2 / 6
第2話 わるもの
しおりを挟む
「朝か…………」
暗闇に包まれた部屋の隅でうずくまっていた俺を、カーテンの隙間から入った日差しが照らしていた。
あれから俺は、警察の人から事情聴取を受ける事となった。アリバイがあったのと、俺を犯人とする証拠がなかったため解放されたまではよかったが、それで全て終わりという訳ではない。
白井さんが痴漢にあった事実は変わらないのだ。
それに、捕まらなかったからといって、絶対に犯人ではないと証明されたという訳ではない。疑惑は残り続けている。
現に、父さんや母さん、佳那は少しよそよそしい態度だった。
家族ですらそうなのだから、学校の皆は尚更だろう。
そう考えると、皆と合うのが怖くて怖くて堪らない。嫌でも信じてもらえなかった時の事を想像してしまい、こうして眠ることができず、朝を迎えたのだ。
誰一人として口を開こうとしない。そんな重苦しい空気のなかで朝食を取り、登校する準備を済ませた。
「…………いって、らっしゃい」
不安げな母さんの言葉に見送られ、俺は家を後にした。
※
学校が近づくにつれ、暗いもやもやとした気持ちに襲われ、足取りが遅くなる。
きっと大丈夫、みんな話せば分かってくれる。そうすれば、この陰鬱ともおさらば。
それから皆で協力して白井さんの件を解決しよう。
そう自分に言い聞かせて校門をくぐる。
この時はまだ知らなかった。いや、考えたくなかったのかもしれない、現実が非情だということを。
「おい、見ろよ。あれ、大関だろ?」
「あれでしょ、白井さんを襲ったって人。ほんとなの?」
「マジらしいよ。バスケ部の知り合いが言ってたわ」
「だとしたら、ほんと可哀想。いくらなんでも手を出すとか最低すぎるでしょ」
チクチクと向けられる視線に、思わずうっとなる。
噂はたった一晩の内に広まっているようで、これからもっと増えるのだろう。
一応、覚悟はしていたが心にくるものはくる。
居心地の悪いこの場から離れるよう、俺は足早に教室へと足を進めた。
※
教室の前に立つと、深呼吸して緊張で乱れる心を落ち着かせる。
引戸は心なしか、いつもより重く感じた。
ガラガラっと音を立てて開くと、教室が静まり返るとともに、注目が一斉に俺へ集まった。
中には厳しものや、冷たい眼差しもある。
「お、大関…………」
陽斗は俺と目が合うと、気まずそうに下へ反らした。
「は、陽斗! 聞いてくれ、皆誤解してるんだ。俺はやってな──」
「そうやって俺達も白井さんみたく騙すのか?」
そう遮る樹の顔は怒りと失望を含ませているようだった。
「だ、騙すって俺がいつそんな事を! そもそも、俺は昨日も一昨日も白井さんとは会ってない。皆、噂に流されすぎだ!」
俺は必死に弁明を図るが、皆はそれを聞き入れる様子はない。
そうだ。白井さん! 白井さんなら分かってくれるはず。
「白井さ──」
「来ないで!」
しかし、返ってきた言葉は拒絶そのものだった。白井さんはビクッと体を震わせ、俺に向ける目は完全に怯えていた。
なんだよこれ…………。これじゃあ、ほんとに俺が悪いみたいじゃないか。
そして次の瞬間、俺は津賀に胸ぐらを掴まれ、勢いよく引き寄せられた。
目前に迫る津賀の顔は怒りで歪み、目を鋭くさせて睨み付けていた。
「とぼけないで!! こんなものを落としておいて、無関係だなんて白々しいにも程がある!」
津賀の凄まじい剣幕に圧倒されていると、乱雑に放り出され、俺は腰を机にぶつける。
「痛っ!」
堪らず痛みで悶えていると、津賀が机の上にあるものを投げ捨てた。
ストラップ…………? 何でここに、そもそも津賀がどうしてこれを。
「犯人が逃げる時に落としたんだと。…………俺だって、最初はお前がこんな事するとは思えなかった。だけどよ、こんなもん見ちまったら信じるしかねぇじゃんか!!」
そう叫ぶ樹に続き、陽斗がくしゃくしゃと頭を掻く。
「さすがにヤバいってお前これ、擁護できねーつうか…………ああもう! 何でこんな事になっちまったんだよ!」
たかがストラップ。しかし、それは白井さんと遊びに行った時、記念で各々の頭文字を彫刻したものだった。
それに加え、俺がストラップを無くしていたという事実は、第三者から見れば犯行時に落としたからとしか思えないだろう。
だが、そんな事は断じてあり得ない。何でそれが現場に落ちていたかは分からないが、俺は白井さんを襲ってなんかいない!
