剣戟rock'n'roll

久保田

文字の大きさ
8 / 132

五話 誰かにとってのDEADline・中下

しおりを挟む
 世界は変われど、星は変わりはしなかった。
 下界の様子など気する事もなく、ただ輝く星々。
 その輝きを邪魔するのを恐れたのか、夜の空には雲一つ見当たらない。
 私達は宿もない村の片隅で、野宿をしていた。
 グレゴリウス氏の家に泊まるわけにもいかず、かと言っていきなり旅人を泊めるような不用心な村人はなかなかいない。
 まぁ野宿と言っても、獣が現れないだけ大分マシだ。
 獣の代わりに人が現れる時はあるが。

「いい夜だと思わないか」

「チィルダにはわかりません」

 爺は最初に寝入り、マゾーガも横になっている。
 今もチィルダの僅かな足音で目を覚ましたようだが、私達の会話を邪魔する気はないようだ。

「それは残念だ」

 花鳥風月、今も口寂しく思い、ここに僅かばかりの命の水があれば、どれだけ救われるものか。
 まぁ救いを求めていのは、私ではなさそうだが。
 チィルダの瞳を見つめていると、まるで鳥のように思えてくる。

「チィルダの疑問に答えてはいただけませんか」

「私に答えられる事なら」

 チィルダに害意がなさそうだ、と判断したらしいマゾーガが再び眠りについた気配がした。

「さきほど」

 チィルダはマゾーガと爺の方に視線を向ける。
 よくよく思えば、私より先に眠る爺は従者としては問題な気がしてきた。

「そちらの方々は争っていましたが」

 言葉を探しているのか、チィルダは小首を傾げて考え込んだ。

「何故、争っていたのでしょうか? チィルダは疑問です」

「ふむ」

 村に入る時の一幕か。
 自分で言うのもなかなか気恥ずかしい話ではあるが、何とか話してみるとしようか。
 この少女に私は興味を抱いた。
 特に理由はないが、話してみたくなった。

「私とマゾーガは爺の理解出来ない所で認め合って、理解出来ない爺はそれがどうにも嫌だった、という所か」

 私は料理が出来ない。
 だから料理が出来る爺と、料理が出来る誰かが料理の話をしていれば、私は口を挟めないだろう。
 それはあまり面白い事ではない。
 同じように爺は私に仕えるために育てられてきたが、剣の才能はこれっぱかしもなく、私とマゾーガの間を理解し難いはずだ。
 いきなり戦い、いきなり旅の道連れになったマゾーガに、爺は不気味なものを覚えた……と言葉にすれば、こうなるのか。

「ならば何故、お二人は今、争ってはいないのでしょうか?」

「認め合った、のだろうな」

 理解し合えた、というわけではないが、爺の妥協出来る点を見つけ出せたのでは……と、人と人との繋がりなど、言葉にするものではないな。
 あまり綺麗なものではなくなってしまう。

「認め合った……チィルダにはわかりません」

 例えば旅路で会った、名も知らない誰かと。
 例えば一夜の情を交わした相手と。
 例えば斬り合った相手と。
 言葉にすれば、途端に形を変えて私の手をすり抜けて消えてしまう。

「グレゴリウス氏とチィルダは、認め合えてはいないのか」

「チィルダにはわかりません」

「そうか」

「どうすればチィルダは、他者と認め合えますか?」

 さて、困った。

「わからないなあ」

「ソフィア様でもわからない事がお有りになるのですか」

「世の中、わからない事だらけだとも」

 誰もが同じように認められるものではないだろう。
 裏表がない、というより単純そのものな爺のような者もいれば、陰に籠もり不満を溜め込む者もいる。
 それを一言で解き明かせるのなら、もはやそれは真理とでも言うべき何かだ。

「ならば」

 よくよく見ればチィルダの無表情は、グレゴリウス氏の鉄面皮とは違う気がした。
 どうそれを作ればいいのかを迷う幼子とでも言うべきか。

「どうすればチィルダはソフィア様と認め合えるのでしょうか?」

「わからない」

 が、

「認め合えるかはわからない。 だが少なくとも誰でもいいと思っている相手を、私は心から認められるとは思えない」

 目をぱちくりとさせたチィルダを、私は初めて愛らしいと思った。

「では、チィルダはどのようにするべきなのでしょうか」

「単純な話だ」

 私でなくともいいのなら、私に何かを求められても、困る。

「私を見て」

 見た目だけは一端の、だが童女より幼い在り方の娘はどういう存在なのだろう。

「それでも私と認め合いたいと思い」

 何物にも染まっていない、透き通った水晶のような少女は、どんな色に染まっていくのか。
 それを見たいと思った。

「そして私がチィルダと認め合いたいと思うのならば」

 私の胸の奥に芽生えたこの感情が、誰にも踏み荒らされた事のない新雪を汚したいと思う情欲なのか、それともまったく別の何かか。
 それがいまいち定かではない。

「きっと私達は認め合えるのだろう」

 だが、どちらにせよ。

「チィルダは、ソフィア様と認め合いたいです」

「明日、全てが終わってから、また聞くとしよう」

 私は私の感情を名付ける事は出来そうにない。

「グレゴリウス氏を斬ってから、また聞くとしよう」

 その時は、この少女に恨まれるだろう。
 わかりにくい少女だが、あんなにも彼に尽くす心根は、きっと私への恨みに変わるはずだ。

「そう、ですね」

 そんな事を考えていた私は、チィルダの揺れる声と、困ったように歪んだ眉を見落としていた。

「貴方に、チィルダは触れていいですか?」

「好きにすればいい」

 私はそれだけを言うと、そっとまぶたを閉じた。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

処理中です...