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1巻
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確かに言葉遣いが丁寧だし所作も綺麗なので、きちんとした教育を受けているのだろうなと思う。
しかし、自分のスペックを鼻にかけることはなく、庶民な咲良と話していても違和感を覚えさせないほどに気安い。
生まれた環境も、現在の生活スタイルも違うはずなのに、まるで昔なじみのように話が盛り上がった。
男性といてこんな楽しく感じたのは初めてだ。
まだまだ話し足りなかったが、食事はあっという間に終わってしまった。
「今日は楽しかったです」
「こちらこそ。食事もご馳走になってしまって、申し訳ありません。ありがとうございます」
「いえいえ、小松さんとの楽しい時間をいただいた代価としては安いものです」
こんなところでも紳士な面を見せる爽。
支払いは咲良がお手洗いに立った間に済まされていた。支払い方までスマートとは、爽の叔母の教育というのは素晴らしい。
「では、今日はありがとうございました」
「ありがとうございます」
そう言って解散となったが、別れた直後から寂しさを感じる。
あれは絶対に女にモテるに違いないと、帰り道で咲良は思った。
咲良が何人目のお見合い相手かはわからないが、爽を巡って女たちの熾烈な争いがありそうだ。
そう思うのと同時に、自分が選ばれることはないなという諦めの気持ちに襲われた。
咲良よりももっと綺麗で素敵な女性でも、爽なら簡単にゲットできるだろう。
家事もできない、女子力も低い咲良が選ばれる可能性はないに等しい。
だが、こんなに話が盛り上がった人は今までいなかったので、この後お断りの返事が来るのかと思うと落ち込みそうだ。
咲良は爽と会ったことを後悔し始めていた。
彼と会った後では、他の人と会ってもどうしたって比べてしまうだろう。
今後の活動に支障が出てしまいそうだな、と咲良は溜息をついた。
第二章
家へ帰ってきた咲良を興味津々で母が迎える。
「おかえり。どうだった?」
「うん、イケメンだった」
「そうじゃなくて、うまくいきそうなの?」
「無理じゃないかな。今までで一番話してて楽しかったけど、相手がハイスペックすぎて私なんか相手にされないって。だって、あのTSUKIMIYAの御曹司だよ」
「あらそう、残念ね。にしてもそんな人まで婚活するのねぇ」
「ほんとだよね。女性には困ってなさそうに見えたけど」
「私も見てみたかったわ。イケメン御曹司」
見てどうするんだと思ったが、ただ見たいだけなのだろう。母はミーハーなのだ。
シャワーを浴びて、軽く仕事をする。
締め切りまではまだ余裕があるので動かす手ものんびりだ。
これが締め切り間近になると、顔の表情も手の動きも鬼気迫るものになるのだが。
メールを確認したりしながら、依頼内容に沿うようにイラストを描いていく。
フリーで仕事をすることのメリットは好きな時に休めて、好きな時に仕事ができることだろう。
その分、依頼が来なければ収入もなくなるというデメリットもあるが、会社に所属して働くよりは、家で自由に仕事をするほうが咲良には合っていた。
仕事が一段落したので、休憩をしようとした時、電話が鳴る。
携帯の画面には『山崎さん』の文字。
きっと今日の結果についてだ。
咲良のほうはすでに、仮交際に進みたい旨を伝えているので、爽からの返事が来たのだろう。
きっと悪い返事だろうなと考えると、聞くのが憂鬱になってくる。
もう聞かなくてもわかっているだけに、改めてノーと言われるのはしんどい。
また会いたいと好感を持った相手だから、なおのことだ。
だからといって無視するわけにもいかないので、電話に出る。
「もしもし」
「小松さん? 山崎です」
「はい、お疲れさまです」
「やったわよ!」
興奮が抑えられないという様子が声から伝わってくる。
「何がですか?」
「月宮さんから、オッケーの返事をいただいたわよ」
上機嫌な山崎さんの言葉。
だが、咲良はすぐには理解ができなかった。
「へ?」
「だから、月宮さんから、仮交際に進みたいって返事があったのよ」
「……マジですか?」
「マジ、マジ、大マジよ。やったわね、小松さん!」
「…………ええー‼」
一発逆転ホームランを打った気分とはこういうものだろうか。
絶対に無理だと思っていたのに。
爽と話して楽しかったが、同じように彼も楽しいと感じてくれたということなのか。
そう考えると、じわじわと嬉しさが湧き上がってくる。
