他の街にも出店している大商人や街の顔役など合わせて二十四の集まりが、分割して徴税権を持っているらしい。
その全てを叩き斬ったら、どんな愉快な事になるか、わかったものではないだろう。
あの男爵が私達を守ってくれるとは思えない以上、そんな事やってられん。
「ところでお嬢様、どうしてここまで」
「あら……」
「おや、ルーテシア嬢……」
道端で出会ったルーテシア嬢は街娘がよく着ていそうな、地味なエプロンドレスを纏っていた。
そして、私はいまだにルーテシア嬢と何を話せばいいか、わからないでいる。
ルーテシア嬢に勇者リョウジ・アカツキを攫った犯罪者と糾弾されたが、それは紛れもない事実だ。
だが、リョウジがほいほい私達にくっ付いてきているせいで、ルーテシア嬢も怒りを持続させるには辛いものがあるのだろう。
そのせいで私とルーテシア嬢は、いまいち距離の取り方を掴めないでいた。
「お一人ですか。 リョウジは?」
微妙な沈黙を恐れるように、私は口を開く。
「お友達の方とばったり会って、飲みに行くそうです……」
「……お送りしましょう」
着ている物こそ粗末だが、滲み出る品の良さはどこぞの令嬢にしか見えず、ふらふらと独りで出歩いていれば攫われてしまいそうだ。
あいつは何をしているんだ、一体。
「ありがとうございます」
どうしたものか、何を話せばいいかさっぱりわからん。
謝る気はないが、ルーテシア嬢も謝罪もなしに許してはくれないだろう。
今の生こそ女の身だが、麗しいご婦人に嫌われる事を是とする価値観はない。
何とかしたいものだ。
「あの……ソフィア様」
「ソフィアで構いませんよ、ルーテシア嬢」
「ならわたくしもルーテシアで」
「わかりました」
それだけを言うとルーテシアの視線が、右に左にさまよい始める。
迷いを見せるルーテシアは十歩ほど歩いた所で、ようやく口を開いた。
「あ、あの……怪我のお加減はよろしいのですか?」
「ええ、問題ありませんよ」
僅かな引きつりこそ残っているが、動くのに支障はない。
そう言うとルーテシアは、ほっとしたように微笑みを浮かべた。
「わたくし、内臓に回復魔術をかけたのは初めてでしたの。 何事もなくて安心しました」
「……ありがとう、ルーテシア。 貴方のお陰で生きているのだな」
「え、ちょっと待ってください。 どうして僕を睨むんですか!?」
「爺……お前、ルーテシアが私を助けてくれたのを知っていたのか」
「は、はあ、知ってましたよ? だから、どうしてドワイト男爵のために、あそこまでするのかな、と思っていました」
よくよく考えれば、私はルーテシアがどの程度の魔術師かを知らない。
重傷を治せるだけの回復魔術を使える魔術師は、相当高い位階にある。
そんな相手を呼んだからこそ、ドワイト男爵は私のような小娘に徴税権を取り戻せと無理難題を言ったのだとばかり考えていたのだが……まさか私が恩ある相手と思っているとも知らず、とりあえず言っていただけなのか。
ドワイト男爵へ最高級の宿に三月は泊まれるだけの金を払った。
あのボロ屋敷で、私の執事を勝手に使った上で、だ。
これはなかなか許し難い話ではないか。
「え、お嬢様……ひょっとしてルーテシア様が回復魔術使えるのを、知ら」
「ルーテシア、君は私の命の恩人だ。 出来る事があるなら、何でもしよう」
ドワイト男爵への復讐は後で考えるとしよう。
今はルーテシアへの恩を返さなければならない。
「ならリョウジを鍛えてあげてくださいませ」
今度は躊躇いも見せず、ルーテシアは言った。
「ふむ?」
「リョウジは魔王と戦うつもりですわ。 そのための力は、いくら有っても足りません」
「わかりました」
私にも否はない提案だ。
リョウジが強くなるのは、悪くない。
それどころか望む所だ。
「リョウジを鍛えましょう、私を斬れるようになるまで」
私は気障ったらしく、帽子を外して一礼した。
「お願いしま……なんで猫の耳が生えてますの!?」
「朝起きたら生えていました」
「これ……呪われてますわよ!?」
無遠慮に猫耳を撫で回すルーテシアの手に、思わずびくんと腰が引ける。
「さ、触るなら、もっと優しく……」
「あ、ごめんなさい……」
「……っ」
優しく触られるのも、なかなか辛い。
漏れそうになる声を、下唇を噛んで必死に堪える。
「あ、あのお二人とも……」
「な、なんだ? ひゃっ!」
「ソフィアさん、変な声を出さないでくださいまし……」
「しかし、これは……んっ」
「とりあえず場所を移しましょう! 注目されまくってますよ!」
辺りを見渡してみれば、若い男達がギラギラとした目でこちらを見ていた。
道端で私のように美しい乙女が甘い声を出していれば、そうもなろう。
「……走りますよ、ルーテシア」
「は、はい! うう、もうこの街を歩けませんわ!」
走りながら嘆くルーテシアを何と慰めるべきか、私は悩む。
「女は見られて美しくなるのです」
「あ、あんな破廉恥な視線は嫌ですわ!」
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる