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いまだ気づかない
しおりを挟むまるで周囲にもその存在を知らしめるかのようにかかげるブローチに対し、リエッタは一切の疑いを持っていないようだ。
リエッタのそのあまりに堂々とした振る舞いに、周りの者の中には本当なのかもと思い始めている人もいる。
「嘘を言っているようには見えないけれど……」
「本当かしら?」
「子爵家より伯爵家の婿になる方が益があるしなあ」
そんな声がどこからともなく聞こえてきて、自分の味方を得たと得意げになるリエッタの鼻息を荒くしている。
とても貴族のご令嬢がしていい表情ではない。
そんな中で冷静な声でリオが返す。
「証拠は?」
「あるわよ!」
自身に満ち溢れているリエッタが返事をためらうことはない。
「ふーん……」
リオはなにを考えているのか、少々不満さも感じる様子でリエッタを検分するように目を細める。
大きく声を荒らげる人が発する威圧感も怖いが、終始冷静で静かに淡々としている人も、それはそれで恐ろしい。
「だったら、それがもし嘘だったらどうするのかな? 当然、リスクは分かっているよね? 爵位が上の貴族のパーティーを台なしにしようとしている上に公爵家を欺こうとしたんだから、それなりの処罰は覚悟していると受け取るよ?」
そう言うリオからは、リエッタへの優しさはわずかにも感じられない。
それがショックだというように、リエッタが目を潤ませる。
どうやらリエッタの夢見た反応と違っていたようだ。
きっとリエッタの中では物語のお姫様のように劇的で感動的に言迎えに来てくれると思っていたに違いない。
そして、自分が勝手にブローチを盗っていったという不当な行為は記憶から抹消されている。
「どうしてそんな意地悪を言うの!? ずっと一途に待っていたのに!」
「だから知らないと言っているじゃないか。気のせいだよ」
「違うわ! このブローチにはね、光にかざすと公爵家の紋章が透けて見えるのよ! それこそ私が公爵家に認められたって証だわ」
その言葉で、やはりリエッタはブローチの細工に気がついており、元の持ち主が公爵家の縁者だということを知っていたと分かった。
「それなのに知らないふりをするなんてひどい! ユウナのことも本当の妹のように大事に思っていたのに、こんな裏切り方をするなんて……」
リエッタの言葉でざわつく周囲の人達。
それが本当ならば、リエッタの証言の方が正しいことになる。
ブローチがリエッタの手に渡った経緯を知らない人達は、きっとリオが二股をかけていたと思うだろう。
そして貴族の地位欲しさにリエッタを捨てユウナを選んだと。
実際はリエッタの勝手な妄想だというのに、リオの方が悪く思われてしまう。そしてユウナも同様である。
さっさと取り換えておいてよかったと心から思うユウナは、リエッタの言葉に怒りで口元が引きつる。
大事な妹とはどの口が言うのか。
大事にされた覚えなどユウナの記憶には一つとしてない。
そもそも同じ年齢で姉も妹もないだろうに。
むしろ妹だからと散々本当の兄弟に我儘を押し通してきたのはリエッタである。
リエッタの兄と姉がこの場にいたら、お前が言うなと叫びながら往復ビンタをかまされていたかもしれない。
まあ、本当に往復ビンタをされるぐらい怒られる可能性は高いだろう。
「だったらさっさと証拠を見せてみろ」
低く威圧するキルクの声が響く。
もう待っていられないといったところだろうか。
大事な弟のため現地に行って宝石まで厳選してオーダーメイドしたブローチが、知らぬうちに知らぬ女の手に渡り、今まさに弟の晴れ舞台を潰されたのを大層怒っているのが窺える。
ユウナとしてはこれまでリエッタにされてきた地味な嫌がらせのこともあって、もう少し転がしてから止めを刺したかったが、その前にキルクが限界となったようだ。
「いいわ」
ふふんと自信に満ちた顔でブローチを日に向ける。
くしくもブローチの透かしを見るには絶好の晴天だが、ブローチに公爵家の紋章は浮かばない。
一気に表情を変えるリエッタが角度をいくら変えても紋章の欠片もない。
まあ当然だ。それは偽物なのだから。
この時になっても気がついていないリエッタが少々かわいそうになってくる。
「なんで、なんで……っ!」
動揺を隠し切れないリエッタに、周囲の人達も困惑顔。
いったいなにが正しいのか様子を窺っている。
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