「小松さんが仮交際までいくのは、これが初めてね。でもあくまで仮交際だから、気を抜かずに頑張って。仮交際成立ということで、今日の夜に月宮さんのほうから小松さんの携帯に電話があるから、ちゃんと取ってね。今後はお二人で相談して会う日などを決めていってちょうだい」
「は、はい」
あまりの驚きに、ろくに話が耳に入っていない。
電話が切れた後、夜に爽から電話が来ると言われたことを思い出して、慌てる。
「えっ、えっ、電話? 何話したらいいの⁉」
しばらく混乱する咲良だった。
夕食を掻き込むようにして終わらせた後、スマホを目の前に置きベッドの上で正座して待つ。
別に正座をする必要はないのだが、気分的にその体勢で落ち着いた。
横からまろが遊んでとちょっかいを出してきたけれど、今はそれどころではない。相手をできないでいたら、拗ねて寝入ってしまった。
冷静に考えれば、いつかかってくるかわからないものをじっと待っていても仕方がない。仕事でもしながら待とうかとも思ったが、やはり気が散って手につかない。早々に諦めて、ベッドでの正座に逆戻りした。
本当にかかってくるのだろうか。なんだか疑わしくなってきた。
だが、山崎さんは確かに言っていたではないか、と睨むようにスマホを見つめる。
悶々としながら待ち構えていると、登録していない番号から電話がかかってきた。
取ろうと思えばワンコールが終わる前に取れたのだが、それだとまるでずっと待ってましたと言わんばかりで恥ずかしい。
いや、実際にそうなのだが。
結局咲良は一度深呼吸してから、電話を取った。
「はい、小松です」
緊張して若干声が裏返ったが、このくらいならわからないだろう……と思いたい。
「小松さんですか? 月宮です。こんばんは」
電話越しだと、側で爽が話しているようでむず痒い。
気恥ずかしさを隠すように、声までイケメンかよ! と内心ツッコむ。
「こんばんは」
「今日はありがとうございました。いい返事をもらえて良かった。女性とこんなに話が盛り上がったのは初めてで、すぐに次に進みたいと連絡したんですよ」
「私も! 私もすごく楽しかったです」
爽も同じように感じてくれていたと知って、咲良は嬉しくなった。
「それでですが、もし良ければ今度の週末、食事にでも行きませんか?」
「はい、是非」
断る理由などあろうはずがない。
仕事が押していても行く。無理してでも行く。這いずってでも行く。
「良かった。お嫌いな食べものはないとおっしゃっていたので、俺のオススメの店でもいいですか?」
「月宮さんのオススメのお店ですか。どんな料理を出すお店なんですか?」
TSUKIMIYAの御曹司のオススメということは、庶民が行かないような高級店ではなかろうか。
そうだとすると楽しみなような、気が引けるような。
けれど爽のすすめる店がどういうものか知りたい。それは、爽がどういうものが好きなのか知りたいという彼への興味だ。
「それは行ってからのお楽しみということで」
もったいぶる爽に、咲良はくすりと笑う。
「了解です。どんなお店か楽しみにしてますね」
「きっと、楽しんでいただけると思いますよ」
「自信満々ですね」
「はい。今日話した小松さんの感じなら絶対に大丈夫だと思います」
お互いにクスクスと笑いながら電話越しに話す。
爽の話し方は柔らかで、聞いていて心地がいい。
電話越しでも癒しのオーラが漏れ出ているようだ。
その後、待ち合わせの場所と時間を決めた。
「それでは週末に」
「はい、よろしくお願いします。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
電話を切った後、思わずベッドの上をゴロゴロと転がる。
まろがびっくりして飛び起きたのが見えたが、謝る余裕もない。
しばらくして冷静になると、今度は恥ずかしさが襲ってきた。
これではまるで、恋する乙女のようではないか。相手は今日一度話しただけの人だというのに。
「週末か……」
それまでの数日間がやけに長く感じる。でもその分、ゆっくり準備ができるな、と思ったのだが……
爽と出かける日の前日は、戦争状態だった。
咲良が最後に男性と二人でお出かけしたのなんて、遠い過去の話。
服はどうする? と、咲良は悩みに悩んだ。
お見合いの時は、ホテルでの待ち合わせということで、よそ行きのキレイめワンピースを着ていったが、それはお見合いの時いつも使い回していたものだ。
そういう時に使える服を、なにせほとんど持ってない。
お見合いの時と同じものを着ていくわけにはいかない。だが普段から女を捨てていると家族にも友人にも言われる咲良が持っているのは、カジュアルな服ばかり。
「ノォォォ。服がないっ!」
今から服を買いに行くか?
