桜と椿

星野恵

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百花繚乱

「鬼灯」二

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「…ここは、墓地か?」
「…そうだね、でも目的地はここじゃないんだ。この上に登るよ」
階段に腰掛けてる二人の墓守に許可証を見せると、墓守の一人が「通ってよし」と静かな、しかしよく通る声で告げた。
「…あの墓守、霊だな。ここに何があるのか、興味が湧いてきた」
「この上の丘に、少し開けた場所があって、そこで月に二、三度ほど市が催されてるんだ。売り子の中には『見える』人間とかもいるけど、ほとんどが霊的な存在だよ」
「へえ、市場か。何年ぶりかな、懐かしい」
彼の言い回しがまるで老人のそれのようであったので、僕は少し可笑しくてクスリと笑ってしまった。
「何がおかしいんだ?」
彼は、怪訝そうな顔をしてこちらを見つめた。
「…いっや、なんでもないよ。…そうだ、僕がここに来た目的だけど、僕はここの薬売りに用があるんだ。彼は見える「人」で、薬を売るだけでなく、霊的な道具の売買とかをしてくれるんだ。だから…」
「…なるほどね、俺を縛っていた鎖を売ろうってことか。…いいんじゃないか?あの鎖はかなり上物だろうし」
「…」
「うん?どうした?」
「いや、鎖勝手に売るって言ったら怒るかな?って思ってたから拍子抜けで…」
「そんなことで怒るかよ、君が解き放った鎖だし、もう君のものだ、好きにすればいい」
「…ありがとう。でも今度からなにかする時は言うようにするよ、忍びないし」
「分かった」



「やや錆びてるけど、結構な上物だね。どこで見つけてきたんだい?…まあいっか、野暮だったね。換えてあげたいんだけど、今日はお金もしらすも全然持ってきてないんだよね…。ウコッケイの卵とみかんならあるんだけど、それでもいい?」
薬売りの男性は、思いがけず舞い込んできた上物に面食らった様子だったが、すぐに出店の奥から卵とみかんを入れた竹のカゴを抱えてきた。
「ウコッケイの卵三つとみかんが十。今日はこれだけしか渡せるものがないけど、また今度来てくれた時に何か渡せるようにしておくよ」
「え、そんなの悪いよ」
「…どんな時でも、然るべき報酬は受け取らないと駄目だよ。けっこうこの鎖の価値高いと思うからさ。じゃあ、申し訳ないけどまた今度来るのを待っててね。毎度ありがとう」
「こちらこそ」

あと、一時間もたたぬ間に、日が暮れる。
まだ、ほとんど出店は開いておらず、客もまばらだ。だが、日が暮れると、客も増える。それは同時に、霊的な存在とも、関わる可能性が増すということだ。
今は用心棒役を買ってでてくれている彼がいるとはいえ、あまりそういった方々には関わりたくない。
「用事も済んだし、帰ろうか」
「おう、いいぜ」
その時だった。
「山本くん」
背後から、僕の苗字を呼ぶ声がして、思わず振り向いた。
僕と同じ高校の制服を来た男子が、そこに立っていた。
胸につけていたバッジから、その男子生徒が僕と同じ学年の他クラスの生徒である事がわかった。
「君、山本くんだよね?1ーAの。僕は1ーDの鬼灯六郎っていうんだけど…、知ってる?」
「…ごめん、知らない」

…面倒なことに、なりそうだ。

「…ここにいるっていうことは、君も、「見える」人っていうことだよね…?君にちょっとお願いしたいことが…、と、その前に、彼は…?」
僕は一瞬、誰の事を聞かれているのか分からなかったが、すぐに隣にいる、侍の霊の「彼」の事を聞かれているのだと分かった。
「ああ、彼は…」
「俺は縁あって彼の用心棒をしている」
彼が、答えた。

「そっか、凄いね、用心棒がいるんだね君、それなら心強いや」
「…え?」
「君にお願いしたいことなんだけど、ちょっと鬼退治に付き合ってほしいんだ」
「……なんですと?」
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