「────そんなに俺が信用できないのか?」
「そう」
津賀が即答する。
そう断言され、俺はショックで胸がギュッと締め付めつき、顔がぐしゃりと歪んだ。
今までの思い出は、共に笑い合った日々は。積み重ねた信頼は。
その程度だったのか?
虚しくて堪らない。今までの全てを否定された気分だ。
なんだよ、これ。
「信じてたのになんで……こんなの酷いよ」
静かな教室に、白井さんの震えた悲しげな声が響き渡る。
「大関くんとなら一緒なら克服できかもしれないって思ってた。それなのにこんな…………」
やめろ。やめてくれ。
「私、大関くんのこと──」
「聞きたくない!」
気付けば、俺は白井さんの声を遮っていた。
「俺が何したっていうんだ。なんで誰も信じてくれない!! 俺はお前らの事、大切で、大好きだったんだよ!」
それでも皆には届かない。
「さよをこんな目に合わせておいてよくもそんな事を……どんなにさよが傷付いたと。ふざけるのもいい加減にして! あんただけは絶対に、絶対に許さない!!」
津賀は先程までよりも更に怒りで身を震わせ、目に溢れんばかりの殺意を込めていた。
明らかに異常な様子に、周りもそれを感じ取る。
「さ、さすがにまずいって」
一歩、また一歩と近付く津賀をクラスメイトが止めようと試みるが
「触るな!」
と、力付くで振り払われてしまう。
「お、落ち着けって。津賀、頼むからさ!」
見かねた陽斗と樹が二人がかりで押さえるが、それでも津賀を止めることはできない。
「許さない許さない許さない!!」
その憎悪に満ちた声に、俺は怖じ気付いて一歩後ずさってしまう。
「逃げるな!」
──気付けば逃げ出していた。教室から聞こえてくる声に耳を塞ぐ。
俺は、逃げた。逃げ出してしまったんだ。
もう後戻りはできない。津賀に、皆に弁明しても、もう聞き入れてくれることはないだろう。
暗闇に包まれた部屋の隅でうずくまっていた俺を、カーテンの隙間から入った日差しが照らしていた。
あれから俺は、警察の人から事情聴取を受ける事となった。アリバイがあったのと、俺を犯人とする証拠がなかったため解放されたまではよかったが、それで全て終わりという訳ではない。
白井さんが痴漢にあった事実は変わらないのだ。
それに、捕まらなかったからといって、絶対に犯人ではないと証明されたという訳ではない。疑惑は残り続けている。
現に、父さんや母さん、佳那は少しよそよそしい態度だった。
家族ですらそうなのだから、学校の皆は尚更だろう。
そう考えると、皆と合うのが怖くて怖くて堪らない。嫌でも信じてもらえなかった時の事を想像してしまい、こうして眠ることができず、朝を迎えたのだ。
誰一人として口を開こうとしない。そんな重苦しい空気のなかで朝食を取り、登校する準備を済ませた。
「…………いって、らっしゃい」
不安げな母さんの言葉に見送られ、俺は家を後にした。
※
学校が近づくにつれ、暗いもやもやとした気持ちに襲われ、足取りが遅くなる。
きっと大丈夫、みんな話せば分かってくれる。そうすれば、この陰鬱ともおさらば。
それから皆で協力して白井さんの件を解決しよう。
そう自分に言い聞かせて校門をくぐる。
この時はまだ知らなかった。いや、考えたくなかったのかもしれない、現実が非情だということを。