いや、しかし、何を買ったらいいのかわからない。
困り果てた結果、咲良は友人の楓に連絡することにした。
「神様仏様楓様、助けて~!」
「何よ、第一声に大声出して。鼓膜が破れるかと思ったわ!」
「ゴメンゴメン。でも困ってるのよ。今から楓の家に行っていい?」
「まあ、いいけど、何かあったの?」
「会ってから話す」
そう言い終えると、電話を切り、スマホだけ持って家を飛び出した。
楓の家は咲良の家から徒歩五分のところにある。
楓とは、幼稚園から高校まで一緒の腐れ縁。いわゆる幼なじみというやつだ。
親同士も仲がいいので、家の行き来は多かった。
就職して楓は実家を出たが、このあたりは立地が良くて通勤もしやすいので、一人暮らしのアパートも近所だった。
たいして距離が変わらないのなら実家から出る必要はないのでは? と咲良は思ったが、一人のほうが自由にできるからとのこと。
家事ができない咲良には羨ましい限りだ。
咲良なら一週間で家が汚部屋と化すだろう。食事もカップラーメンだけで生きていきそうだ。
楓の家までダッシュした咲良は、インターホンをピンポンピンポンピンポンと、連打する。
扉を開けるなり「うるさいわ!」と楓が怒鳴るが、咲良はそれどころではない。
「楓~。私の心の友よ、助けて~」
「無性に追い返したくなったわ」
「そんなこと言わないでよ。お邪魔します」
勝手にずかずかと部屋に入る咲良に、楓は深い溜息をついた。
「あんたね、今日は金曜日よ、わかる? 平日土日関係ないあんたと違って、私は仕事してたわけよ。疲れて仕事から帰ってきたところなのよ」
「わかってるって。でもこっちも非常事態なの」
「なんだってのよ、もう……」
文句を言いつつも、楓は咲良を追い返そうとはしなかった。
咲良は部屋に入ると、我が物顔で適当に座る。
いつものことなので楓も文句は言わず、冷蔵庫から缶酎ハイを二つ取り出すと、片方を咲良に渡して、自分も座った。
そんな楓に、咲良はこれまでのことを簡単に話す。
母親に結婚相談所に強制入会させられたこと。
そこで、すごく話の合う人に会ったこと。
それがTSUKIMIYAの御曹司で、超イケメンの紳士だということ。
その人と明日会うというのに、服がないということ。
大まかなことを聞いた楓は、酎ハイを飲みながら他人事のような反応を返す。
「ふーん、おばさんもとうとう強硬手段に打って出たわけだ」
「楓だって結婚してないのに。横暴だと思わない?」
「私は結婚してないけど彼氏はいるわよ」
「一年続いたためしがないくせに」
ぽそっと言うと、地獄耳の楓がぎろりと睨んだ。
「協力してあげないわよ」
「わーん、ごめんなさい。楓は熱しやすく冷めやすいだけですよね。それと駄目男好き」
「それはそれでむかつくわね」
若い時に読者モデルもしたことがある美人さんなのに、付き合う男付き合う男、みんなダメンズなのだ。
浮気男、ヒモ男、ギャンブル男、マザコン男、etc。
そりゃあ、一年続くわけがない。
男運が悪いのか、見る目がないのか。
「にしても、あのTSUKIMIYAの御曹司か。よくそんなの捕まえたわね」
「っていっても、まだ仮交際ってだけで、この後解消ってこともあり得るから、どうなるやら」
「そっちのほうが可能性高いんじゃないの、咲良なら。なんせ女子力皆無だし。戦闘服はジャージだし」
「不吉なこと言わないでよ。ほんとになりそうで怖い。てか、ジャージの何が悪い。着やすいじゃない」
「今時は着心地が良くて可愛いルームウェアだってたくさん売ってるわよ」
確かに、楓が着ている部屋着は女子力が高そうな可愛いものだ。
だが、今はそんな話をしている場合ではない。
「そんなことより、明日の服。ねえ。どうしたらいい?」
「何年も男の影も形もない引きこもりの咲良に、デートに着ていく服なんてあるはずないわよね。私と出かける時もジーンズにパーカーで来る女だから。後日改めて服を買いに行くとして、とりあえず明日の服か……」
酎ハイをテーブルに置いた楓が向かったのはクローゼット。
そこには、咲良のクローゼットには絶対にありそうにない、大人可愛い服がたくさんある。
さすが、お洒落な楓のクローゼットだ。
「そうねぇ……」
考え込みながら次々に服を見ていった楓は、その中からいくつかの服と小物をピックアップした。
「えっ、これ?」
それらは楓の持つ大人可愛い服の中でも、かなりカジュアルなものだ。
正直、拍子抜けである。
「これに合う靴なら持ってるでしょ?」
「まあ持ってると思うけど。えっ、ほんとにこれ?」
初デートとは思えないカジュアルさ。一応ワンピースではあるが、大人なパンプスよりむしろ咲良が普段履いているスニーカーのほうが合いそうなデザインだ。それでも普段着とまではいかないので、仮に高級レストランにつれていかれても、そこまでは浮かないだろう。
しかし咲良らしくはあるとはいえ、せっかくの初デートなのだから、もっと相応しい服があるのではないだろうか。そんな思いが表情にも出ていたのか、楓がぎろりと睨んでくる。
