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第3話 めちゃくちゃ

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 閑散とした公園に、ブランコの軋む音が寂しげに鳴っている。


 あれから俺は学校に行くのをやめた。


 嫌われて恨まれるのが怖い。友人も居場所ももうない。
 家でさえ居心地が悪く、こうして昼間の誰もいない公園に身を寄せた。


 昔は嫌なことがあったら、こうしてここに来たっけ。小学生ぶりくらいだろうか。
 こころなしか、皆でよく遊んだ遊具が小さく見える。


 津賀から逃げ出した後日、俺は両親と共に学校から呼び出され、白井さんとその両親に謝罪をした。
 もちろん、それまでに何度も無実を訴えたが聞き入れてはくれなかった。


 それから担任の先生や、学年主任の教師は俺に転校を勧めた。
 なんでも、問題が大事になって保護者からの苦情が多く寄せられているらしい。


 転校するかどうかは分からないが、町全体に噂が広まっているらしく、父さんと母さんからは一時、引っ越しをほのめかす話が出たことがあった。


 正直、俺はもうどっちでもいい。今の学校に残っても、明るい未来は分かりきっているのだから。


 防災無線のスピーカーから夕焼け小焼けが流れ、町中に鳴り響く。


 もう少しここに居たかったけど、そろそろ帰らないと学校の知り合いにバッタリ会ってしまうかもしれない。


 名残惜しい気持ちを押さえ、俺はブランコから降りた──。


 家へ帰る道中、俺は見知った顔に足を止める。



長山ながやま……?」



 俺を待っていたかのように現れた彼女は、幼馴染みである美純と仲の良い長山萌ながやま もえだった。


 なんで長山がここに。美純は一緒じゃないのか?



「単刀直入に言う。もう美純とは関わらないで」



 困惑する俺をよそに、長山は告げた。



「美純は大関君に優しすぎる。それだから、昨日だって大関君の事でいろんな人と揉めたの」



 知らなかった。美純が、俺のために……?



「誰だって噂のよくない人とは親しくして欲しくないでしょ。これ以上は美純のためにもならない。分かるでしょ?」



 長山の言葉に、俺は何も言えなかった。


 美純が俺の味方をしてくれるのは嬉しい。だけど、学校で犯罪者扱いされている俺の肩を持てば美純の立場だって危うい。


 最悪、俺と同じように糾弾され虐められるかもしれない。
 そんなのは俺だって嫌だ。俺と同じ思いを美純にもして欲しくない。



「少しでも美純のことを思ってるんだったら、二度と関わらないであげて」



 だからこそ、長山の言いたいことが理解できる。


 だから──俺は重い首を立てに振った。







 最初は半信半疑だった家族も、時間が経つにつれて変わっていった。


 とある投稿がネットにあげられたのが始まりだった。


 一連の痴漢事件がインフルエンサーによって拡散され、大炎上を起こした。



:こんなのが野放しにされてるとか怖すぎ、せめて少年院に送ってほしい


:女の敵、絶対に許すな


:何でこいつ捕まらないん?


:特定班の人おったら頼む


:こいつはこれから先大人になっても、同じことを何度も繰り返すんだろうな😅😅😅


:まったく、どんな育て方をすればこんな事をするんだか。こいつの親もきっとDQNとかなんだろ。


:またやるに決まってる、いっそ去勢してあげた方が加害者のためにもなると思う


:現行犯じゃなきゃ駄目なんておかしい


:こんな奴、殺処分にした方が世のためだろ


:被害者の女の子の事を考えるとマジで辛い


:こんなん誰だってトラウマになるわ


:警察仕事しろよ!


:○○県○○市、○○高校2年。本名は大関和也。家族構成は分からんが、妹がいるのは確か


:ナイス!


:有能すぎwww


:よくやった、あんたは俺達のヒーローだよ


:いつも思うんだけど、こういうのってどうやって調べてるの?


