剣戟rock'n'roll

久保田

文字の大きさ
43 / 132

十二話 人生イロモノ 中下

しおりを挟む
 地下牢、というイメージからするとここはひどく乾いている気がした。
 そのお陰でカツン、カツンという鉄板入りの軍靴の音がよく響く。
 女囚人のための地下牢、そこに淫靡な響きを感じてしまうのは……―――

「この蛆虫、よく聞くんだ! ママの股からひり出された○○○○なお前にも出来るくそったれな仕事を教えてやる!」

「サー! イェッサー!」

「馬鹿野郎、私は女だ! ヘテロポダ軍曹と呼びな!」

「イエスマム!」

「声が小さい! どこに玉落としてきたんだい? そんなへなちんで女は満足しないよ!」

「イェェェェスマァァァァァァァァァァァム!」

「クズの○○から生まれてきた、×××な△△△を犬に×××!」

「イェェェェェェェェスマァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァム!」

 淫靡な響きどころか、僕は何だかとんでもない事になっていた。
 目の前にいるのは恐らくは人間だ。
 しかし、その雄大さすら感じられる肩幅は僕の二倍はあり、きゅっと締まったウェストというか腹筋で見事な逆三角形を描くボディライン。
 その豊満というか内から溢れ出る圧力は、軍服を破ろうとでもしているのか全体的にパンパンになっている。
 男だ、と紹介されても特に疑いもなく、僕は信じるだろう。

「くそったれな××××でも声が出るじゃないか! よし、いいだろう。 バケツとモップを持て、リョウジ三等兵見習い!」

「イエスマム!」

「駆けあーし!」

「イエスマム!」

 段々、楽しくなってきたぞう。
 駆け足、と言っても十秒もかからない距離だったが、下っ端は常に駆け足を強いられている。
 僕みたいな下っ端の下っ端なら、どんな短い距離でも必ず駆け足をしなければいけない。
 だけど、やっていい事と悪い事の区別がはっきりしている軍隊生活は、まだ数日ではあるけど思っていたよりも僕に合っていた。

「止まれ、リョウジ三等兵見習い」

「イエスマム!」

「よーし、お前の担当はここだ! 塵一つ残さずに磨き上げろ!」

「イエスマム!」

「私は別な担当区域を見てくる。 いいか、サボったりしてみろ? その時は泣いたり笑ったり出来なくしてやる!」

「イエスマム! 僕はサボったりしません!」

「口では何とでも言えるんだ、この××××が! まぁいい、結果を出せ、三等兵見習い!」

「イエスマム!」

 そういうとガッチガチのヒップというか、尻の筋肉をピクピクとさせながらヘテロポダ軍曹は奥の方に向かって行った。

「よし、やろう!」

 軍曹の後ろ姿を見送ると、僕は目の前の鍵がかかっていない牢に入るけど、元々そんなに汚れている気配はない。
 女子地下牢担当のヘテロポダ軍曹が毎日、綺麗に磨いているからだ。
 口と顔は驚くほど汚いけど、あの人のマメさはかなりの物だ。
 そんな軍曹に信頼されている以上、僕も手は抜けない。
 モップを水につけて、石畳をごしごしと磨いて行く。
 この時、あまり水に浸し過ぎると逆に汚す事になってしまい、余計に手間がかかる。
 綺麗に、しかし手早くやらなければ軍曹にまたどやされる事になるだろう。
 働くという事は素晴らしい。
 誰もが労働の楽しさに目覚めれば、きっと世界は平和になると確信出来る。
 そんな気持ちでモップを動かしていた、その時だった。

「しくしくしくしくしくしく……」

 女性の泣き声が、聞こえた。
 元々、女子牢なんてものは滅多に使われる事はなく、今だって誰もいないはずだ。
 なのに、どこからか悲しげな女の子の泣き声が……。

「しくしくしくしくしくしく……」

「え、何それ」

 まさか……霊?
 軍曹に飲みに連れて行ってもらった時、無実の罪で捕まった女囚の霊がどうこう言っていたような……。
 いやいや、まさかまさか。
 この今の世の中、科学万能の時代ですよ。
 霊なんて非科学的な物があるはず……。

「魔術とかファンタジーな世界だよ、ここ……!」

 霊とか普通にいるんじゃないかな、ひょっとして。

「大丈夫、いざという時は軍曹が殴り倒してくれるはず」

 霊vs軍曹なら間違いなく軍曹が勝つに決まっている。
 そうと決まれば、この声の発信源を探してみようじゃないか。
 僕は牢を出ると左右を見渡し、

「……いたよ」

 しかも、ドレスを着た女の霊が横の牢に普通にいた。
 石畳に顔を伏せ、しくしくと泣く女の霊だ。
 縦に巻かれた金髪が石畳に散らばっていて、しかも彼女は周りを気にしていないらしくスカートがめくれて太ももが露になっている。

「これは不味い」

 けしからん光景だ、というのもあるけど、それ以上に軍曹に今の状況を見つけられた日には全力で殴られかねない気がした。
 この光景を生み出したのは僕ではないけど、非常によろしくない。
 泣いている女の子を放っておくような男にはなりたくないし。

「あ、あの……どうしたの?」

 意を決して、僕はドレスの霊に話しかけた。
 ぴたり、と泣き声は止まり、彼女はしゃくりを上げる。
 こういう時、黙って待っているのが正解なんだろうか?と悩んでいると、途切れ途切れに彼女は話し始めた。

「探し人が見つからないのに……こんな牢に押し込められて……」

「そうなんだ……」

 それで死んだら、死にきれず自縛霊になっても仕方ない気がする。
 あっという間にこの霊に同情してしまった僕は、彼女にせめてもの言葉をかける事にした。

「どんな人なのかな。 よければ僕が探してあげるよ」

「本当ですの……? 彼は優しい人ですわ」

「優しい人……うーん、他には?」

 さすがに優しいというだけでは何ともなぁ。

「あとは……誰かのために頑張れる人ですの」

 僕とは大違いだなぁ……。
 ああ、ルーテシアには本当にひどい事をした……。
 でも、まだ彼女に合わせる顔がないんだ。

「あ、そうだ。 名前は?」

 名前を知っていれば、相手を探しやすいよね。
 しかし、霊の探し人って死んでたりするパターンよくあるし、そうなった時はどうやって成仏してもらえばいいんだろう。
 死んでましたって言ったらいいのかな。

「勇……ア……キ」

「え、なんて言ったの?」

「勇者アカツキですわ」

「……………………えっ?」

 苛立ったように顔を上げた彼女は、

「ですからっ! 勇者、アカツ……キ」

「や、やあ……」

 どこからどう見てもルーテシア・リヴィングストンその人だった。
 え、どうすんの、これ。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

処理中です...