「おい、見ろよ。あれ、大関だろ?」
「あれでしょ、白井さんを襲ったって人。ほんとなの?」
「マジらしいよ。バスケ部の知り合いが言ってたわ」
「だとしたら、ほんと可哀想。いくらなんでも手を出すとか最低すぎるでしょ」
チクチクと向けられる視線に、思わずうっとなる。
噂はたった一晩の内に広まっているようで、これからもっと増えるのだろう。
一応、覚悟はしていたが心にくるものはくる。
居心地の悪いこの場から離れるよう、俺は足早に教室へと足を進めた。
※
教室の前に立つと、深呼吸して緊張で乱れる心を落ち着かせる。
引戸は心なしか、いつもより重く感じた。
ガラガラっと音を立てて開くと、教室が静まり返るとともに、注目が一斉に俺へ集まった。
中には厳しものや、冷たい眼差しもある。
「お、大関…………」
陽斗は俺と目が合うと、気まずそうに下へ反らした。
「は、陽斗! 聞いてくれ、皆誤解してるんだ。俺はやってな──」
「そうやって俺達も白井さんみたく騙すのか?」
そう遮る樹の顔は怒りと失望を含ませているようだった。
「だ、騙すって俺がいつそんな事を! そもそも、俺は昨日も一昨日も白井さんとは会ってない。皆、噂に流されすぎだ!」
俺は必死に弁明を図るが、皆はそれを聞き入れる様子はない。
そうだ。白井さん! 白井さんなら分かってくれるはず。
「白井さ──」
「来ないで!」
しかし、返ってきた言葉は拒絶そのものだった。白井さんはビクッと体を震わせ、俺に向ける目は完全に怯えていた。
なんだよこれ…………。これじゃあ、ほんとに俺が悪いみたいじゃないか。
そして次の瞬間、俺は津賀に胸ぐらを掴まれ、勢いよく引き寄せられた。
目前に迫る津賀の顔は怒りで歪み、目を鋭くさせて睨み付けていた。
「とぼけないで!! こんなものを落としておいて、無関係だなんて白々しいにも程がある!」
津賀の凄まじい剣幕に圧倒されていると、乱雑に放り出され、俺は腰を机にぶつける。
「痛っ!」
堪らず痛みで悶えていると、津賀が机の上にあるものを投げ捨てた。
ストラップ…………? 何でここに、そもそも津賀がどうしてこれを。
「犯人が逃げる時に落としたんだと。…………俺だって、最初はお前がこんな事するとは思えなかった。だけどよ、こんなもん見ちまったら信じるしかねぇじゃんか!!」
そう叫ぶ樹に続き、陽斗がくしゃくしゃと頭を掻く。
「さすがにヤバいってお前これ、擁護できねーつうか…………ああもう! 何でこんな事になっちまったんだよ!」
たかがストラップ。しかし、それは白井さんと遊びに行った時、記念で各々の頭文字を彫刻したものだった。
それに加え、俺がストラップを無くしていたという事実は、第三者から見れば犯行時に落としたからとしか思えないだろう。
だが、そんな事は断じてあり得ない。何でそれが現場に落ちていたかは分からないが、俺は白井さんを襲ってなんかいない!
「────そんなに俺が信用できないのか?」
「そう」
津賀が即答する。
そう断言され、俺はショックで胸がギュッと締め付めつき、顔がぐしゃりと歪んだ。
今までの思い出は、共に笑い合った日々は。積み重ねた信頼は。
その程度だったのか?
