幼馴染みを優先する婚約者にはうんざりだ

クレハ

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元婚約者の後悔

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 アリアは悲劇のヒロインのごとく嘆く。

「ユウナさん、どうして私の幸せを邪魔するの!? 無理やり結婚の署名をさせられるし、ジュードの家では誰も優しくない。私は体が弱いのに、お昼に寝ていたらたたき起こされて洗濯をさせられたのよ。こんな屈辱ってないわ。あなたが伯爵をジュードに渡していたらこんなに苦労していなかったのに!」

「なにを言っているんですか? なんの功績もない平民のジュードに伯爵位を渡せるはずがないでしょう」

 というか、その前の内容にツッコミどころが満載だ。
 そりゃあ真昼間に寝ていたらたたき起こされて家の用事をさせられるのは、平民では当然。
 多少体調が悪いぐらいで寝込んでなどいられない。

 それにアリアの体調不良は嘘だと調べはついている。
 デートの日を狙って急に悪くなる体調などあるはずがない。

「そんな難しいことは分からないわ。ジュードに渡せないならユウナさんが伯爵でもいいから、ジュードと結婚してちょうだい。私は第二夫人になるから」

 まさに開いた口が塞がらない。
 伯爵でもいいからというが、どんな権利があってアリアが伯爵家のことに口を出すのか知りたい。
 すると、リオが極寒の雪が吹きすさぶような冷たい眼差しをアリアに向けた。

「どんな思考回路をしていたらそんな答えに行きつくの? そもそもユウナには俺がいる時点で他の結婚相手なんて必要ないんだけど?」

 リオを見てきょとんとするアリアはまったく関係ない質問をし返す。

「あなたはどなた?」

「リオ・アールス。アールス公爵家の次男で、ユウナの婚約者だよ」

 はっきりとためらいなく告げられたその内容に、アリアはわずかな沈黙ののち、目つきを鋭くしてユウナを見た。

「ずるい、ずるい、ずるいわ!」

「は?」

「私は結婚して苦労しているのに、あなたはこんな素敵な人と結婚して伯爵になるなんて。そんなの許せない」

「別にあなたに許してもらわなくて結構です」

 冷ややかに、けれどはっきりと言葉にする。

「そもそもあなたとはなんの関りもありませんよね? ジュードの幼馴染みだったから知り合っただけで、そうじゃなかったら顔を合わせることすらなかったのに、どうしてそんな赤の他人に私のプライベートなことに文句を言われないといけないんですか? あなたは私のなに?」

 これまでにない強い口調でアリアを責める。

「酷い……。そんな言い方しなくたって……」

 アリアは目に涙を浮かべていたが、これぐらいのことで泣くなら貴族社会ではやっていけるはずがない。

「あなたに用はありません。今はジュードがしたことの判断をどうするかが争点なんですから」

「え? ジュードがなに?」

「はっ? まさか知らないんですか?」

 ならばどうして押しかけてきたのか。
 ユウナはぱっとガゼルへ視線を向ける。
 ジュードは牢に入っていたので説明する時間がなかったかもしれないが、ガゼルには十分あったはずだ。

「アリアちゃんになにを言ったところであまり意味はないのでね……」

 ガゼルのそのあきらめ切った表情と言葉で察した。
 アリアはもはやジュードの家族からも見放されているのだということに。

「失礼ですが、男爵家からの援助はされていますか?」

「は、はい。毎月決まった額をいただいて、私が管理しています」

 ユウナの問いに迷わず答えたので嘘偽りはなさそうだ。
 ユウナはわずかに逡巡してから微笑む。

「……被害届を出さないようにしてもいいですよ」

「本当かい!」

 ユウナの言葉に光明を見出したかのようにぱっと表情を明るくするガゼルに、ユウナは非情な選択を突きつける。

「ええ。ただし条件があります」

「それはどんな?」

 ここで喜び勇んで「なんでも言ってくれ」と言わないだけ商人としての判断力は残っているようだ。
 ユウナがなにを言い出すのかかなり警戒している。

「ジュードとアリアさんには互いの実家の援助なく生活していくようにさせてください。そうしたら今回のことは目を瞑ります」

「そんなっ!」

 悲壮感を表情に浮かべて大きな声をあげたのはジュードである。

「さすがにそれは……」

 ジュードだけでなくガゼルもためらいを見せた。

「そもそも二人を甘やかしてきたからこんなことになったんじゃないんですか? 勉強も疎かで、遊んでばかり。そのくせ金遣いは荒くて、結果借金まみれ。こういう育て方をした親にも原因があると思います。一度世間の荒波にもまれたら、ちゃんとした金銭感覚も養えるかもしれませんよ」

 あくまで「しれません」だ。
 確定はしていない。
 どう転ぶかは二人次第。その後どうなるか、ユウナは特に興味はない。
 今回の罰をジュードに与えられたらそれで満足であり、金銭的援助を停止させることが一番こたえるだろうと踏んでである。

「なに? どういうこと?」

 アリア一人が意味を分かっていない。
 先ほども男爵からの援助はガゼルが管理していたというし、アリアにはそもそもお金を管理する能力がないのだろう。

「どうします? 私はどっちでもいいですけど」

 早く決めてくれと急かすように問う。

「……知り合いの商会で働かせることは援助になるだろうか?」

 しばらくの沈黙の末に絞り出した言葉はそれだった。

「別にかまいませんよ。ただし、知り合いだからと優遇して働かせるなら援助と変わりませんので駄目です」

 それでは今となにも変わらない。

「分かりました。二人は家から出し、知り合いの店で見習いから働かせます」

「男爵の方はどうします? こちらから連絡しましょうか?」

「いえ、私の方からお話すべきでしょう。お手間を取らせるわけにはいきません」

 その答えにユウナは満足そうに笑みを浮かべた。

「それではお任せします」

 そうして話し合いは終わった。

***

 ガゼルの行動は早く、翌日にはジュードは学校をやめる手続きがされ、さらに数日後には町の中心街から外れた集合住宅に二人で引っ越していった。

 援助はなくなったものの、知り合いの店だからと高をくくっていたジュードだったが、末っ子で他の兄妹に比べ甘やかされて育ってきた男である。
 見習いからという言葉通り知り合いと言えど容赦なくこき使われて精神的にも肉体的にもきついようだ。

 さらには見習い扱いなので給料も多くない。
 ジュードの借金はしかたなくガゼルが立て替えることになり、その返済は少ない給料の中から出される。
 そうすれば当然生活は苦しいものだった。

 ならばとアリアも協力して働いてくれればいいものを、お得意の仮病で働こうとはしない。
 常に家計は火の車。
 そんな以前より贅沢とは無縁の生活にアリアはひどいひどいと嘆くばかりで、ジュードは嫌気がさしていた。
 それでも働かねばその日の食事にも困るのは分かっていたので、アリアのように嘆きつつも働くしかなかった。

 そして時折振り返る。
 もしもアリアから距離を取り、ユウナと結婚していたなら……。
 少なくとも今のような苦労はしなかっただろうと。




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