:ほかは知らんが、俺の場合はたまたま知り合いが同じ学校に通ってたから、教えてもらったわ


:ちな、これ中学の卒アルな



 非難する文字と共に写し出されたのは、紛れもない俺の顔だった。



「なんだよ、これっ……!」



 偶然目にしたそれに、俺は取り乱して思わずスマホを放り投げてしまう。


 見たことを後悔した。


 そこから家族は徐々に壊れていった。


 いたずら電話をはじめとした迷惑行為を皮切りに、ゴミを敷地に投げられたり、家の写真を撮られるようになった。


 酷い時は石を窓から投げ入れられる事もあった。



「俺はやってない! 頼むから信じてくれよ!!」


「うるさい黙れ! お前が痴漢なんてしたからこんなの事になったんだぞ! いい加減、少しは反省したらどうだ!!」



 皆、精神が疲弊して限界を迎えていたんだ。


 胸ぐらを掴む父さんの目は赤く充血しており、その激しい怒号からは普段の温厚な父さんとは別物だった。


 これ以上は言っても神経を逆撫でするだけだと諦め、俺は黙って顔をそらす。



「………………」


「何とかいったらどうだ!!」



 頬に鈍い痛みが走るとともに、衝撃で俺は飛ばされる。


 棚にぶつかり、飾っていた家族写真が落ちるとガラスの破片が散乱した。


 一瞬、何が起きたのか分からなかった。


 だが、口を拭った手が血で汚れているのを見て、俺は父さんに殴られたんだと気付いた。



「あなた!!」



 母さんの声が響く。


 そこでようやく父さんは我に返り、自分が何をしてしまったのか理解したのだろう。


 父さんは苦虫を噛み潰したように顔を歪ませると、壁を叩いてどこかへ行ってしまった。


 その時はまだ知らなかったが、父さんの会社にも連日のように抗議の電話が寄せられていたらしい。そのため、肩身を狭い思いをしていたようだ。



「お兄ちゃんのせいで何もかも全部めちゃくちゃだよ! お兄ちゃんなんて、お兄ちゃんなんて大嫌い大嫌い大っ嫌い!!」



 そう泣き叫ぶ佳那は、俺があげた髪留めをほどくと、目の前で投げ捨てた。



「お兄ちゃんの顔なんて二度と見たくない!!」



 突き刺されるような悲しみに、胸が押し潰される。


 一通り言い終えると、佳那はハッと目を見開く。



「そ、そんなつもりじゃ……」



 そう小さく溢した佳那は、苦しげな表情で眉をひそめていた。







「お゛ぇっ。う゛えええええっ」



 不快感と共に生暖かいものが食道を逆流して口から吐き出る。



「お゛えええっ」



 匂いに当てられ、俺は再びトイレの中に顔を突っ込んだ。


 気持ち悪い。吐き気が止まらない。


 ──しばらくして、気分がだいぶ落ち着いてきた。


 俺は口に残る嫌な感覚を水でゆすぎ、ついでに顔を洗い流す。


 部屋に戻ろう。


 そう洗面所から出てリビングを通り掛かろうとした時、中からすすり泣く声が聞こえたため立ち止まる。


 この声、母さんの……。


 ドアに近付き、恐る恐る耳を澄ませる。



「──もうどうしたらいいか分からない。なんで、こんなことに……。どうして痴漢なんて、私達の育て方が間違ってたの?」



 嘆く母さんの姿に、俺の胸が苦しくなる。



「いっそのこと、一緒に心中してあげた方があの子にとっても──」



 母さんの失言に、ガタッと音を立てて後ずさった。


 聞きたくなかった、そんな言葉。



「かずや?」



 そう呼ぶ母さんの顔色は血の気を失って、みるみると青白くなっていく。



「かずや、待って!」



 母さんの伸ばす手から逃げるよう、俺はその場から離れた。


 後ろから聞こえる母さんの悲しげな声が、一層、俺の心を締め付けた。







 ──泣いた。たくさん泣いた。声が枯れるまで泣いた。


 言いようのない悔し涙で、顔をくしゃくしゃにする。


 悔しくて悔しくて堪らない。


 胸が切り裂かれるように痛い。


 家族も友達も親友も、好きだった人も失った。もう俺に居場所と呼べるものは何処にもない。


 なんで俺がこんな目に合わなければいけないのだろう。


 ……………もう無理だ。耐えられない。


 傷付くのも、周りが傷つけられるのも。迷惑をかけてばっかりで、母さんにあんなことまで言わせて。
 父さんにも佳那にもつらい思いをさせた。


 もう皆の悲しむ姿なんて見たくない。


 ──だから。


「俺はいない方がいいんだ」
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