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19話 嫉妬

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結局課題が終わる頃には3時半を過ぎていた。どうにかレポートを書き終えてお互い読み返しまで真面目に行い、問題ないねって確認し合ってその後は泥のように眠った。
アラームもかけずに寝たせいで午後からの授業ぎりぎりに起きるハメになり、2人して寝癖のままアパートを飛び出して駅まで走ることになり、大学に着く頃には2人とも満身創痍だった。


「茉理とひかる、今日飲み会来るんだよな?お前ら平気なの?」

「行く、参加するって言っちゃったし、遊びたいから昨日で課題片付けたんだし…」

「行きたいよ僕も。今日早上がりできそうなシフトだったし」

「……なんだかんだお前ら真面目だよな、毎回そこそこ良い評価もらってるし。あんま無理すんなよ」

「別に普通だろ。おーまた連絡する」


同じサークルの同期から飲み会の時間と場所を伝えてもらい、2人で確認するとこれなら30分遅刻くらいで行けそうとひかるが言った。

高校までフィールドホッケーをやっていた俺たちは、2人でまたフィールドホッケーのサークルに入っている。
性別制限をかけていないのに何故か女子が居ない男ばっかのサークルで、青春は期待できない分居心地の良いメンバーが揃っていた。
今日のように、時々こうやって飲み会や合コンが企画され、都合が合えば良く参加していた。


「今日後輩も来るって」

「珍しいね、普段同期ばっかなのに」

「ね、飲み行くのは初めてかも僕」

「ひかるあんまり色んな人と行かないもんね、あー、仲良い後輩来る、良かった知り合いいて」


----------

大学近くの、個人経営の居酒屋の2階の個室を借りて飲み会が行われていた。
バイトもほぼ同じ大学の学生ばかりで、客層もメインは学生ばかりの店は、安いし予約も取りやすいので何度も使っている。

企画したやつによると、ちょうど下の学年が大きな課題が終わったみたいで、それの打ち上げついでに人を呼ぶうちに大きくなったと聞かされた。
それ俺たちいないほうが良く無い?とも思ったけど、なんだかんだ上に懐いてる子が多いらしく大掛かりになったそうだ。
各々自由に席を入れ替え、好き勝手話している。一度に大量に運ばれてきたアルコールから、誰が頼んだのかもわからないハイボールを手に取って飲みながら、ずっと絡んでくる後輩をどうしようかと俺は思案した。


「茉理さんマジで肌白ーいもちもちー」

「やーめてー」

「ほっぺ伸びますね、すげー」

「いやーだー離せーー」


酔っ払った後輩がずっとダル絡みしてくるのだ。
いつの間にか隣にきたと思ったら肩を組んで俺にかまいはじめて、それからこんな調子で赤い顔してニコニコ笑っている。

溜口は一つ下の2年生で、学部も同じで履修なんかについて教えてやったらすぐに懐いて茉理さん茉理さんとついてくるようになった、かわいい後輩だった。
ただ、普段はグイグイ距離を詰めたりでき無い割と大人しくて可愛げのあるタイプなんだけど、アルコールにとんでもなく弱い上にとにかく酔い方が面倒な男なのだ。
めちゃくちゃ絡んできたかと思ったら突然泣き上戸になって手がつけられなくなるのが常で、俺は溜口を誘う時は夕方に解散する様にスケジュールを組み、あんまりこいつとは飲まないようにしていた。

今はまだ距離感がバグっているだけだが、多分あと30分もすれば泣き出す。溜ちゃんのことは好きだけど、正直それはめんどくさいと思っているので離れたかった。


「おれ色白の子好きなんですよ、好きになるアイドルもみんな色白で、めっちゃ可愛いんすよ写真見ます?」

「地下ドルでしょ良いよ別に」

「いいなー茉理さん肌白くてすべすべで」

「お前が撫で回してるのはお前よりデカい男だけどいいの?」

「この前ね、バイト先の先輩とデートしたんですよ。色白で綺麗な人で、2回も出かけてくれてさあ、やおよろずっ⭐︎の夢ちゃんにちょっと似てて」

「無視して回想入るなよ……」

「おれすっごい頑張ったのに結局、結局背が高い男の方が良かったんでしょうね、縦にだけデカいブサイクと付き合ってて全部嫌になりましたチクショウ」

「溜ちゃんはかわいいねえ」


俺がいくら棒読みで返しても、溜口は気がついているのかいないのか肩を組んだまま俺に体重をかけて話し続ける。重いし酒臭い。やだなーもう。


赤い顔をした溜口は、目鼻立ちがハッキリしていて俳優みたいな華やかな顔をしている。
サークルに入ってきた時は男ばかりの部員にも関わらずちょっと騒ついたし、割と明るいイケイケな奴は居ないサークルだったからみんな少し緊張したりもした。
結局とにかく酒癖が悪くてアイドルオタクで低身長故の激しい高身長コンプレックスを持った執念深い残念な性格だと言うことが新歓で明らかになり、誰よりも早くサークルに馴染んでいた。

