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9話 そのあとの俺たち

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結局その後、ひかるが薬局で薬を買ってきてくれた。
即効性の強い薬を頼んだので、苦くてまずい代わりに20分もすればかなり俺は楽になった。

ひかるはひかるで多分出し切った分賢者モードになっていたのかしばらくあんまり俺に関心を示さなかったから、薬が効いてくる頃には2人ともいつも通りに戻っていた。

深夜3時。終電はもう無い。
今日はここに泊まるしか無いので、開き直って広い風呂にお湯を張って、俺が見つけた入浴剤を入れて2人で入っていた。


「…ときどき、茉理からいい匂いする日があった」


泡がモコモコと浮かんだ風呂に顎先まで浸かりながら、ぽつりとひかるがそう言った。
俺とは目を合わせないで、俯いたままだった。


「だけど香水か柔軟剤かなんかだと思ってて、別に気にしてなかった。本当に、他の人が香水をつけてるのに気がつくときと、同じくらいの匂いだったから」

「………そうなんだ、初めて言われた。彼女にも言われたことなかった」

「多分、僕だけしか分かってなかったと思う。学内にそもそもアルファの奴は少ないけど、みんな気にして無い」

「……いるんだ。なんでひかる知ってるの?」

「なんか分かるんだよ。大体理由なく気に食わない奴ってアルファだから。僕たちには多少なりとも、そういうのがあるんだと思う」

「へえ~…………、すごいね」


手を伸ばしてもギリギリ振れないくらいの、いつも通りの距離感でつらつらと話をした。
ぱしゃ、と小さく水音がする。目をやるとひかるが顔を手で覆っていた。


「………なんで急にこうなったんだろ。今まで、ヒート中も会ってたよね?」

「うん。一応夜に人と会うのは避けてたけど………普通にヒート中ひかると会ったことは何回もある」

「ええ………」

「……つか、俺もこんなん初めてだし。その………まんこの方は使ったこと無かったんだよ。ヒートとか生理も軽くて、ほぼ無いようなもんで」

「うそ、処女だった?」

「うん…まあ、………うん」

「ごめん……………………………」

「そんな謝るなって」


ちょうど話しているうちに泡がピークになったようで、手で掬い上げてみた。小さな泡粒がふわふわ漂っていく。パチンといくつか弾けるのをぼんやり眺めた。



「こんなんならない方が良かったんだけど………まあ、俺はひかるで良かったと思ってるよ」

「……………え、けっこう、酷いことしたよ」

「いやーでも、お互い様じゃん?元はと言えば、俺の自己管理が甘かったからだし」


これは本当だ。

いくらなんでも油断しすぎたと思う。

たまたまこうなった相手はひかるだったから良かったけど、最悪知らない人に無理やり連れ込まれることだって、あったのかもしれないんだし。
それにひかるだって、俺のこと抱きたかったわけじゃ無いんだろうし。
背も高いし声も低いし、身体つきだって女性らしさは無い。男を抱かせたことに関しては、普通に申し訳なく思っている。


「こんなことさせて、ごめん」

「いや……大丈夫、そこは別に。茉理なら全然」

「……なにそれ、どういう意味」


大真面目にひかるがそんなことを言ったから、少し笑ってしまった。
まあ元々仲は良いし、それになんだかんだひかるが俺の顔を好きなのも知っていたから納得した。前にひかるが好きだって言ってたアイドルが、そこそこ俺に似ているのだ。


ぬるいお湯に浸かっていたけど、ほんの少しのぼせてきたかも知れない。

泡を掬ってひかるの方にふうっと吹き飛ばしてイタズラした。前髪に泡をくっつけたひかるが眉間に皺を寄せて。お湯ごとバシャっとかけてくる。
反則技に少し呆れて、それからやられっぱなしなのは悔しくなってやり返す。

浴槽に笑い声がこだました。しばらく、子供みたいに戯れあって遊んだ。


お互い理性はぶっ飛ばしていたけど、今思い返してもひかるは優しかった。
あの状況でも一応慣らしてから挿れてたし、ゴムもつけて、うなじだって事故が無いよう咄嗟に隠してくれたのも分かっていた。

多分、俺はあの時何をされてもきっと全部受け入れちゃってた。危なかったと思う。そういう意味でも、ひかるで良かったと思った。


はしゃぎ疲れて風呂から上がる。ざぱっとお湯から出た時に、萎えてしぼんだひかるのが目に入る。


「勃って無い時は普通だ」

「なに……まじまじ見るなよ。てか普通って言うな、ちょっと気にしてんだから」

「てかひかるって普段からあんな射精長いの?」

「いや………小出しにしてゴム切らしたらやばいかなと思って、今日はまとめたから」

「………は?なにそれ、そんなこと出来んの?!」

「うん……、え………できないの?」


出来るわけがない。
そんなこと出来んのはお前だけじゃね?と思ったけど、なんだか羨ましく思えてムカついたからそれは言わずに軽く小突いた。



髪を乾かして、ひかるがさっきついでに買ってきてくれた下着に履き替える。
薬代と合わせてお金を払おうとしたら、1週間昼奢ってくれれば良いと言われた。
なんかかっこいいなと思って礼を言ったが、一拍おいてそれ絶対俺の方が多く払う事にならない?と気がついたけど、色々買いに行かせておいて抗議するのはちょっとダサいなと思い、黙ってベッドに転がった。


散々作ったシミになるべく振れないよう、端っこに2人で固まって横になる。
布団をかぶって電気を消すと、ドッと疲れを感じる。すぐにでも眠れそうだった。


「………茉理。今日だけ、抱きついて寝ていい?」

「…………どうしたの?まあ、いいけど」

「……別になんとなく」


ほんの少しベッドを軋ませてひかるが近づく。背後からそっと腕を腹に回されて、遠慮がちにひかるが俺のことを抱き寄せた。

俺と同じくらいの体温だった。くっついていると少しぽかぽかして気持ちいい。ふわっとひかるの匂いがして、なんだか安心した。

ひかるが顔をうなじに寄せる。
息がかかってくすぐったい。笑いそうになってやめさせようとすると、ひかるがぼそっと呟く。



「……よかった、いつもの茉理の匂いだ」



小さい、頼りない声だった。



「……本当は、怖かった。………自分が自分じゃ無くなるみたいで」

「…ひかるも、そうだったんだ」

「茉理と、戻れなくなるのも怖かった」
 


ぎゅ、とほんの少し腕に力が入ったのが分かった。
さっき、俺のことを押さえつけてた男と同じだなんて信じられないくらいの弱い力だ。


ひかるはいつもこうだった。
小さい頃ひかるは雷が苦手で、天気が悪い日はよく2人で留守番をしていた。

『まーちゃん、行かないでよ』

ひかるを1人部屋に置いて行こうとした時、ひかるが泣きそうな顔で俺の服を掴んだ時を思い出す。
まだ小学校に上がったばかりの頃で、俺は周りからまーちゃんって呼ばれてて、ひかるもそう呼んでいた。

あの時も、こんな風に恐々俺の服を掴んでいた。
こんなんじゃ簡単に振り解けちゃうのに。ひかるは人に甘えるのが下手だった。



「大丈夫だよ、……なんか、ありがとうね」



腹に回された手に自分の手を重ねてみる。
普段は一緒に泊まったってこんな風にベタベタなんかしない。
だけどなんとなく今日は、これくらいしても良いかなと思った。

いよいよ瞼が重くなる。
後ろでひかるがあくびをする声が聞こえた。



「………はは、やっぱこの匂い落ち着く」

「……恥ずかしいから、あんまり嗅がないで」
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