「何か文句ある?」
「だって楓ならもっときれいめの大人っぽい服、たくさん持ってるでしょ? 何ゆえこのチョイス?」
「その御曹司とは結婚前提で会うんでしょうが」
「まあ、結婚相談所で会った人だからね」
「気合い入れて普段の咲良と全く違う姿で気に入られたとしても、後々ボロが出てフラれることになったら困るでしょ。普段の咲良を見せつつもちょっと出すよそ行き感。我ながら完璧なコーディネートだわ」
うんうんと、楓は一人悦に入っている。
「自画自賛かよ。ってなんでフラれる前提なのよ」
「あんた前科持ちでしょうが。それが理由でフラれたこと、忘れたわけじゃないでしょう」
「うっ、痛いところを……」
忘れたい咲良の黒歴史その二。
以前、咲良には真剣交際をしていた男性がいた。しかしデートで見せていた姿と素の姿にギャップがありすぎてフラれたのだ。
『普通に引くわ』――あの時の男の顔や言葉が脳裏を過り、咲良を落ち込ませる。
結婚も考えていた男性との、痛烈な出来事。
幼なじみなだけに、楓は容赦なく咲良の痛いところをグリグリと抉ってくる。
腫れ物に触るように気を使われるのは嫌だが、直球で言われるのもそれはそれで辛かったりする。
「気合い入れすぎ、ギャップの出しすぎは後々面倒よ。結婚を考えてるなら多少は普段の咲良を出さないと、いずれ自分の首を絞めることになるわ。前みたいにね」
「わかった。だからあれの話はしないでよ。記憶から抹消したいのにぃ」
「はいはい。まあ、世の中あんな男ばかりじゃないから」
ポンポンと肩を叩かれる。
「取って付けたようなフォローをありがとう。ダメンズホイホイの楓には正直言われたくなかったけど……」
「そんなこと言うなら服貸さないわよ」
「神様、仏様、楓様、ありがとう!」
楓に見捨てられたら本当に後がない。
「はいはい。けど、今度買い物に行くわよ。毎回借りに来られたんじゃ迷惑だわ。あっ、その服はあげるわ。たまには違う感じのもいいかと思って買ったけど、やっぱり私の趣味じゃなかったから」
「ありがとう」
「それと、結果も教えなさいよ」
「了解であります」
ビシッと敬礼する咲良。
なんとか明日の服を用意できて、ほっとする。
持つべきものはお洒落な親友だ。
そうして迎えた初デート当日。
指定された待ち合わせ場所にて待っていた咲良は、何度も鏡を出しては、おかしなところがないか確認していた。
お見合いの日より緊張している気がする。
お見合いの時は、初対面の人と会うことへの緊張だったが、今は爽に変に思われたくない、嫌われたくないという思いからの緊張だ。
爽は、仮交際が成立した日から毎日電話をくれた。
数分だけの時もあれば、一時間近く話すこともある。
毎夜爽からの電話を心待ちにしている自分がいた。
日ごと爽に惹かれてしまっていることに、気付かないわけにはいかなかった。
最初はあの綺麗な容姿と所作に目を惹かれたけれど、今はそんなことは関係なく、爽と話をしているだけでどきどきする。
TSUKIMIYAの副社長をしているだけあって、知識の幅も広く、話題も豊富な爽。
留学していた時のことを面白おかしく話してくれたり、逆に咲良の仕事の話を興味深そうに聞いてくれたりと、会話は途切れることがない。今日はどんな話をしてくれるだろう。明日はどんな話をしようか。そう考えるだけで心がうきうきとした。
仕事ばかりの日々でも十分楽しかったが、そんな毎日にさらに色がついたようだ。心なしか仕事の進みもいい気がする。
しかし同時に、爽の競争率がかなり高いと嫌でもわかった。こんな完璧な男性、誰だって結婚したいに決まっている。
仮交際の段階では、まだ他の人とお見合いをすることもある。
現に咲良も山崎さんに押し切られるようにして、次のお見合いの日にちが決まっていた。
爽もきっと他の人とお見合いをすることだろう。
もしその人を気に入ったとしたら……
そう考えただけで、モヤモヤが止まらない。
「もっと楓にモテ仕草とか伝授してもらうんだった」
いや、楓が捕まえるのはいつもダメンズばかりなので、あまり伝授されないほうがいいのか?
爽を待ちながらそんなことを思っていると、後ろから声をかけられた。
「小松さん」
振り返れば、今日も爽やかさ百パーセントの笑顔が眩しい爽が立っていた。
「つ、月宮さん、こんにちは」
「こんにちは」
爽の今日の装いは、少しカジュアルなシャツとパンツ姿。
楓の言うとおりカジュアルな服装で来て正解だった。
気合いの入った服装で来ていたら、浮いていたかもしれない。
咲良はほっとしつつ爽の姿を観察する。
お見合いの時のスーツ姿も格好いいが、ラフな格好の爽もそれはそれでいい。
というか、イケメンは何を着ても似合う。
それにラフそうに見えても、その服にはさりげなく月をかたどったロゴマークが付いていた。
それは、TSUKIMIYAブランドのロゴマークだ。
