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13話 ある提案

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僕のせい?と聞かれて黙ってしまった。
まあでも大体はその通りだったから、何も言えなくなった。


「んー…………」


適当に唸ってしまう。
なんとなく、沈黙は作りたく無かった。

身体がおかしくなったのも、それを認められなくて女の子を抱いたのも、確かに全部ひかるのせいだ。ひかると寝てからおかしくなったのだから。

昨日の女の子との会話を思い出す。

ただ、だからと言ってひかるともっと親密になりたいかとか、また抱いてほしいかとか、そう聞かれるとよく分からなかった。それはなんか、違う気がした。
身体が勝手に変わったとしても、心までは急に変わったりしない。俺の中でひかるは、変わらず大切な友達だった。だからきっと、こんなに悩んでいる。


「……あんまりこれ言いたく無かったんだけど、本当はちゃんとまだ女の子と出来るか不安で、遊んでくれる子見つけて寝た」


情けなくて、ひかるにだけは知られたく無かったけど、ベランダ飛び越えてまで来たやつに誤魔化して話すのは気が引けた。
それで結局全部、正直に話すことにした。


「ヒート期間中、ずっとひかるとシたのが忘れられなくて、その……….1人でするにもそっちばっかになっちゃって、不安で」

「………………うん」

「ヒート終わってすぐ相手見つけてホテル行った。…まあ、問題なくできたけど、………でもやっぱ、ちょっと変で」


お湯が沸く。沸かしてしまったからには勿体無いからと、インスタントのコーヒーを入れた。
コーヒーフレッシュは無かったから、おいてあった蜂蜜をスプーン一杯くらいどちらのマグカップにも入れる。俺たちは2人とも、そこそこ甘党だった。

黙ってひかるにも差し出す。小さくありがとうと言って受け取っていた。
勝手にクッションを出して座っていたひかるの隣に自分も座る。インスタントにしては、このコーヒーはしっかり香りが立つから好きだった。


「………ひかるに変なこと求めたくなかったんだよ。ひかるは友達だから」


友達だって自分で言っておいて、こうやって静かな空間に2人になるとほんの少し意識してしまう。自分が嫌になった。


「…だいたい僕も同じような感じだったよ、ここ最近ずっと。茉理のことばっか考えてた」


くるくるマグカップをかき混ぜながらひかるがそう言う。
猫舌だからか、まだコーヒーに口をつけられていないみたいだった。


「なんとなく話聞いてて同じだなと思った。いつのまにかぼんやり思い出してるっていうか、茉理ばっかりになってる感じ」

「うんまあ、………………本当そんなだった」


「それで………話聞いてて思ったんだけど、一旦仮で付き合ってみる?僕ら」
「は?」



耳を疑った。

俺の聞き間違いじゃなければ、付き合う?て言ってきたなこいつ。



「………………話、聞いてた?ひかるとはそういうの嫌だから、俺はわざわざアプリで」

「聞いてたって。でもダメだったんでしょ?」

「…………………………ダメじゃないし」

「その間はどうせなんかあったんでしょ。だから仮だって。一回もう開き直って、恋人やってみよう」

「………はあ?意味わかんない。やだよ俺」

「なんで?ずっと僕の事考えてるくせに」

「それはそうなんだけど……恋人って終わっちゃうじゃん。ひかると別れちゃったら、嫌だし」

「そんなの恋人に限らず友達だって同じでしょ。どっちかが関係性壊したら終わりだよ。20年くらい一緒に生きてきて、今更僕たちになんかあると思う?」

「待って待って丸め込むな。一旦落ち着いて考えるから」

「恋人(仮)だから。誰にも教えない、お互い態度を変えない、エッチはしないのルール」

「じゃあそれ今と変わんないだろ」

「でも恋人だなあって思って接してれば、お互いぐるぐる悩まないでしょ」


混乱して頭を抱える俺と、対照的に名案だろとでも言いたげなひかる。

誰にも関係を教えない、態度を変えない、エッチはしないのルールなら今と同じだ。でもそっか、恋人って事にすれば、ひかるのことばっか考えててもひかるに対してムラムラしちゃってもまあ、罪悪感は沸かないのかもしれない。

でも俺は性欲とか、本能的な部分に駆られてひかるとの関係を壊すのは嫌で。ちゃんと友達だから大切にしたくて。
……エッチは無しか。エッチ無しって分かってるなら性欲関係ないし、じゃあ別にいいのか?


「茉理って普段呑気な割に、意外に慎重なところあるよな。いいじゃん別に、ダメならダメでもっと良い方法探せば」


ようやくコーヒーに口をつけたひかるが、あっけらかんとそう言った。

ダメならダメで、という言葉に少し安心する。ダメでも終わりじゃ無いのか、と思うと嬉しかった。確かにちょっと、俺は難しく考えすぎなのかもしれない。

突拍子も無いことを言われたと思ったけど、ひかるはひかるなりに俺のことを考えて、こんなことがあっても変わらず過ごせるよう、提案してくれてるのかもしれないなと思い直した。


「…………茉理は引くかなと思って言わなかったけど、僕は僕でお前が他の子と遊ぶの、嫌だったんだよ。今日もそれで眠れなくて待ってた」

「…………なにそれ」

「茉理が全部話したし僕も言うよ。今までそんな事一度も無かったのに、すごい嫌だった。だからいっそ茉理がさっさと恋人作っちゃえば元に戻るかなとも思ってたんだけど、結局お前も僕の事考えてたんだよね」

「………………………………」

「だから仮でも恋人期間中は、今日みたいには遊ばないで。僕もそういうことしないから。………多分この感じお前も嫌だと思うよ、今僕が遊んだら」

「………………めっちゃイヤ、すげームカつく」

「でしょ。お互い本当に良い人が見つかったら、こんな変な関係やめよう。それまではちゃんと、お互い恋人だと思って大切にしよう。…ややこしいけど、それが一番良い気がしてる」


ひかるが大真面目にそう言う。
信じられない事に、俺はもうかなり納得していた。
理屈とかじゃなく、確かに今ひかるが他の誰かを抱いたりするなんて考えたく無かった。それはなんか嫌なのだ。理由は無いけどイライラする。
それに、ひかるが俺とおんなじように俺に執着してると聞いて、なんだか安心するような、嬉しいような、そんな自分もいた。

小さい頃から、物心つく頃から一緒にいた相手なんだから、まあ何があっても大丈夫かもしれない。
いっそひかるの条件を飲んだ方が、楽に一緒にいられるかもしれない。


「分かった。……いいよ、恋人(仮)で」

「うん、じゃあよろしく。先にルール考えよう」


ひかるがそう言ってメモ帳アプリを起動させる。
仮だから別に良いんだけど、なんか色気ない始まりだなあとちょっとだけ思った。

恋人って言ったって、こいつとにゃんにゃんいちゃいちゃしたり一日中ずっと一緒にいたりデートをしたり、そんなふうに今より甘いムードで過ごすところなんか想像できない。…まあそれが条件でもあるんだし、いいのか。
ひかるがどう思ってるのかはまだ分からないけど、俺は今のまま何も変えないでいよう、とようやく明るくなった部屋の中で1人思った。
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