桜と椿

星野恵

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百花繚乱

「薔薇」二

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悪霊をはじめとした、近辺のありとあらゆる”よくないもの”があの廃神社には巣食っている。にもかかわらず、最近「大切な人と参拝すると、願いが叶う」という噂が生徒間で広まっていたようで、恐らく高尾神社に全ての元凶があるのだろうと思う。
だけど…。
「…何だ?そんな顔をしてどうした?」
椿が何事かと首を突っ込んできた。どうやら、僕らは随分と青ざめた顔をしていたらしい。

「…椿、彼が言っていた神社はね、…県下でもトップクラスに最悪な場所なんだ。廃神社になって管理する人がいないから、無数の化け物がウヨウヨしている。…僕はあそこの鳥居を見ただけで軽く吐きそうになる」
「…そうだね、恥ずかしながら僕も同意見だよ、桜君」

「なら、とりあえず俺が殲滅せんめつしたらいいか?」
あまりに突拍子もない事を椿が言ったので、僕と山本君は目が点になった。
「……話聞いてた?」
「失礼だな、聞いてるよ。複数を相手にするのは慣れてるし、もしどうしようもなければ逃げればいい。とりあえずそこを見てみないことには何も分からないだろ?」

「……どうなっても、知らねえぞ」
六郎君が苦々しくそうつぶやいた。
「悪いようにはしない。明日、そこに連れて行ってくれ」





翌日の放課後、僕たちは3人で高尾神社に向かった。
予想に反して、神社の鳥居に着いても体調を崩すことはなかった。
それに、中に多くの”敵”がいるようにも感じなかったので、不思議に思った。
しかし、境内に間違いなく、邪悪な何者かが存在するというのは、僕たち全員がわかった。
「俺が、中に入ってくる。君たちはそこで待っていろ。何かあったら俺のことなど放っておいて逃げろ」
椿が、一人で進もうとしたので、僕は慌ててさえぎった。
「何で一人だけで行こうとするんだよ」
「俺一人で十分だ。君らは行くのが嫌なんだろ」
「そうだけど…。一人だけで行かせられないよ。それに、こんな僕でも何か役に立てるかもしれない」
そう言うと椿は、あきれたように肩をすくめ、「…自分の身は自分で守れよ」と言い、ついてこいと言わんばかりに親指を後方に向けた。
椿に続いて鳥居を潜ろうとした時、「…僕も中に行く。桜君は僕が守る」と後ろから六郎君の声がした。
「…好きにしろ」と椿は吐き捨てた。

今にも雨が降りそうな曇天どんてんで、おまけにカラスの声がひどい。
気分は最悪だ。
高尾神社の本殿は小高い丘のような場所にあるので、辿たどり着くためには石段を登らなければならないのだが、一段登るごとに酷い息切れがする。
隣を歩いている六郎君も頭を押さえている。
「そろそろ着くぞ、構えろ」
ただ一人、椿だけが、いつもと変わらず、…というよりは、鬼退治の時と同じように、少しピリピリした様子だった。
そんな彼の様子を見てか、六郎君は頭を押さえていた手で自分のほほをパシンとはたき、「…了解。これ以上情けないザマは見せない」と応答した。
それにつられて僕も両手で頬をパンパンと叩いた。
「…行こう」

階段を登り切ると、途端に気分が一層いっそう悪くなった。と同時に、それらの元凶と思しきものの姿が目に映った。


本殿に隠れて、泥のような色をした2メートルほどの巨体を持った赤ん坊が、霊魂のようなものをむさぼっていた。


あまりの異様な光景に思わず僕は軽く嘔吐おうとしてしまい、その音に反応し、こちらにギョロっとした目玉を向けた。
赤ん坊は、その巨体からは想像もできないほどの早いスピードで、僕らに向かって突進し、腕を振り下ろした。
「来るぞ、避けろ!」
椿のその叫びで、僕らは間一髪で攻撃をかわした。