ブランド物には興味がない咲良に正確な値段はわからないが、高級ブランドのTSUKIMIYAの服だから、きっとシャツ一枚でもそれなりのお値段がするのだろう。
それとも社員割引でもあるのだろうか。
そんな庶民的なことを考えていたら、爽から声をかけられた。
「どうかしましたか?」
「あっ、いえ、なんでもないです」
「そうですか。それでしたら、行きましょうか」
「月宮さんのオススメのお店ですね。楽しみです」
「ええ、俺もです。実は最近なかなか行けなくて、久しぶりなんです。以前は三日に一度は顔を出していたんですけど」
「そんなにですか? よほど美味しいお店なんですね」
「いえ、料理はいたって普通ですよ」
「そうなんですか?」
ならば何故、そんな頻繁に通っているのか。
不思議に思いながら歩き、二人はとある店の前へ到着した。
高級店でもなさそうだし、行列ができているわけでもない。なんてことのない、普通のカフェのように見える。
爽が行きつけにしているお店としては意外だった。
「ここですか?」
「ええ、入りましょう」
しかし、自分のスペックを鼻にかけることはなく、庶民な咲良と話していても違和感を覚えさせないほどに気安い。
生まれた環境も、現在の生活スタイルも違うはずなのに、まるで昔なじみのように話が盛り上がった。
男性といてこんな楽しく感じたのは初めてだ。
まだまだ話し足りなかったが、食事はあっという間に終わってしまった。
「今日は楽しかったです」
「こちらこそ。食事もご馳走になってしまって、申し訳ありません。ありがとうございます」
「いえいえ、小松さんとの楽しい時間をいただいた代価としては安いものです」
こんなところでも紳士な面を見せる爽。
支払いは咲良がお手洗いに立った間に済まされていた。支払い方までスマートとは、爽の叔母の教育というのは素晴らしい。
「では、今日はありがとうございました」
「ありがとうございます」
そう言って解散となったが、別れた直後から寂しさを感じる。
あれは絶対に女にモテるに違いないと、帰り道で咲良は思った。
咲良が何人目のお見合い相手かはわからないが、爽を巡って女たちの熾烈な争いがありそうだ。
そう思うのと同時に、自分が選ばれることはないなという諦めの気持ちに襲われた。
咲良よりももっと綺麗で素敵な女性でも、爽なら簡単にゲットできるだろう。
家事もできない、女子力も低い咲良が選ばれる可能性はないに等しい。
だが、こんなに話が盛り上がった人は今までいなかったので、この後お断りの返事が来るのかと思うと落ち込みそうだ。
咲良は爽と会ったことを後悔し始めていた。
彼と会った後では、他の人と会ってもどうしたって比べてしまうだろう。
今後の活動に支障が出てしまいそうだな、と咲良は溜息をついた。
第二章
家へ帰ってきた咲良を興味津々で母が迎える。
「おかえり。どうだった?」
「うん、イケメンだった」
「そうじゃなくて、うまくいきそうなの?」
「無理じゃないかな。今までで一番話してて楽しかったけど、相手がハイスペックすぎて私なんか相手にされないって。だって、あのTSUKIMIYAの御曹司だよ」
「あらそう、残念ね。にしてもそんな人まで婚活するのねぇ」
「ほんとだよね。女性には困ってなさそうに見えたけど」
「私も見てみたかったわ。イケメン御曹司」
見てどうするんだと思ったが、ただ見たいだけなのだろう。母はミーハーなのだ。
シャワーを浴びて、軽く仕事をする。
締め切りまではまだ余裕があるので動かす手ものんびりだ。
これが締め切り間近になると、顔の表情も手の動きも鬼気迫るものになるのだが。
メールを確認したりしながら、依頼内容に沿うようにイラストを描いていく。
フリーで仕事をすることのメリットは好きな時に休めて、好きな時に仕事ができることだろう。
その分、依頼が来なければ収入もなくなるというデメリットもあるが、会社に所属して働くよりは、家で自由に仕事をするほうが咲良には合っていた。
仕事が一段落したので、休憩をしようとした時、電話が鳴る。
携帯の画面には『山崎さん』の文字。
きっと今日の結果についてだ。
咲良のほうはすでに、仮交際に進みたい旨を伝えているので、爽からの返事が来たのだろう。
きっと悪い返事だろうなと考えると、聞くのが憂鬱になってくる。
もう聞かなくてもわかっているだけに、改めてノーと言われるのはしんどい。
また会いたいと好感を持った相手だから、なおのことだ。
だからといって無視するわけにもいかないので、電話に出る。
「もしもし」
「小松さん? 山崎です」
「はい、お疲れさまです」
「やったわよ!」
興奮が抑えられないという様子が声から伝わってくる。
「何がですか?」
「月宮さんから、オッケーの返事をいただいたわよ」
上機嫌な山崎さんの言葉。
だが、咲良はすぐには理解ができなかった。
「へ?」
「だから、月宮さんから、仮交際に進みたいって返事があったのよ」
「……マジですか?」
「マジ、マジ、大マジよ。やったわね、小松さん!」
「…………ええー‼」
