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第1話 おしまい

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 綺麗な夕陽に空は染まり、周りの景色もまた赤っぽくなっていた。


 独り校門前で佇んでいると、次々と部活終わりの生徒らが賑やかに通りすぎていく。



「あっ、大関おおぜきじゃん。またな~」


「また月曜な」


「またね、大関くん」



 学友らに手を振られ、「じゃあな」と返す。


 自慢でもないが友達は多い方だと思っている。部活や学業も順調で、俺の学校生活は充実していると言えるだろう。


 彼女こそはいないが、密かに想いを寄せている人とも、ここのところ距離が少しずつ近くなったと感じることがある。


 そんな彼女だが、誕生日が来週に控えていることもあり、どんな物をプレゼントしたらいいかと悩んでいるのだが──



「おまたせ~」



 噂をすれば、当の本人である女子生徒が小走りで手を振ってくる。



「おつかれ、白井しらいさん」



 白井沙代しらい さよ。俺はまだそこまでの関係ではないため、苗字にさんをつけて呼んでいる。


 運動後だというのに、隣へ白井さんが来るとふんわりと甘い匂いが漂ってくる。


 じーっ。


 白井さんがまじまじと顔を見てきたので、照れくさくなり目を反らす。



「ど、どうしたの? 白井さん」


「あっ、ごめん。その、髪が伸びてきたかなーって」


「そうかな?」


「そうだよ」



 と、微笑む白井さんを見て心が和む。


 そんな中、さーっと音をたてて冷たい風が吹き通っていく。



「うわっ、寒~!」



 美しくつやめいている黒髪が靡き、白井さんは手でそっと押さえた。


 その一連のしぐさに俺は、不意に目を奪われた。


 横から見える長い睫に大きな瞳、少し色っぽい潤った唇。
 クラスで一、二の可愛さを争うと言われるのも納得だ。



「なんだかもう冬って感じだね」



 白井さんの言葉で、ハッと我に返る。
 それと同時に、少し寒そうに両手を擦っていることに気付いた。


 俺はポケットからホッカイロを取りと、白井さんへ差し出す。



「これ、俺の使ってたやつでよければ」


「えっ、いいの? けど、そしたら大関くんのが……」


「まだ、予備のがあるから大丈夫。あっ、それとも新しいのがよかったかな?」


「ううん、ありがとう。大切に使わせてもらうね」



 白井さんはホッカイロを受け取り、それを感慨深そうに眺める。
 それは、どこか嬉しそうで柔らかい顔をしていた。



「さーよっ」



 いきなり背後から抱き付くようにくっつかれ、驚く白井さん。



「なーな!」



 そう呼ばれた彼女は津賀奈月つが なつき。先程の親しげな呼び方から分かるように、白井さんとは親友のポジションにある。


 なんでも、小学校からの付き合いだそうだ。



「おいおい、なんだか親しげにしてたじゃんか? 見せつけてくれちゃってよ」


「よっ、またせたな」



 ガバッと肩に手を回してダル絡みをしてくるのは友人の陽斗はるとだった。
 その後ろで手を上げているのは同じく友人のいつきだ。


 二人はクラスや部活が一緒なこともあり、友人の中でもかなり親しい分類に入る。


 待っていた三人も揃ったことで、俺達は楽しげな会話を交えて帰路につく。



「さよ、温めてー」



 津賀は相変わらず白井さんにべったりとくっついている。
 普段は感情表現が少なく、冷静な雰囲気を出しているのだから、初めて見たときは驚かされたものだ。


 それに加え、白井さんが清楚系だとすれば、津賀はクール系の美形であるため、同じ女子からの人気は凄い。



「あっ、ホッカイロ」



 津賀の手がホッカイロに伸びると、白井さんは「ダーメ」と遠ざけた。


 その反応に津賀は「?」となっていたが、何かを察したのか、途端にこちらを見てふふーんとニヤける。


 何が面白いのか分からなかったが、津賀には白井さんの誕生日を教えてもらった貸しがある。


 スポーツバックから予備のホッカイロを取り出し、津賀に声をかける。



「津賀、これやるよ」


「ほんと? ありがと。気が利くね」



 津賀は白井さんから離れると、こちらへ体を寄せてくる。


 相変わらず、距離感がバグってるな。


 現に密着とまではいかないが、互いの肩が触れあう程度には近い。


 すると、それを見かねた白井さんが慌てて俺から津賀を引き離す。
 当の彼女は「はいはい」と呆れた様子で笑うと、道中の自販機へと足を向ける。



「貰いっぱなしもあれだし──」



 はい、と投げられた缶をキャッチすると、両手に温もりが伝わる。


 おしるこか……。



「さよにも」


「えっ? 私は何もしてないよ」


「いーの、いーの」



 津賀が白井さんに押し付けるようにおしるこを渡すと、陽斗が声を上げる。



「いいーな、俺らのは?」


「ないけど。欲しいなら、自分で買えば?」


「けちー」



 陽斗は駄々をこねるように喚いていた。
 仕方がないので、俺のを分けてやると喜んで抱き締めてきた。


 まあ、俺が甘いもの苦手っていうのもあるが。



 ──しばらくして分かれ道になり、ここで白井さんと津賀とはお別れになる。



「それじゃ、またね」



 胸の前で小さく手を振る白井さん。