「離れていろ、ここは俺がやる」
六郎君が僕の腕を掴み、神社の階段へと向かって走り出した。
流石に僕は椿の様子が気になったので振り向くと、巨体がすぐそこまで迫っていた。



しかし、僕と六郎君が襲われることはなかった。
椿が、赤ん坊の右足を破壊し、赤ん坊がバランスを大いに崩したからだ。

あまりの出来事に僕たち二人は息を呑んだが、その間に彼は抜刀し、もう一本の足を切断した。
「グゴオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
赤ん坊の断末魔が境内へと響き渡った。



「終わりだ、化け物」
椿は、赤ん坊の背を踏みつけ、その首をはね落とした。
斬られた首は宙を舞い、ズシャアという思いの外軽い音とともに下に着地した。



いつの間にかカラスの鳴き声は聞こえなくなり、辺りには小鳥のさえずりやコオロギの声が立ち込めた。
「おい、怪我はないか」
椿は赤ん坊の肉体から颯爽さっそうと降り立ち、刀を鞘に納めた。
「すごい…」
彼の戦いぶりに思わず僕は感嘆の声を漏らした。
「そいつはどうも。…怪我がなかったようで何よりだが、」



…彼は何かを感じて背後を振り返った。何と、さっきの赤ん坊の身体が再生していて、ウォームアップのような仕草をしている。
彼が切り落とした肉体は、いつの間にか全て同体と繋がってしまっていた。
椿は抜刀ばっとうし再び身構えた。

「奴は不死身なのか?それとも何処どこかに本体があるのか、いずれにしてもこれじゃあキリがない」

こちらを睨みつける化け物の姿に、僕は軽く絶望した。
だけど、二人は、絶望なんてしていなかった。
六郎君が、ここで口を開いた。
「椿、あいつの弱点は恐らく額に刻まれたあのもんだ。あの紋を消せばあいつはただの土塊つちくれになる」
「…本当か?」
赤ん坊の額を見ると、確かにその額には紋のようなものが刻まれていた。それを見て僕もとある化け物の情報が頭をよぎった。
「椿、その通りだと思う。多分あれはゴーレムっていう西洋の化け物だ。だとすると、あの紋がおそらく本体だ」



それを聞くや否や、椿は高くジャンプして空中を一回転し化け物の顔面に刃先を勢いよく叩きつけた。
紋は、というよりも化け物の顔面そのものが跡形もなく砕け散り、赤ん坊の肉体からは意思が失われただの泥になって崩れ落ちた。

「…今度こそ本当に終わりか?」
椿はまだ少しピリピリしているようで、刀を握りしめたまま周囲を少し見渡している。

「……はあ~~~~~」
六郎君は緊張が抜けたようで、その場にへたり込んだ。

「…助かった」
椿は、僕たちに感謝の言葉をかけてくれた。
「…え?」
六郎君は、椿から声を掛けられたのがとても意外だったようで、その声は少し上擦っていた。

「…俺の力だけでは、あいつの正体を見抜けなかった。奴に止めをさせたのは君たちのおかげだ、感謝する」
「…あまり遜らないでよ、椿」
六郎君は立ち上がり、膝についた砂を払った。
「最終的にあの化け物を下したのは君だよ、椿。おかげで僕たちは助かった。…実を言うと、僕は少し君の事を疑っていたんだ、桜くんに取り憑いて支配しようとしているんじゃないかって。…そんな事を思っていた自分が恥ずかしいよ、君は危険を顧みず戦ってくれたというのに」
「…俺も君の事を少し疑っていた。お互い様さ」
椿は、右手を六郎君に向かって差し出した。
六郎君も、左手を伸ばし、握手をするような仕草をした。
「…これからも、よろしく」
「ああ」

まだ幾つか謎が残ってはいるが、問題の大部分はこれで解決した。
この時は、本気でそう思っていた。
だけど、これは、僕の経験した異変の、ほんの始まりに過ぎなかったのだ。
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