先輩のことが大大大好きな俺となんだかんだ全部許してくれる先輩

りちょ

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16話※

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 凛が指差していた写真。
 それは、保育園の運動会の写真だった。

 母さんは高校を卒業して、すぐに父さんと結婚した。俺は、母さんが10代のうちに生んだ子だ。

 若かったから、きっと子育てには苦労も多かったと思う。だけど、子供の俺から見た母さんは、優しくて、なんでも受け止めてくれる女神のような存在だった。

 保育園で母さんのお迎えをまって、一緒に買い物して。お菓子をひとつ買ってもらって家に帰る。お風呂にも一緒に入って、夜は一緒に寝てくれる。

 そんな毎日が永遠に続いて。
 当然、ずっと俺を見守ってくれると思ってた。

 母さんは俺が風邪をひいたら、ずっとそばにいてくれたし、俺が辛い時には、さっき凛がしてくれたように抱きしめてくれた。

 「凛。それは保育園の運動会の写真だよ。俺、競争で転んでビリになっちゃってさ。母さんに絆創膏貼ってもらったんだ」

 「へぇ。お母さん優しそうな人だねぇ。お母さんのこと好きだった?」

 「あぁ。好きだったよ」

 大好きだった母さん。子供の頃の俺はちゃんと気持ちを伝えられてたのかな?

 あの時はビリだったけれど。たしか、母さんは俺の頭を撫でてくれて、折り紙で作ったメダルをくれたんだっけ。

 不思議だな。

 母さんのこと、ずっと全然思い出せなかったのに。凛といると、思い出せる。

 凛は続ける。

 「じゃあ、柱の傷は?」

 「それは、俺の背が伸びると、母さんが印をつけてくれたんだ」

 そう。毎年、母さんが印をつけてくれた柱。その印は、俺が小1のときの傷で止まっている。
 
 母さんは俺が小1の時に亡くなった。
 病気だった。

 子供の俺は、母さんはすぐに退院して帰ってくると思ってた。だけれど、母さんが家に帰ってくることはなかった。

 ある暑い日。
 セミがみんみんと鳴いていたっけ。

 母さんは俺の手を握って、俺を見つめて言った。

 「蓮、あなたは優しい子。一緒に居れて、わたしは幸せだよ。だから、君には君……」

 その言葉の続きは思い出せない。こんな大切なことを忘れてしまうなんて……。

 母さんは俺の頭を撫でてくれた。

 「これ誕生日のプレゼント。少し早いけれど、早く蓮くんが喜ぶ顔を見たいから、渡しておくね」

 そして、キーホルダーを渡してくれた。

 あれが最後の会話だった。
 子供ながらに思ったんだ。

 俺……、僕がもっと良い子にしていたら、お母さんは病気にならなかったのかなって。お母さんが死んじゃったのは僕のせいなのかなって。

 そして、つらい気持ちが、わーっと押し寄せてきて、あんなに優しかったお母さんのこと思い出せなくなった。思い出せない僕は、きっと薄情で悪い子なのかなって。
 
 俺は、気づいたら涙がポロポロと出て、子供の時に戻ったみたいな気持ちになって。凛のスカートを汚してた。

 「りん、ごめ……」

 すると、凛は両手で俺を包み込むように、ぎゅーって力いっぱいに抱きしめてくれる。
 
 そして、頭を撫でながら、その粒の整った綺麗な声で囁いた。それは凛が知るはずのない言葉だった。

 「れん。君は優しい人。わたしは君といると、いつも幸せな気持ちになるんだ。今日、もしわたしが死んでしまっても、その幸せな気持ちは変わらない。君は何も悪くない。だから、君には君自身を好きでいてほしいな」

 ……凛。

 見上げると凛と目が合った。
 下から見上げた凛は、さらにまつ毛が長く見える。少し目を細めて、あの日の母さんのような顔で俺を見つめている。

 きっと、あの日の母さんも同じことを言ったのだろう。


 今日もあの日と同じだ。
 すごく暑くて、セミがみんみん鳴いている。

 涙が堰を切ったように溢れ出て止まらない。悔しかった気持ちも、悲しかった気持ちも、自分を嫌いだった気持ちも。

 全部、その涙に溶け出して、身体の外に流れ出ていくようだった。

 凛は、母さんがしてくれたように、俺が落ち着くまでずっと一緒にいてくれた。なんだか自分の中につっかえていたものが、少しだけ取れた気がした。

 その日を境に、母さんとの記憶が、少しずつ思い出せるようになった。



 凛とまた目が合った。
 真っ直ぐに俺の顔を見つめるその瞳は、涙で潤んでいる。

 俺は凛の濡れた頬を拭う。

 「なんでお前が泣いてるんだよ」

 「だって……」

 凛は続ける。

 「ねぇ。れんくん。わたしにできることとか、なにか欲しいものとかない?」


 ……もう十分もらってるんだけどな。

 でも、やはり健全な男子高校生なら、アレしかないだろう。いまなら無茶なお願いもいけるかも知れない。

 俺は情に流されて、このチャンスを逃したりはしない。

 「……パンツ」

 凛はすっとんきょうな声をあげた。

 「は?」

 「だから、凛が脱いだパンツ欲しい」

 「……」

 凛は、「はぁ……」とため息をつく。

 俺は殴られるのかと思い、身構えた。
 しかし、凛は予想に反して穏やかな声でいった。

 「仕方ないなぁ。れんくんが、わたしのもっと大切な人になったら。いつかあげてもいいよ」

 「ボク。いま、ほしいの」

 どうやら調子に乗りすぎてしまったらしい。
 凛は、がるるーと俺を睨む。

 「ばかっ。変態!! しね……とまでは言わないけれど、もう知らない!!」
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