 次に会えるのは月曜か。なんて、感慨にふけていると、津賀が去り際に耳元で囁いてきた。



「誕生日プレゼント、ハンドクリームにしたから。一応、それだけ」



 突然のことにビクッと体を震わせ、反射的に距離を取った。


 誕生日プレゼントとは、白井さんのことだろう。
 彼女なりに、渡すものが被らないよう配慮してくれたらしい。



「あ、ああ。ありがとう」



 津賀は颯爽に通りすぎていくと、むすっと頬を膨らませて不満を露にしている白井さんに、「ごめんごめん」と軽く謝るのだった。


 それから白井さん達と別れると、隣で頭の後ろに頭を組みながら陽斗が話を切り出す。



「白井さんは元々そうだけど、なんか、津賀とも親しくなってない? まじ、羨ましいわ~」


「ただでさえ、村岡むらおかさんがいるのにな」



 樹のいう村岡とは、俺の幼馴染みである村岡美純むらおこ みすみのことだ。
 幼稚園から小中高と一緒で、たまに登下校を共にするくらいには関係が続いている。



「ほんとだよ! いいよな幼馴染み。神様、今からでもいいので俺にも可愛い幼馴染みをください!!」



 人目も気にせず両手を合わせ、必死に念じはじめる陽斗。



「急にどうした」


「ああ? 神様にお祈りしてるに決まってんだろ」



 もはや狂気の沙汰といえる様相に、俺と樹は呆れて物も言えなかった──







 ──翌日。


 今日は土曜のため学校は休みで、部活もないため、白井さんのプレゼントを買いに行くことにした。


 外用の服に着替え、財布とスマホだけを持って玄関へ向かう。



「あれ? お兄ちゃん、どっか出掛けるの?」



 妹の佳那かながリビングからひょこっと顔を出して現れる。



「ちょっとな」


「…………! もしかして、さよちゃんとデート!!?」



 勝手に一人で盛り上がり、佳那は目を輝かせてこちらを見てくる。



「はずれだな」


「なんだ~、残念。──あっ! じゃあ、さよちゃんの誕生日プレゼント?」



 思わず、ピタッと体が硬直する。


 佳那の自信ありげな顔が確信へと変わっていくのが分かる。
 そのニヤニヤとした目付きからは、からかってやろうという魂胆が透けて見える。



「さては図星でしょ、お兄ちゃん」


「お前には関係ないだろ」



 面倒事になる前にさっさと出ようと、ドアを空けて玄関から出る。



「あっ、待ってよお兄ちゃん! かなも付いてく──」


「ダメだ」



 半ば、話を強制的に終らせる形でドアを閉めた。


 からかわれるのがうざかったとはいえ、冷たい対応をしてしまった事に罪悪感を感じる。


 佳那も佳那で、自分なりに俺の手伝いをしようとしてくれてたんだろう。
 そう思えてくると、無性に悪いことをしてしまった。


 後で佳那にプリンとかでも買って帰ろうか──







 ──俺は赤色のマフラーを手に取り、肌触りを確かめる。


 最初は無難にお菓子とかスイーツも考えたが、昨日の寒そうにしていた白井さんを思い出し、マフラーにしようかという考えに至った。


 さわり心地もいいし、これなら冬でも首元が暖かそうだ。


 白井さん、喜んでくれるといいな。


 ふと、白井さんの嬉しそうな笑顔を思い浮かべると、自然と頬が緩んだ。


 会計を済ませようと財布を取り出すが、そこで初めて違和感に気付く。


 財布につけていたストラップが見当たらないのだ。それも、白井さんからもらったお揃いのストラップを。


 いつからだ? どこで落とした?


 とっさに辺りを見渡すがそれらしきものは見当たらない。
 手早く会計を終らせると、俺は来た道を辿って探し、途中でよったお店なども見て回った。


 しかし、どこを探しても見付からず、日が暮れてきたこともあり、今日のところは切り上げることにした。


 そもそも、家や学校にある可能性だって十分にある。


 足早に家へ赴くと、何やら警察官らが数人、玄関先で母さんらと話しているのが見えた。


 警察? 何かあったのか?


 困惑する俺を余所に、母さんはこちらに気付くとたどたどしい足取りでこちらに寄る。



「かずや、何したの?」



 何か切羽詰まった様子で問いかける母さんの顔はどこか青ざめており、普通ではないことは確かだった。
 それに、妙によそよそしくて、なぜかさっきから一度も目を合わせようとしないのだ。


 とはいえ、なんで俺にそんなことを聞くのか分からない。



「母さんこそ、なんで警察の人が家に来てるんだ?」


「それが…………実は昨日、白井さんが襲われたみたいなの」


「襲われた? 白井さんが?? そ、それで白井さんは!!」


「詳しいことはまだ分からないの。ただ痴漢にあったとしか」



 痴漢……。


 白井さんは過去に痴漢をされて、トラウマに苦しんでいるというのを津賀から聞いたことがある。
 それも、数年かけてやっとここ最近落ち着いてきたって。


 だとしたら、尚更絶対に許せない。


 腹の底から込み上げる怒りを堪え、俺は母さんに問いかける。



「それで、犯人は捕まったのか? それともまだ捕まってないのか?」


「犯人は………………。犯人はあなたなの、かずや」


「────は?」



 思いもしない言葉に理解が追い付かず、俺は顔をぐしゃりと歪めた。
 全身という全身から血の気が失せて、手元からマフラーの入った紙袋がこぼれ落ちるのだった。
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