虚しくて堪らない。今までの全てを否定された気分だ。
なんだよ、これ。
「信じてたのになんで……こんなの酷いよ」
静かな教室に、白井さんの震えた悲しげな声が響き渡る。
「大関くんとなら一緒なら克服できかもしれないって思ってた。それなのにこんな…………」
やめろ。やめてくれ。
「私、大関くんのこと──」
「聞きたくない!」
気付けば、俺は白井さんの声を遮っていた。
「俺が何したっていうんだ。なんで誰も信じてくれない!! 俺はお前らの事、大切で、大好きだったんだよ!」
それでも皆には届かない。
「さよをこんな目に合わせておいてよくもそんな事を……どんなにさよが傷付いたと。ふざけるのもいい加減にして! あんただけは絶対に、絶対に許さない!!」
津賀は先程までよりも更に怒りで身を震わせ、目に溢れんばかりの殺意を込めていた。
明らかに異常な様子に、周りもそれを感じ取る。
「さ、さすがにまずいって」
一歩、また一歩と近付く津賀をクラスメイトが止めようと試みるが
「触るな!」
と、力付くで振り払われてしまう。
「お、落ち着けって。津賀、頼むからさ!」
見かねた陽斗と樹が二人がかりで押さえるが、それでも津賀を止めることはできない。
「許さない許さない許さない!!」
その憎悪に満ちた声に、俺は怖じ気付いて一歩後ずさってしまう。
「逃げるな!」
──気付けば逃げ出していた。教室から聞こえてくる声に耳を塞ぐ。
俺は、逃げた。逃げ出してしまったんだ。
もう後戻りはできない。津賀に、皆に弁明しても、もう聞き入れてくれることはないだろう。
10
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説
冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない
一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。
クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。
さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。
両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。
……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。
それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。
皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。
※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。
冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい
一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。
しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。
家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。
そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。
そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。
……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──
俺は先輩に恋人を寝取られ、心が壊れる寸前。でも……。二人が自分たちの間違いを後で思っても間に合わない。俺は美少女で素敵な同級生と幸せになる。
のんびりとゆっくり
恋愛
俺は島森海定(しまもりうみさだ)。高校一年生。
俺は先輩に恋人を寝取られた。
ラブラブな二人。
小学校六年生から続いた恋が終わり、俺は心が壊れていく。
そして、雪が激しさを増す中、公園のベンチに座り、このまま雪に埋もれてもいいという気持ちになっていると……。
前世の記憶が俺の中に流れ込んできた。
前世でも俺は先輩に恋人を寝取られ、心が壊れる寸前になっていた。
その後、少しずつ立ち直っていき、高校二年生を迎える。
春の始業式の日、俺は素敵な女性に出会った。
俺は彼女のことが好きになる。
しかし、彼女とはつり合わないのでは、という意識が強く、想いを伝えることはできない。
つらくて苦しくて悲しい気持ちが俺の心の中であふれていく。
今世ではこのようなことは繰り返したくない。
今世に意識が戻ってくると、俺は強くそう思った。
既に前世と同じように、恋人を先輩に寝取られてしまっている。
しかし、その後は、前世とは違う人生にしていきたい。
俺はこれからの人生を幸せな人生にするべく、自分磨きを一生懸命行い始めた。
一方で、俺を寝取った先輩と、その相手で俺の恋人だった女性の仲は、少しずつ壊れていく。そして、今世での高校二年生の春の始業式の日、俺は今世でも素敵な女性に出会った。
その女性が好きになった俺は、想いを伝えて恋人どうしになり。結婚して幸せになりたい。
俺の新しい人生が始まろうとしている。
この作品は、「カクヨム」様でも投稿を行っております。
「カクヨム」様では。「俺は先輩に恋人を寝取られて心が壊れる寸前になる。でもその後、素敵な女性と同じクラスになった。間違っていたと、寝取った先輩とその相手が思っても間に合わない。俺は美少女で素敵な同級生と幸せになっていく。」という題名で投稿を行っております。
大好きな彼女を学校一のイケメンに寝取られた。そしたら陰キャの僕が突然モテ始めた件について
ねんごろ
恋愛
僕の大好きな彼女が寝取られた。学校一のイケメンに……
しかし、それはまだ始まりに過ぎなかったのだ。
NTRは始まりでしか、なかったのだ……
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる