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婚約発表に水を差すのは
しおりを挟むそんな大きな声をあげたのは、案の定リエッタである。
まったくもって期待を裏切らない。
刹那、リオとノアの目が獲物を見つけた猛禽類のようにギラリとした。
ノアはもともとリエッタを好んでいなかったのでその反応は分かる。
だが、リオなどはキルクからもらったブローチをカツアゲするように持ち去られても平然としていたというのに、リエッタが昔からユウナを敵視していろいろと嫌みを言ってくる人間だと知るや、一転して敵認定し始めた。
あっさりと手のひらを返すリオが頼もしいやら、この先同じようなことが起こる度に犠牲者が増えていくのかと思うと、少々複雑になるユウナだった。
なにせこの二人を止められそうなのがユウナの母親だけなのだ。
キルクはリオに甘々で手のひらの上で転がされている始末。
そしてノアは、家族の中では一番怒らせると怖い。
それは時に溺愛するユウナにも発揮する。
理不尽な理由で叱ったりはしないが、すでにロックオンされた人間から兄の目を完全に反らす芸当はユウナに持ち合わせていない。
ユウナにできるのは少し時間を稼ぐくらいが限度である。
そんな中で、母親だけはノアをたしなめられ、祖父母ですら公爵家の者だからと気を遣うリオを叱りつけられる逸材だった。
さすがは王族から求婚されてもなびかずに断った鋼の心臓を持つ母である。
リオも母親だけは敵に回してはいけないと悟ったのか、母親の前では大人しい。
ただ、今回はリエッタのやらかしがひどすぎると、徹底的にやってよし! というお墨付きを与えられているので、もはやユウナでも止めるのは不可能だ。
リオはユウナの肩に手を置き引き寄せる。
そして、ノアが二人を守る護衛のごとく一歩前に出た。
「リエッタ、そんな大きな声をあげたら周りの方々が驚かれるだろう? もっと貴族然とした立ち居振る舞いをしないと、子爵夫妻にもご兄弟にも恥をかかせてしまうよ」
「うるさいわね! 庶民は黙ってなさいよ!」
先ほど媚びるような態度を取っていた時とは大違いだ。
ノアは一瞬ぴくりと眉を動かしただけだが、それだけで相当怒っているのがユウナには分かった。
「……ああ、せっかくなにごともなくパーティーが終わったら情状酌量してくれそうだったのに……」
ユウナは目先の欲に目がくらんだリエッタに頭を抱えたくなったと同時に、これと血が繋がっているという事実に少々どころではなく恥ずかしくなった。
なにを言い出すつもりか想像できるからなおさらだ。
普通ならこんな衆人環視の中ですべき話でないのに、それが分かっていない。
だからこそ、リエッタは思ったままを口にした。
「公爵家の人と結婚するのは私よ! 本当の婚約者は私なんだから!」
「うわー、ほんとに言っちゃった……」
もう後戻りはできない。ユウナは呆れるしかなかった。
ざわつく周囲の人々。
中には騒いでいる少女がどこの令嬢か分からず、周囲の人に聞いている者もいる。
少しして飛び交い始めた「クロスタ」の名前。
けれど今は様子を見ているのか、まだリエッタへ負の感情を向けている者はいない。
約二名。ノアとリオを除いて。
「そちらこそおかしなことを言わないでくれるかな。公爵家の婚約者? 兄上、私の知らないうちに婚約者がいらしたのですか?」
ちゃんと公私で「俺」と「私」を使い分けているリオがキルクに問うが、眉間のしわがさらに深く刻まれるだけだ。
「知るはずがない」
そのキルクの返答にほっとしたご令嬢は少なくないようだ。
「それはよかったです。このような場で大声を出すような品のない方を兄上の妻として迎えるのは反対でしたから」
笑顔で毒を吐くリオに、何故かキルクが感激している。
「当然だ。妻として迎え入れるならば、ちゃんとお前のことを理解し弟として大事にしてくれる相手を選ぶ」
「兄上の認めた方ならばどなたでも信じられますよ。兄上の幸せを第一に考えてください」
「唯一の兄弟であるお前の幸せが一番大事だ」
これがリオのように言葉遊びのような冗談ではなく素で言っているのだから、キルクの溺愛っぷりが分かるというもの。ノアとは話が合うだろう。
それはさておき、これまで不確かだったキルクが妻に求める判断基準が判明した。
目をぎらつかせた令嬢は一人や二人ではない。
「リオ様の身辺調査を――」
「弟様の好みの品を準備して――」
「標的を落とすためにはリオ様を先に――」
などと、キルクの夫人の座を狙うご令嬢だけでなく、キルクと繋ぎを取りたい親達までもがこそこそ話始めている。
キルクの前にリオを篭絡した方が早いと思ったのだろう。
ところがどっこい。キルクよりもリオの方が厄介だと、その内知ることになるのだろう。
「ちょっと、私を無視しないで!」
放置されていたリエッタが声を荒らげる。
「ああ、忘れてた。で?」
あまりにもユウナとは違う冷たい反応にも臆さず、リエッタはリオに近づいてくる。
「あなたの婚約者は私よ。いつか迎えに来てくれるって約束したでしょう? 私ずっと待っていたんだから」
「知りませんが」
「嘘よ!」
悲劇のヒロインのごとく悲しげに訴えるリエッタに、周囲も困惑気味。
どちらが正しいのか分からないのは当然だ。
「子供の頃にあなたが言ったんじゃない! ずっと婚約者も作らずに待っていたんだから責任を取ってよ!」
リオは一言も結婚のけの字も言っていないのだが、リエッタの中では都合がいいように記憶が改ざんされているようだ。
まあ、子供の頃なので仕方ないのかもしれない。
もともと人の話を聞かないたちなのは分かっているので、ユウナも今さら驚きはしなかった。
「リオ、そうなの?」
せっかく喜びでいっぱいになるはずのパーティーに水を差された怒りもあるユウナはさっさと終わらせたくリオに問う。
「いいや、知らない会ったこともない子だよ」
そうリオは笑顔でバッサリと切り捨てる。
本当は会っているのに、ないことになったようだ。
事実を捻じ曲げているのはリエッタも同じなので、文句は言わせないと言わんばかりの笑顔だ。
「だそうよ、リエッタ? あなた誰かと勘違いしているんじゃない?」
「嘘言わないで! ちゃんと証拠もあるんだから!」
そう怒鳴ると、リエッタは胸元につけていたブローチを取って突き出した。
ブローチの意味を知らない人が見たら、それが? と、首をひねるだけだろう。
「このブローチにはね、公爵家の紋章が刻まれてるんだから! 昔その子が約束と一緒にくれたものよ」
問答無用で持っていったの間違いだろうに、よくもまあ堂々と言えたものだ。
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