普段は本当にいい子で、愛想も良くて人懐っこくて素直で、絵に描いたようないい後輩なんだけどな。二度とこいつに呑ませるなって。
そっと溜口の飲みかけのハイボールを、手が届かないところに移動させる。

ひかる早く来ないかなあ。そしたら溜口押し付けて移動するんだけどな。


「溜ちゃん酒臭い、あとあんまりベタベタすんな」

「茉理さんまで冷たくしないでよお……酷いよお………」

「だーーーって重いんだもん!くすぐったいし!なんだよお前顔かっこいいから大丈夫だって!女に見る目が無かっただけだろ!あとシークレットブーツでも履け!」

「顔かっこいいだけもう一回言ってください」

「やだ言わない、うぎゃッもう触んな離れろって!!」


ずっと肩を組む様に腕を回していた溜口がそのまま抱きついてくる。ついでに胸を揉んでくる。普通に数杯のハイボールでここまで酔って先輩にセクハラしてくるの、こわい。
俺はそこまでひっつかれるのは気にしないタイプだけど、人によっては本当に怒られるんじゃないの…と少し心配になった。


「お前こういうの女の子にもやったんじゃないの?ダメだよおっぱい触っちゃ」

「しないですよぉ!あっはっは!」

「じゃあ俺にもしないでほしい……ねーーマジでもう離れろって」


どうにか腕を外そうともがく。酷いいじめないでくださいと余計に絡みついてくる。正直しつこいです。酒入ってない溜ちゃんのことは好きだけど、今は好きじゃないです。

ちら、と腕時計を見る。そろそろひかるが来る時間なんだけどなあと思って入り口を確認したが人の気配はない。
バイト伸びちゃったのかなと心配になる。早くきて欲しい。


「茉理さん耳ちっちゃいんだね」

「キモい!触んな!もう満足したでしょ」


すり、と耳の縁をなぞられて良い加減辞めさせようと軽く肩を押して引き剥がす。
調子に乗った溜口が俺の髪を耳にかけて、ついでといったように首筋を撫でた。

一瞬うなじに手がかかった瞬間、ぞわっと嫌な方の鳥肌が立つ。
全身に嫌悪感が走った。


_____パシン! 


乾いた音が響いて、一瞬周りが静かになる。
俺が強く溜口を突き飛ばして、そのまま頬を引っ叩いたからだった。

溜口が頬を抑えて目を見開いて、絵に描いたようなびっくりした顔をしている。そりゃそうだ。というか俺が一番自分にびっくりしている。じりじり痛む手のひらに実感が湧いてきて、さーーーっと血が引くのが分かった。
後輩のこと、思いっきりビンタしてしまった。

先に静寂を破ったのは俺だった。


「ご……ごめん!ごめんごめんごめんごめん!!溜口ごめんな!?」

「………俺いま殴られました?」

「殴られてない!ちょっと手当たっただけ、ちょっと叩かれたくらいだもんな」

「めっちゃビンタされた……?」

「されてないよ!溜口酔ってたもんね、あーーみんなごめん大丈夫大丈夫手が当たっただけ、ちょっと戯れ合ってて加減間違えて!席戻って良いよ!!」

たまたま周りに人がいないタイミングだったから、俺が溜口を殴った現場は目撃されていないようだった。十数人規模の飲み会だと、こんなふうに人が溜まる場所と捌ける場所が生まれるわけだが、今回それに助けられた。 

集まってきた人を捌けさせて隠蔽しようとする。酔って手を出すやつだと思われたくはない。自分で言うのもなんだけど俺は温厚なタイプなんだ。

次は豆鉄砲撃たれた鳩みたいな顔した溜口に俺から抱きついて、頭をわしゃわしゃ撫でて誤魔化す。昔兄ちゃんとの喧嘩がヒートアップして、手を出された俺が泣いた時によくやられた、自分の暴力を有耶無耶にするテクニックだった。


「殴られたの、親父依頼初だ……」

「殴ってない殴ってない、……え、父ちゃんに殴られたことあんの?」

「ありますよ、それの方が痛かったです……いや、今のもなかなかだけど……」

「ヨシヨシ怖かったね~ほら溜ちゃんなんか飲む?あっ今日俺溜ちゃんの分も出すよ!奢る!」

「俺が受けた暴力を誤魔化されてる気がします」

「んなことないって、そもそも振られて落ち込んでたんだっけ?ほらもう俺でよければどこ触ってもいいから」

「じゃあ…触りますけど…………」

「触るんだ………」


溜口は少し腫れてきた右頬をさすりながら、反対の手で俺の太ももを触り始める。この状況でもちゃんと柔らかそうな部位を選んでくるところがちょっと怖い。引っ叩かれたのに酔い冷めてないんだ。
テーブルを見渡して、未開封のおしぼりを探す。もしかしたらひかるの分なのかもしれないけど、知らん顔で開封して溜口の頬に当てて冷やした。翌日めっちゃ腫れちゃったらどうしよう。ごめんな溜口。


