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婚約

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 証文を取り交わしている以上、この婚約は不可避だ。
 けれど、抜け道がないわけではなかった。
 なにせ、約束の内容は、あくまでお互いの子供を婚約させること。
 結婚させることではない。

 要は、一度婚約して破棄、もしくは白紙にしてしまえばいい。

 けれど、実際に会ったジュードは、思ったより人当たりの良い優しい態度でユウナに接し、なかなかに好印象だったのである。

 結婚相手として悪くないかもしれないと思ってしまった。
 それに、さすがに婚約者ができれば幼馴染みより優先するだろうと考えたのだ。

 しかし、正式に婚約を交わしてから、ユウナはそう思った自分を殴りたくなった。


 最初こそ、ユウナの元に通い、花束や服やアクセサリーといったプレゼントを贈っていたジュードだが、だいぶ気を許せる仲になってくると次第に本性を現し始めていく。


 最初のことはよく覚えてる。
 忘れもしないあれは、伯爵である母方の祖父が婚約者と行っておいでとオペラの一等席を用意してくれた時だ。


 伯爵である祖父にはユウナの母親しか子供がおらず、唯一の女の孫であるユウナをことさら可愛がってくれていた。

 それ故婚約者が決まった時には元凶である父親にアイアンクローをお見舞いしていたが、ユウナがジュードとならやっていけそうという言葉で納得してくれたのだ。


 そんな祖父からの婚約のお祝いでもあるオペラのチケットは当時かなりの人気で、取るのはかなり難しかったろうに、ユウナのためにと争奪戦を勝ち取ってくれたものだった。

 ユウナはそれはもう楽しみにしていたのだ。
 だというのに、待ちあわせ場所にジュードはやってこなかった。

 三時間待たされたあげくにやって来たのはジュード本人ではなく、ジュードの使いの者で、アリアが熱を出して行けなくなったと伝言を伝えられた。

 三時間だ。
 もっと早くに使いを出すこともできただろうに、三時間も待たされた上に行けなくなったと本人ではなく使いの者から聞かされた時の怒りは未だに忘れてはいない。

 せっかく祖父がユウナのために用意してくれたオペラはとっくに終わっている。

 だが、冷静になれとユウナは自分に言い聞かせた。
 病気なのだから仕方がないと。

 翌日祖父からどうだった? と期待に満ちた目で問い掛けられた時、ユウナはこの祖父にだけは見られなかったとは言えないと思った。

 ユウナはグッとこらえ、楽しかったと笑うほかなかった。


 それでも、まだジュートが申し訳なさそうにする様子があればユウナも怒らなかっただろう。
 しかし、ジュードはニコニコと笑いながら「この間は悪かったね」と、全然悪そうに思っていない顔で謝られ、怒りが再燃した。

 だが、大人なユウナは笑顔を引き攣らせながらも大丈夫と言ったのだった。

 たとえ心の中で、殴ってやろうかこいつと、思っていても表には出さなかった。


 話を聞いた友人達からは、それはもう褒められ慰められたものだ。
 ジュードへの印象は悪くなったが友情は深まった。



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