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第7話 悪夢の夜明け

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 あの後、俺と美純は警察官に保護され、それぞれ事情聴取を受けた。


 一通りの説明を終え、取調室から出ると美純の姿があった。



「おつかれさま」



 美純は俺の隣へ移ると、微かに笑みを浮かべた。


 麦色の髪からは雫が滴り、纏うブランケットの隙間からは、透けた服から水色の下着がうっすらと露になっている。



「ごめん。俺のせいで」


「気にしないで。それに、こういう時はごめんよりも、ありがとうの方が嬉しいな」


「──ありがとう」


「どういたしまして」



 ニッとして、形良く並んだ歯を見せる美純。


 けれども、その顔つきは次第に心細そうなものになっていく。



「…………すっごく心配したんだよ。ラインも電話も出ないし、お家に行っても会えなかったから」



 弱々しい声で呟く美純からは、小刻みに震えているのが肩を通して直に伝わってくる。


 時間が経って冷静になれば、自分が何をしようとしていたのか、いかに自暴自棄になっていたのかを気付かされる。
 馬鹿なことをしようとしたのは分かっているが、あの時の俺にとっては、あれが最善としか思えなかった。


 だけど、美純に手を差し伸ばされた時、初めて救われた気がした。


 豪雨の中、俺のために必死になって探してくれた。
 生きていいんだと、そう思わせてくれた。


 与えられてばかりで、恩返しがしたい。


 かといって、今の俺に何が返せるだろうか。



「この礼はいつか必ずする。今は何もしてあげれないし、いつになるのかも分からないけど」


「いいよ。言ったでしょ、かずやが好きだって。かずやの隣にいられる、それだけで十分だから」



 美純は唇を少しだけ横に広げるようにして微笑んでみせた。



「だけど──」


「それに、かずやにとっては些細な事なんだろうけど、与えられてばかりだったのはむしろ私の方だったんだよ。かずやがいたから今の私がいる。だから今度は私の番」



 そう言って、美純は付け足すようにくすりと笑った。



「晴らそう!! かずやが無実だって!」



 活気に満ちた大きな瞳に、優しく曲線を描く眉、淡く桜色に光る唇。それらが輝いて見えると同時に、頼もしく思えた。


 美純のまっすぐな思いが心につきささり、胸のあたりがじーんと熱くなって涙腺に響く。


 痛みも怖さに晒され、例え迷い挫けそうになっても美純となら越えていける気がした。







 ──それからしばらくして、連絡を受けて美純の両親が駆け付け、俺の身元引き受け人として呼ばれていた母さんも迎えに来た。


 俺を見て立ち尽くす母の傍には、佳那の姿もあった。



「母さん。…………何も言わずに出てってごめん。たくさん心配を掛けてごめんなさ──」


「ごめんなさい……っ!」



 母さんは俺の腹に顔を埋めてしがみつくと、その場で泣き崩れた。



「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいっ!」



 苦しそうに眉に皺を寄せ、母さんはわなわなと唇を震わせている。


 その姿は、まるで俺が悪事でも働いたかのように胸を締め付けさせた。


 堪らず、母さんの背中に手を回そうとする──が、あと少しという所でピタリと止まって動かない。


 最初は躊躇う自分に困惑していたが、それが苦手意識によるものだと分かると、自然と納得できた。


 母さんが悪くないのは知ってる。
 だけど、あの夜の言葉が、顔が俺の脳裏から離れてくれない。


 結局、俺は母さんを抱擁することが出来ず、諦めて手を戻した。


 なんともいえない複雑な感情に襲われていると、美純が横で話す。



「かなちゃんが電話してくれたんだよ。かずやが居なくなったって。そのおかげで、私はかずやを助けることができたの」



 佳那が……?


 そう目線を移すが、佳那はここに来てから一度も口を開かず、憂わしげな固い表情でずっと下を向いているままだった。


 その面持ちは悔根の情を体現しているように思えた。







 美純のおばさんが母さんを慰めている間、俺はおじさんからある提案を持ち掛けられた。


 事態が落ち着くまでの間、美純の家に住まないかというものだ。
 父さんと母さん、そして佳那は精神的にも肉体的にも疲弊しきっており、俺と距離を取るのは互いの為にもなるのだろう。


 母さんはおばさんに諭される形で、それを承諾した。



「かずやをよろしくお願いします」



 深々とおじさん達に頭を下げると、母さんは最後にもう一度俺を抱き締めた。


 佳那とは終始一言も話すことなかった。


 寂しげにこちらを見つめる母さんを背に、俺は美純の家族の後を付いていく。


 その道中、俺は不安で足取りを遅くする。


 おじさんの提案は嬉しかったが、父さん達のように周りから危害を加えられるんじゃないかって、そう思うと怖くて不安で仕方なかった。



「やっぱり、俺がいたら迷惑をかけるんじゃ……」



 俺が足を止めると、不意に頬に熱い感覚が走り、振り向くとおじさんがコーヒーの缶を持っていた。



「和也が悪い訳じゃないんだから、気にするな。困った事があったら、俺達大人を頼れ。俺はな、美純と同じくらい息子同然のお前の事が心配なんだ」



 そうおじさんにコーヒーを渡され、両手で手に持つ。



「そうよ。辛いことがたくさんあったんだから、ちゃんと休まなきゃ。家では遠慮せずにくつろいでいいからね」



 そうおばさんは俺と美純の頭を撫でた。



「ほら、早く帰ろう!」



 目を三日月のようにし、明るく笑顔を浮かべる美純に手を引かれる。


 あれ? 涙がでて……っ。


 瞳に溢れた抑えがたい喜びに、気付けば俺も笑っていた。


 月明かりのもと、オレンジ色の外灯に照らされながら、俺は美純の家族とともに帰路に付いた。
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