一発逆転ホームランを打った気分とはこういうものだろうか。
絶対に無理だと思っていたのに。
爽と話して楽しかったが、同じように彼も楽しいと感じてくれたということなのか。
そう考えると、じわじわと嬉しさが湧き上がってくる。
「小松さんが仮交際までいくのは、これが初めてね。でもあくまで仮交際だから、気を抜かずに頑張って。仮交際成立ということで、今日の夜に月宮さんのほうから小松さんの携帯に電話があるから、ちゃんと取ってね。今後はお二人で相談して会う日などを決めていってちょうだい」
「は、はい」
あまりの驚きに、ろくに話が耳に入っていない。
電話が切れた後、夜に爽から電話が来ると言われたことを思い出して、慌てる。
「えっ、えっ、電話? 何話したらいいの⁉」
しばらく混乱する咲良だった。
夕食を掻き込むようにして終わらせた後、スマホを目の前に置きベッドの上で正座して待つ。
別に正座をする必要はないのだが、気分的にその体勢で落ち着いた。
横からまろが遊んでとちょっかいを出してきたけれど、今はそれどころではない。相手をできないでいたら、拗ねて寝入ってしまった。
冷静に考えれば、いつかかってくるかわからないものをじっと待っていても仕方がない。仕事でもしながら待とうかとも思ったが、やはり気が散って手につかない。早々に諦めて、ベッドでの正座に逆戻りした。
本当にかかってくるのだろうか。なんだか疑わしくなってきた。
だが、山崎さんは確かに言っていたではないか、と睨むようにスマホを見つめる。
悶々としながら待ち構えていると、登録していない番号から電話がかかってきた。
取ろうと思えばワンコールが終わる前に取れたのだが、それだとまるでずっと待ってましたと言わんばかりで恥ずかしい。
いや、実際にそうなのだが。
結局咲良は一度深呼吸してから、電話を取った。
「はい、小松です」
緊張して若干声が裏返ったが、このくらいならわからないだろう……と思いたい。
「小松さんですか? 月宮です。こんばんは」
電話越しだと、側で爽が話しているようでむず痒い。
気恥ずかしさを隠すように、声までイケメンかよ! と内心ツッコむ。
「こんばんは」
「今日はありがとうございました。いい返事をもらえて良かった。女性とこんなに話が盛り上がったのは初めてで、すぐに次に進みたいと連絡したんですよ」
「私も! 私もすごく楽しかったです」
爽も同じように感じてくれていたと知って、咲良は嬉しくなった。
「それでですが、もし良ければ今度の週末、食事にでも行きませんか?」
「はい、是非」
断る理由などあろうはずがない。
仕事が押していても行く。無理してでも行く。這いずってでも行く。
「良かった。お嫌いな食べものはないとおっしゃっていたので、俺のオススメの店でもいいですか?」
「月宮さんのオススメのお店ですか。どんな料理を出すお店なんですか?」
TSUKIMIYAの御曹司のオススメということは、庶民が行かないような高級店ではなかろうか。
そうだとすると楽しみなような、気が引けるような。
けれど爽のすすめる店がどういうものか知りたい。それは、爽がどういうものが好きなのか知りたいという彼への興味だ。
「それは行ってからのお楽しみということで」
もったいぶる爽に、咲良はくすりと笑う。
「了解です。どんなお店か楽しみにしてますね」
「きっと、楽しんでいただけると思いますよ」
「自信満々ですね」
「はい。今日話した小松さんの感じなら絶対に大丈夫だと思います」
お互いにクスクスと笑いながら電話越しに話す。
爽の話し方は柔らかで、聞いていて心地がいい。
電話越しでも癒しのオーラが漏れ出ているようだ。
その後、待ち合わせの場所と時間を決めた。
「それでは週末に」
「はい、よろしくお願いします。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
電話を切った後、思わずベッドの上をゴロゴロと転がる。
まろがびっくりして飛び起きたのが見えたが、謝る余裕もない。
しばらくして冷静になると、今度は恥ずかしさが襲ってきた。
これではまるで、恋する乙女のようではないか。相手は今日一度話しただけの人だというのに。
「週末か……」
それまでの数日間がやけに長く感じる。でもその分、ゆっくり準備ができるな、と思ったのだが……
爽と出かける日の前日は、戦争状態だった。
咲良が最後に男性と二人でお出かけしたのなんて、遠い過去の話。
服はどうする? と、咲良は悩みに悩んだ。
お見合いの時は、ホテルでの待ち合わせということで、よそ行きのキレイめワンピースを着ていったが、それはお見合いの時いつも使い回していたものだ。
そういう時に使える服を、なにせほとんど持ってない。
お見合いの時と同じものを着ていくわけにはいかない。だが普段から女を捨てていると家族にも友人にも言われる咲良が持っているのは、カジュアルな服ばかり。
「ノォォォ。服がないっ!」
今から服を買いに行くか?
