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13話

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小学3年生の頃、俺少し離れた街から転校してきた。
4月の登校初日と同時に新しい学校に通うことが決まって、不安よりも新しい環境への期待の方が少し勝っていた春を、まだ少し覚えている。

3年2組の後ろの席。
荻野楓と清水夏樹。
ちょうど名前順で机を並べた時に、うまいこと横並びになって、楓と出会った。
野良猫みたいなやつだなと思ったのを覚えている。

少し色素が薄い焦茶の髪に、切れ長な印象の目元。口元が昔可愛がってた近所の野良猫と似ていた。
隣の席だったから1番話す機会はあったけど、俺とは違って静かなタイプの楓とは、仲良くはなれなさそうだなと初めはぼんやり思った。
だから初めは特に俺から熱心に話しかけることは無く、俺にとって楓はただのクラスメイトだった。

明確に、楓に興味が湧いたのは、小3にしては渋いチョイスのギャグ漫画のクリアファイルを持っ ていたのを見かけてからだった。

シュールなギャグと若干の下ネタが中心のその漫画は、連載も少し前に終わっていて、世間でも小学生の間でもあまり流行ってはいないマイナーな漫画だった。
俺も親戚の中学生の兄ちゃんに借りた事がきっかけで好きになったのだが、まさかそれのグッズまで持ってるやつが同じクラスに居るなんて、信じられなかった。

しかもあの静かで、いつもむすっとしてるような、ちょっと暗いやつが。あの漫画読んでるんだ。
めちゃくちゃセンス良いじゃん。話が合いそうなやつを見つけてちょっとドキドキしたことを、今も覚えている。
それから楓と打ち解けるまでは早かった。

話してみて、確かなあんまり人懐っこいタイプではないが、人見知りなだけでとっつきやすいタイプなんだと分かった。
それでも愛想は良い方ではないし、誰と話す時も目が合わないけど。

慎重に言葉を選ぶタイプで、いつも人との距離を測っているような、なんか不器用なやつ。俺の楓の印象はこれで、お世辞にも明るいとか陽キャとか、そういう風には言えないと思った。

ただ、楓はいつもセンスが抜群に良かった。

楓が読んでる本は流行り物じゃないのにだいたい面白いし、映画だって外さない。
音楽だってそうで、楓がフェスで見に行きたいって言うバンドはステージの規模が小さくたって間違いなくカッコ良いから、俺はもう音楽のイベントには楓としか行かなくなった。

楓が勧めるものは絶対面白いって言う信頼が、もう俺の中にはあった。
だけど真似ばっかしているとバレるのは恥ずかしいから、いつもこっそり楓が好きだった本を買ったり、バンドのCDを借りたり、映画の続編を観に行ったりした。
…これは今でもそうで、この前俺が家に行った時にたまたま楓が1人で観ていた古いドラマを、帰ってから観てどハマりして1日で全部観てしまった。

ちなみに楓も、俺がハマった映画や漫画、お笑い芸人なんかは絶対にチェックしてくれる。
あれ良いねって言ってくれることもあって、そういうマメなところも長所だと思う。

マメだなと思うところは他にもあった。
大学生になってからは特に、俺が泊まりに行く日は俺が好きだって言ってたアロマに変えてあったり置きっぱなしの部屋着が綺麗に洗濯されていたり、食事だって甘党の俺に合わせて用意してくれていたりした。
普段の生活で何気なく言ったことを楓はよく覚えてくれていて、何食わぬ顔で好みに合わせてくれる。

一度、誕生日に俺がハマってたバスケチームの試合のチケットをくれた事があった。

楓はスポーツ観戦はあんまり好きじゃないから、楓の前ではあまりその話をした事は無かったのに、たった数回の会話で勘付いて用意してくれたのだから、その時はちょっと楓がカッコよく見えてときめいた。
こういう男が彼氏だったら、女の子はたまんないんだろうなとも思った。

大学生になっても楓は相変わらず人見知りで静かな方だったけど、子供の頃ほど愛想が悪いわけも、不器用な訳でも無くなっていた。
髪を茶色に染めてからなんだか垢抜けたし、重めの前髪と鋭い目つきは、雰囲気があって俺は良いと思う。
なにより楓は横顔が綺麗だった。
鼻筋がまっすぐ通っていて輪郭がくっきりしていて、顔の印象に華やかさは無いけれど、俺は好きだった。

なんでずっと彼女ができないのか、不思議で仕方なかった。
そう思うくらい楓は良いやつで、俺にとって自慢の親友だった。
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