「茉理さん太ももちょっと柔らかくて気持ちいいです」

「やっぱ太ったかな………」

「いや、なんて言うか、肉が柔らかい…?ムチムチ…」

「最悪、それ悪口じゃん」

「なんで~別に良いじゃないですか、…あれ、口の中切れてる」

「あっ店員さんお水一つと、コップに氷だけ入れたのもください」

口をもごもごさせながら溜口がそう言ったのを聞き逃さなかった俺は、他の同期の注文に混ざって介護用品を頼む。とりあえず冷やしまくれば何とかなるだろうと信じている俺は、ぬるくなったおしぼりをたたみ直してまた溜口の頬に押し付けた。


「茉理さんそれはちょっと痛いです」

「ごめん優しくする」

「あと胸揉んでみていいですか?」

「……男だよ俺、楽しい?揉んで」

「楽しくは無いけど、殴られた頬が結構じりじり痛い分の元を取りたい一心です」

「どうぞお触りください」


なんかちょっと図々しい溜口に、元はと言えばお前がしつこくするからだろ…と一瞬文句が出そうになったが、それに対して殴るアンサーを返した俺の方がどう考えても悪くなってしまうため、黙った。

溜口が普通に胸を触り出したところで、近くに来た同期が引き気味にえっ何してんの、と聞いてきた。俺もよくわかんないと素直に答える。いつの間にか店員がまた新しい酒を運んできていて、俺たちの目の前に水と氷がどん、と無言で置かれた。


「溜ちゃん水きたから飲みな、口切ったんでしょ」

「いまとても血の味がしてます」

「ごめんて…あーカシオレ貰っちゃいなよ!甘いの好きだったよね?」

「それ今僕が頼んだやつだけどね」

「ひかるのなら大丈夫だよこいつなんでも飲めるし、………………エッッ!?!?」

「あっお疲れ様ですひかるさん」


聞き慣れた声に思わず当たり前のように返事をしてしまってから、ギョッとして振り返るといつの間にかひかるが来ていた。というかもうコートも脱いで俺の隣に座っていた。驚きすぎて心臓が止まるかと思った。


「どういう状況なのこれ」

「あー茉理さんに俺が殴られた代わりにお触りOKかつ奢ってもらえることになっています」

「……ひかるおそかったねー」

「茉理がそれ言ったの?」

「はい」

「ふーーん……」


ひかるは表情こそ普段と変わらない。何もしてもイマイチ反応が薄くて掴めなかった。
元々喜怒哀楽が全部曖昧で、大笑いしてる時も口角が上がりきらずに目線を下げて笑うような男で、普段から結構ポーカーフェイスで分かりにくいのだ。
今のこの瞬間も、特に苛立ってる表情もしなければ変に愛想をよくしているわけでもない、あくまで表情はいつも通りのひかるがそこにいた。
ただ机の下であぐらを組んだ足を、落ち着きなくパタパタずっと動かしている。それに合わせて指先で膝を叩いたり、頻繁に頭の後ろをわしゃわしゃかいたりもしていた。

全部、機嫌が悪い時に出る癖だ。それが三つパーフェクトに出てるってことは、めっっっちゃくちゃ機嫌が悪いってことだ。



「溜口のために言うけど、こんなとこで胸触んのはやめたほうがいいよ」

「そっか…今日でやめます」

「そもそも今日しかダメだから!」

「へーー今日はいいんだ、溜口がおっぱい触っても」

「お前ややこしいから一回入ってこないで、後で話すから……」


結構お開きになるまで、俺は溜口の世話を焼くことになった。その後も脇腹やら胸やら太ももやらを溜口は触ってきたが、その20分後くらいにトイレで吐いてそのまま寝落ちしてしまった。
溜口の同期で家が近いやつがいるらしく、あとはそいつに全部託した。「なんでこいつ頬腫れてんすか?」とこの後輩に聞かれたが、「さっき便所で顔から転けてたよ」と俺は大嘘をこいて溜口と自分の2人分の飲み代を払った。



「茉理ー、3年だけでカラオケ行くんだけど来る?」

「えー行きた「茉理、明日早番だよね?徹夜続きでオール行けるの?」

「じゃあ無理だろ!あんま無理すんなよ、また今度誘うわ!」

「俺なんも言ってない……………」


外に出てすぐ同期に誘われた。俺に対して文句を言いたそうなひかるから逃げたかった俺は一瞬ラッキー!と思ったのに、ひかる本人からあっさり阻止される。
同期はめちゃくちゃ良いやつなので、そのままあっさり背を向けて行ってしまった。まともで人の体調を思いやれる長所が今は憎かった。
ちら、とひかるを見る。目は合わないけど、あからさまに不機嫌そうな空気を纏っていて足が重くなる。
……俺明日シフト入ってねえんだけど。ひかる知ってるじゃんそれ。まあ、逃げんなよってことだろう。


「帰ろっか、茉理ちゃん」


ぽんと肩に置かれた手に、力が入っているのが分かった。




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