いや、しかし、何を買ったらいいのかわからない。
困り果てた結果、咲良は友人の楓に連絡することにした。
「神様仏様楓様、助けて~!」
「何よ、第一声に大声出して。鼓膜が破れるかと思ったわ!」
「ゴメンゴメン。でも困ってるのよ。今から楓の家に行っていい?」
「まあ、いいけど、何かあったの?」
「会ってから話す」
そう言い終えると、電話を切り、スマホだけ持って家を飛び出した。
楓の家は咲良の家から徒歩五分のところにある。
楓とは、幼稚園から高校まで一緒の腐れ縁。いわゆる幼なじみというやつだ。
親同士も仲がいいので、家の行き来は多かった。
就職して楓は実家を出たが、このあたりは立地が良くて通勤もしやすいので、一人暮らしのアパートも近所だった。
たいして距離が変わらないのなら実家から出る必要はないのでは? と咲良は思ったが、一人のほうが自由にできるからとのこと。
家事ができない咲良には羨ましい限りだ。
咲良なら一週間で家が汚部屋と化すだろう。食事もカップラーメンだけで生きていきそうだ。
楓の家までダッシュした咲良は、インターホンをピンポンピンポンピンポンと、連打する。
扉を開けるなり「うるさいわ!」と楓が怒鳴るが、咲良はそれどころではない。
「楓~。私の心の友よ、助けて~」
「無性に追い返したくなったわ」
「そんなこと言わないでよ。お邪魔します」
勝手にずかずかと部屋に入る咲良に、楓は深い溜息をついた。
「あんたね、今日は金曜日よ、わかる? 平日土日関係ないあんたと違って、私は仕事してたわけよ。疲れて仕事から帰ってきたところなのよ」
「わかってるって。でもこっちも非常事態なの」
「なんだってのよ、もう……」
文句を言いつつも、楓は咲良を追い返そうとはしなかった。
咲良は部屋に入ると、我が物顔で適当に座る。
いつものことなので楓も文句は言わず、冷蔵庫から缶酎ハイを二つ取り出すと、片方を咲良に渡して、自分も座った。
そんな楓に、咲良はこれまでのことを簡単に話す。
母親に結婚相談所に強制入会させられたこと。
そこで、すごく話の合う人に会ったこと。
それがTSUKIMIYAの御曹司で、超イケメンの紳士だということ。
その人と明日会うというのに、服がないということ。
大まかなことを聞いた楓は、酎ハイを飲みながら他人事のような反応を返す。
「ふーん、おばさんもとうとう強硬手段に打って出たわけだ」
「楓だって結婚してないのに。横暴だと思わない?」
「私は結婚してないけど彼氏はいるわよ」
「一年続いたためしがないくせに」
ぽそっと言うと、地獄耳の楓がぎろりと睨んだ。
「協力してあげないわよ」
「わーん、ごめんなさい。楓は熱しやすく冷めやすいだけですよね。それと駄目男好き」
「それはそれでむかつくわね」
若い時に読者モデルもしたことがある美人さんなのに、付き合う男付き合う男、みんなダメンズなのだ。
浮気男、ヒモ男、ギャンブル男、マザコン男、etc。
そりゃあ、一年続くわけがない。
男運が悪いのか、見る目がないのか。
「にしても、あのTSUKIMIYAの御曹司か。よくそんなの捕まえたわね」
「っていっても、まだ仮交際ってだけで、この後解消ってこともあり得るから、どうなるやら」
「そっちのほうが可能性高いんじゃないの、咲良なら。なんせ女子力皆無だし。戦闘服はジャージだし」
「不吉なこと言わないでよ。ほんとになりそうで怖い。てか、ジャージの何が悪い。着やすいじゃない」
「今時は着心地が良くて可愛いルームウェアだってたくさん売ってるわよ」
確かに、楓が着ている部屋着は女子力が高そうな可愛いものだ。
だが、今はそんな話をしている場合ではない。
「そんなことより、明日の服。ねえ。どうしたらいい?」
「何年も男の影も形もない引きこもりの咲良に、デートに着ていく服なんてあるはずないわよね。私と出かける時もジーンズにパーカーで来る女だから。後日改めて服を買いに行くとして、とりあえず明日の服か……」
酎ハイをテーブルに置いた楓が向かったのはクローゼット。
そこには、咲良のクローゼットには絶対にありそうにない、大人可愛い服がたくさんある。
さすが、お洒落な楓のクローゼットだ。
「そうねぇ……」
考え込みながら次々に服を見ていった楓は、その中からいくつかの服と小物をピックアップした。
「えっ、これ?」
それらは楓の持つ大人可愛い服の中でも、かなりカジュアルなものだ。
正直、拍子抜けである。
「これに合う靴なら持ってるでしょ?」
「まあ持ってると思うけど。えっ、ほんとにこれ?」
初デートとは思えないカジュアルさ。一応ワンピースではあるが、大人なパンプスよりむしろ咲良が普段履いているスニーカーのほうが合いそうなデザインだ。それでも普段着とまではいかないので、仮に高級レストランにつれていかれても、そこまでは浮かないだろう。
しかし咲良らしくはあるとはいえ、せっかくの初デートなのだから、もっと相応しい服があるのではないだろうか。そんな思いが表情にも出ていたのか、楓がぎろりと睨んでくる。
「何か文句ある?」
「だって楓ならもっときれいめの大人っぽい服、たくさん持ってるでしょ? 何ゆえこのチョイス?」
「その御曹司とは結婚前提で会うんでしょうが」
「まあ、結婚相談所で会った人だからね」
「気合い入れて普段の咲良と全く違う姿で気に入られたとしても、後々ボロが出てフラれることになったら困るでしょ。普段の咲良を見せつつもちょっと出すよそ行き感。我ながら完璧なコーディネートだわ」
うんうんと、楓は一人悦に入っている。
「自画自賛かよ。ってなんでフラれる前提なのよ」
「あんた前科持ちでしょうが。それが理由でフラれたこと、忘れたわけじゃないでしょう」
「うっ、痛いところを……」
忘れたい咲良の黒歴史その二。
以前、咲良には真剣交際をしていた男性がいた。しかしデートで見せていた姿と素の姿にギャップがありすぎてフラれたのだ。
『普通に引くわ』――あの時の男の顔や言葉が脳裏を過り、咲良を落ち込ませる。
結婚も考えていた男性との、痛烈な出来事。
幼なじみなだけに、楓は容赦なく咲良の痛いところをグリグリと抉ってくる。
腫れ物に触るように気を使われるのは嫌だが、直球で言われるのもそれはそれで辛かったりする。
「気合い入れすぎ、ギャップの出しすぎは後々面倒よ。結婚を考えてるなら多少は普段の咲良を出さないと、いずれ自分の首を絞めることになるわ。前みたいにね」
「わかった。だからあれの話はしないでよ。記憶から抹消したいのにぃ」
「はいはい。まあ、世の中あんな男ばかりじゃないから」
ポンポンと肩を叩かれる。
「取って付けたようなフォローをありがとう。ダメンズホイホイの楓には正直言われたくなかったけど……」
「そんなこと言うなら服貸さないわよ」
「神様、仏様、楓様、ありがとう!」
楓に見捨てられたら本当に後がない。
「はいはい。けど、今度買い物に行くわよ。毎回借りに来られたんじゃ迷惑だわ。あっ、その服はあげるわ。たまには違う感じのもいいかと思って買ったけど、やっぱり私の趣味じゃなかったから」
「ありがとう」
「それと、結果も教えなさいよ」
「了解であります」
ビシッと敬礼する咲良。
なんとか明日の服を用意できて、ほっとする。
持つべきものはお洒落な親友だ。
そうして迎えた初デート当日。
指定された待ち合わせ場所にて待っていた咲良は、何度も鏡を出しては、おかしなところがないか確認していた。
お見合いの日より緊張している気がする。
お見合いの時は、初対面の人と会うことへの緊張だったが、今は爽に変に思われたくない、嫌われたくないという思いからの緊張だ。
爽は、仮交際が成立した日から毎日電話をくれた。
数分だけの時もあれば、一時間近く話すこともある。
毎夜爽からの電話を心待ちにしている自分がいた。
日ごと爽に惹かれてしまっていることに、気付かないわけにはいかなかった。
最初はあの綺麗な容姿と所作に目を惹かれたけれど、今はそんなことは関係なく、爽と話をしているだけでどきどきする。
TSUKIMIYAの副社長をしているだけあって、知識の幅も広く、話題も豊富な爽。
留学していた時のことを面白おかしく話してくれたり、逆に咲良の仕事の話を興味深そうに聞いてくれたりと、会話は途切れることがない。今日はどんな話をしてくれるだろう。明日はどんな話をしようか。そう考えるだけで心がうきうきとした。
仕事ばかりの日々でも十分楽しかったが、そんな毎日にさらに色がついたようだ。心なしか仕事の進みもいい気がする。
しかし同時に、爽の競争率がかなり高いと嫌でもわかった。こんな完璧な男性、誰だって結婚したいに決まっている。
仮交際の段階では、まだ他の人とお見合いをすることもある。
現に咲良も山崎さんに押し切られるようにして、次のお見合いの日にちが決まっていた。
爽もきっと他の人とお見合いをすることだろう。
もしその人を気に入ったとしたら……
そう考えただけで、モヤモヤが止まらない。
「もっと楓にモテ仕草とか伝授してもらうんだった」
いや、楓が捕まえるのはいつもダメンズばかりなので、あまり伝授されないほうがいいのか?
爽を待ちながらそんなことを思っていると、後ろから声をかけられた。
「小松さん」
振り返れば、今日も爽やかさ百パーセントの笑顔が眩しい爽が立っていた。
「つ、月宮さん、こんにちは」
「こんにちは」
爽の今日の装いは、少しカジュアルなシャツとパンツ姿。
楓の言うとおりカジュアルな服装で来て正解だった。
気合いの入った服装で来ていたら、浮いていたかもしれない。
咲良はほっとしつつ爽の姿を観察する。
お見合いの時のスーツ姿も格好いいが、ラフな格好の爽もそれはそれでいい。
というか、イケメンは何を着ても似合う。
それにラフそうに見えても、その服にはさりげなく月をかたどったロゴマークが付いていた。
それは、TSUKIMIYAブランドのロゴマークだ。
ブランド物には興味がない咲良に正確な値段はわからないが、高級ブランドのTSUKIMIYAの服だから、きっとシャツ一枚でもそれなりのお値段がするのだろう。
それとも社員割引でもあるのだろうか。
そんな庶民的なことを考えていたら、爽から声をかけられた。
「どうかしましたか?」
「あっ、いえ、なんでもないです」
「そうですか。それでしたら、行きましょうか」
「月宮さんのオススメのお店ですね。楽しみです」
「ええ、俺もです。実は最近なかなか行けなくて、久しぶりなんです。以前は三日に一度は顔を出していたんですけど」
「そんなにですか? よほど美味しいお店なんですね」
「いえ、料理はいたって普通ですよ」
「そうなんですか?」
ならば何故、そんな頻繁に通っているのか。
不思議に思いながら歩き、二人はとある店の前へ到着した。
高級店でもなさそうだし、行列ができているわけでもない。なんてことのない、普通のカフェのように見える。
爽が行きつけにしているお店としては意外だった。
「ここですか?」
「ええ、入りましょう」
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