幼馴染みを優先する婚約者にはうんざりだ

敵意

　キルクとそんな出会いを果たしたユウナは、何故かキルクと二人きりで馬車の中。

　どうしてこうなったか説明するのも難しいが、あのまま居座ってしまったキルクとログスを前に、ジュードの愚痴など言えるはずもなく、早々に帰る決断をしたまでは良かった。


　だが、なにを思ったかキルクが家まで送ると言い出したのだ。

　相手は公爵家。恐れ多いと断ったのだが、頑なに送ると言い張るのだ。


　何度も言うが相手は公爵家なので、強く拒否もできず、ドナドナされるようにキルクが乗ってきた公爵家の豪華な馬車で送られることとなった。


　無言の馬車内は気まずい空気が流れていた。

　自分から送ると言っておきながら一言も発することなく、じろじろとユウナを見るキルクに居心地が悪い。


「あの、なにか？」

「なにがとは？」

「先程から視線を感じますので、私の顔になにかついているかと心配になりまして」

「ついてなどいませんよ。ただ、とても美しい方だなと見惚れてしまいました」


　にっこりと微笑むキルクは、一発でノックアウトしそうな魔性の微笑みを浮かべる。

　ユウナが普通の女性ならそうなっただろう。

　だが、いかんせんノアというキルクにも劣らぬ魔性の美貌を持った兄の顔を見慣れているユウナにはなんの効果もない。

　ただ、笑わないという噂は嘘だったのかと思うだけだ。

　しかも、キルクに美しいと言われても嫌味にしかならない。
　なのでユウナは愛想笑いを浮かべて乗り切る。



「まあ、お世辞がお上手ですのね」


　祖母から叩き込まれた貴族の令嬢らしい笑みを張りつけて受け流す。


「お世辞などではありませんよ。あなたのように美しい方と一緒にいて、私の鼓動は早鐘のようです」


　そう言ってユウナの手を取りキルクは甘く微笑む。


「ありがとうございます……」


　そう言って視線をそらせたユウナ。

　まるで口説かれているようなその言葉に、ユウナの心はときめく……ことはなかった。


　何故だろうか。
　言葉と表情は甘く蕩けんばかりなのに、この挑戦状を叩きつけられている気分になってくる。

　ユウナはもう一度キルクに視線を戻して、ようやく分かる。

　そう、目が笑っていないのだ。

　敵意を向けられている？

　しかし、なぜ？


　キルクと顔を合わせるのはこれが初めてだ。
　ユウナも何度か社交界に顔を出すことはあったが、そこでキルクにあったことはないはず。


　なにせこれだけの美形である。
　記憶にないはずがない。


　わけも分からぬままユウナは愛想笑いを浮かべて家路までの時間を乗り切ったのだった。