ぼくらの国防大作戦

坂ノ内 佐吉

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第九章

Chapter.35 回想録 2065年

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 友杏が2024年に来る前の2065年

「華怜、俺さ、タイムマシンを発明してみてさ、最近よく考えるんだ」
「なに、あなた」
 坂広と華怜は、丘の上の海が見渡せる豪邸のバルコニーで紅茶を飲みながらくつろいでいた。
「第三次世界大戦があったじゃん。あの戦争で日本人は約200万人死んだんだよ。それでさ、俺のタイムマシンを利用してさ、戦争の犠牲者を減らせてたらなって……」
 坂広の思いもよらぬ発言に、華怜は言葉を呑む。
「それで」
「第三次世界大戦が勃発する前の過去にタイムスリップしてさ、未来を変えれないかなって」
 坂広は海を眺めながら続ける。
「戦争前は魚も美味しかったのにな…… また、寿司が食いたいな」
「そうね。……もしかして、あなたが過去に行って、未来を変えたいとか考えてるの?」
「まさか…… 俺はもう60も超えてるし、そんなバイタリティはないよ。……実はさ、この間、友杏が来た時にさ、そんな話になってね。第三次世界大戦で日本が被害を受けなかったら、どんな日本になってたのかなぁ? ってね。そしたら友杏、そっちの日本も見てみたいなぁって。パパのタイムマシンでタイムトラベラーになって過去に行って、私が日本の未来を変えちゃったりしてね、なんて言うんだよ」
「友杏が……? ふざけて言ってるんでしょ?」
「俺もそう思ったんだけど、話してるうちにその気になってきているような様子でさ、俺は本当にやってみたいのか? って聞いたんだよ」
「そしたら?」華怜は関心が強そうに訊く。
「すごい面白そうだねって。本当にやってみたかも、だって」
 坂広は笑いながら答える。
「でも、あの子は昔から冒険心が強いから、まんざら冗談でもないかもしれないわね」
 華怜の胸中には、ひとつまみの不安がよぎった。

 週末、友杏は坂広と華怜の住む実家を訪ねた。
「パパ、ママ、ちょっと、話したいことがあるんだけど」
 秋の涼しい風が吹きつけるバルコニーに出ると、三人はコーヒーをすする。
「ねえ、パパ。こないだの話したことママにも話した?」
「ああ、ちょこっとな」
「じゃあ、ママも知ってるんだね。ちょっと、そのことでなんだけど……」ためらいがちに友杏は喋る。
「まさか、友杏、本当にタイムスリップしたいなんて言うんじゃないでしょうね?」華怜の表情は険しくなる。
「その、まさかなんだよねー……」
「友杏、本気で言ってるのか?」鋭いまなざしで坂広は友杏を見る。
「う、うん」友杏は目をそらす。
「嘘でしょ。なんで?」華怜は理解に苦しむ様子で訊くが、坂広は黙っている。
「この間、パパと話ししてからさ、そのことが頭にこびりついちゃって、払おうと思っても払えないんだよね。パパはさ、第三次世界大戦を回避した未来の時間軸の方が、きっといい世界だったんだろう、ってよく言うじゃん。寿司が美味かったともよく言うし」
「友杏、まさかお前、第三次世界大戦を回避させたいと、本気で思ってるのか?」坂広が口を開く。 
「そうなんだよねー。そのことばっかり考えてる」
「それは感心なことだな。そんなのは絶対不可能だ。せめて日本への攻撃を防ぐことなら、見込みがあるかもしれないけどな」坂広は口に手を当てて考える。
「何言ってるの。そんなの危険が伴うでしょ? あなた、タイムスリップが安全だっていう保障はないでしょ?」
 華怜は心配そうな表情になる。
「リスクはほぼないと言って大丈夫だと思う。様々な動物で実験はしたし、健康への害がないのも、ほぼ実証できている」
「パパ、ママ、私、やってみたい。日本を救おうよ」友杏は本気の口調だ。
「ダメよ。そんなの。絶対ダメ」華怜がつぶやく。
「すごい決断だな。お前の意思だ。友杏が本気でやりたいなら、パパには止める資格はない」
「あなた! あなたのタイムマシは片道切符だけじゃない。そんな遠い過去に友杏を送ったら、二度と会えなくなるでしょ?」華怜は感情的になってくる。
「ああ、確かにその通りだね。……俺は何かを発明する時、いつも何か人類のためにできることはないかと思って新しいものを発明してきた。タイムマシンだってそうだ。仮に、友杏が過去に行って戦争を回避したとすれば、それは願ったりだよ。そりゃ俺だって、友杏に二度と会えなくなるのは本当に寂しいよ。だが、それは、この家庭内だけでの話だろ。だけど、友杏が過去で作戦を遂行し、成功すれば数百万の命を助けることができるかもしれない。それだけのかけがえのない命と、俺と華怜の犠牲だけを比べたら、その価値の差は天と地だよ。やった価値は神の技量に値するだろう。……友杏、本当に本気でやるなら、パパも、一緒に作戦を考えるよ」
「本当? ありがとう。パパ」
 沈黙をおいて華怜が口を開く。
「もし、上手くいって戦争の犠牲を減らしたとするでしょ。でもその時点で別の時間軸に枝分かれしちゃうから、この現実は何も変わらないんじゃないの。友杏にも会えないし」
「その通りだね。この世界は何も変わらない。でもパラレルワールドはきっともっと素敵なものになるよ」
 坂広は希望を込めた言い方をする。
「そんなの無理よ…… 私には。分かった、頑張ってね、なんて今はとても言えない…… ちょっと時間をちょうだい」華怜の左目から大粒の涙が頬を伝った。

 5日後、華怜は友杏にメールを送った。
『友杏、大事なことだけど、会って話すと泣いちゃうからメールで済ますね。あの件だけど、行ってきなさい。パパの言うとおりだよね。本当に遂行できれば、あなたは偉大な人になれる。ただ、ひとつ残念なのは、関係者以外は誰にもその偉業を知るすべがないということ。私が友杏を止めたら、それはただの私ひとりの甘え。親が子のやりたいことの妨げになるようなことをしてはダメだよね。私のことは気にしないで行っておいで。パパには話してあるからね。パパが作戦を練ろうって言ってたから、また近いうちに家に来てね』
 友杏の目から一滴の涙が流れた。
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