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「ニコル様、女性と接触しました」
「ええ、こちらも確認しているわ」
耳にかけているイヤリングからは、声を飛ばす魔道具が仕込まれている。
大金を払って買ったものだけあって、今日も感度良好だ。
そして同じように高い金を払って手に入れたオペラグラスで遠くを見る。
このオペラグラスが高価なのは、フレームが金で、宝石がちりばめてあるからではなく遠くまで歪みなく見通せるその精度ゆえだ。
紅茶を飲みながら、私は独りの男性をオペラグラスで追いかけていた。
私の視線の先には端正な顔立ちからあふれるこぼれんばかりの輝く笑顔を自分の知らない美しい女性に注ぐ婚約者がいた。
そんなキラキラな表情を浮かべる彼をいままで私は見たことはない。
婚約者の名はニコル。生真面目な騎士の家風である子爵家の男性だった。
「そんでもってあのチェリーブロンドの女がニコル様の本命ってことよね」
「そうなりますね」
私の視界には、彼とお似合いの美女がいっぱいに写りこんだ。
うーん、女の目から見ても、なんとも可愛くて愛らしいことか。
やめなさい、お嬢さん。その男、二股かけてるから、と教えてあげたいくらいの純真無垢な笑顔を振りまいている。
私はオペラグラスをテーブルに置いて、私の側で控えている私専属のメイド、マリーに話しかけた。
「要するに世間的な本妻は私で、本命はあちら。我が家からお金を吸い上げて、あちらに流すための布石に私と婚約した、ということなんでしょうね」
私の端的な状況まとめに肯定もしづらいのか、マリーは黙ったままだ。
今、私の目の前で他の女と逢引しているニコルは、数か月前に私の婚約者となったばかりの男だ。
正直いって、我が家は男爵家とはいえ金持ちである。
そんじょそこらの高位の貴族が足元にも及ばないレベルどころか、追随を許さないレベルのぶっちぎりの金持ちである。
しかし、そこの一人娘である私はデブ! ブス! 気がきかない!の三拍子そろっているところに、お嬢様らしく生きることをことごとく嫌うという三重苦プラスワンの女であったりする。
そんな私のところに舞い込む縁談は、見るからに実家に金がないような、家の金目当てなものでしかないのだが、そういう家柄は私に話がたどり着く前に、親によって蹴られてしまうのだ。
逆にいえばそのガードをくぐり抜けてくるような家柄のおぼっちゃまは、私なんぞに求婚するわけはない。
しかし、その優良物件が私に結婚の申し入れしてくるなんて、見るからに怪しいではないの、と即座に私のセンサーがビンビンに反応した。
その女の勘に従って調べさせたら案の定、彼には女がいたというだけの話である。
「やっぱりねえ、おかしいと思ったのよね。この私に言い寄ってくる男がいるという時点で、なにかあるって気づくって。モテない女の嗅覚を舐めんじゃないわよ」
それを見抜ける私ってばえらい! 賢い! 鋭い! そう言って自画自賛して悦に入っていたが。
「お嬢様、それはいささか悲しすぎる現状認識でございます」
マリーにたしなめられてしまった。こんな時くらい調子に乗らせてくれたっていいじゃないのよ。
一応うちの親もニコルのことを調べさせていたようだったが、彼の性癖が貴族男子ではあまりあり得ないところだったから、どうもスルーされていたようだった。
私の婚約者、ニコルは平民専だったのだ。恋のお相手に平民の女が好きな男。
貴族は貴族以外と恋愛関係になると面倒くさいことが多いし、大体話が合わないというのもあって、平民と触れ合うこと自体を好まないものなのに、ニコルは真逆なようだ。
「どちらにしろ、随分と舐めた真似をしてくれてるわよね。どうやってとっちめてやろうかしら」
扇をパチン、と閉めて、私はにんまりと笑う。
「お嬢様、騙された人がそんなに楽しそうな顔をしてはいけません」
「あら、そんなことないわよ? 私は可哀想な被害者なのよ。マリーったらひどい!」
よよよ、と泣き崩れるふりをしたら、それはもういいから、みたいな醒めた目で見られてしまった。私は咳払いをしてごまかすとマリーに命じる。
「とりあえず、ジャックを呼んでね。手伝わせるから」
「はあ……ジャック様にあまりご無理を言いつけないであげてくださいませ」
マリーはすでに諦めたように肩を落としていた。
「ええ、こちらも確認しているわ」
耳にかけているイヤリングからは、声を飛ばす魔道具が仕込まれている。
大金を払って買ったものだけあって、今日も感度良好だ。
そして同じように高い金を払って手に入れたオペラグラスで遠くを見る。
このオペラグラスが高価なのは、フレームが金で、宝石がちりばめてあるからではなく遠くまで歪みなく見通せるその精度ゆえだ。
紅茶を飲みながら、私は独りの男性をオペラグラスで追いかけていた。
私の視線の先には端正な顔立ちからあふれるこぼれんばかりの輝く笑顔を自分の知らない美しい女性に注ぐ婚約者がいた。
そんなキラキラな表情を浮かべる彼をいままで私は見たことはない。
婚約者の名はニコル。生真面目な騎士の家風である子爵家の男性だった。
「そんでもってあのチェリーブロンドの女がニコル様の本命ってことよね」
「そうなりますね」
私の視界には、彼とお似合いの美女がいっぱいに写りこんだ。
うーん、女の目から見ても、なんとも可愛くて愛らしいことか。
やめなさい、お嬢さん。その男、二股かけてるから、と教えてあげたいくらいの純真無垢な笑顔を振りまいている。
私はオペラグラスをテーブルに置いて、私の側で控えている私専属のメイド、マリーに話しかけた。
「要するに世間的な本妻は私で、本命はあちら。我が家からお金を吸い上げて、あちらに流すための布石に私と婚約した、ということなんでしょうね」
私の端的な状況まとめに肯定もしづらいのか、マリーは黙ったままだ。
今、私の目の前で他の女と逢引しているニコルは、数か月前に私の婚約者となったばかりの男だ。
正直いって、我が家は男爵家とはいえ金持ちである。
そんじょそこらの高位の貴族が足元にも及ばないレベルどころか、追随を許さないレベルのぶっちぎりの金持ちである。
しかし、そこの一人娘である私はデブ! ブス! 気がきかない!の三拍子そろっているところに、お嬢様らしく生きることをことごとく嫌うという三重苦プラスワンの女であったりする。
そんな私のところに舞い込む縁談は、見るからに実家に金がないような、家の金目当てなものでしかないのだが、そういう家柄は私に話がたどり着く前に、親によって蹴られてしまうのだ。
逆にいえばそのガードをくぐり抜けてくるような家柄のおぼっちゃまは、私なんぞに求婚するわけはない。
しかし、その優良物件が私に結婚の申し入れしてくるなんて、見るからに怪しいではないの、と即座に私のセンサーがビンビンに反応した。
その女の勘に従って調べさせたら案の定、彼には女がいたというだけの話である。
「やっぱりねえ、おかしいと思ったのよね。この私に言い寄ってくる男がいるという時点で、なにかあるって気づくって。モテない女の嗅覚を舐めんじゃないわよ」
それを見抜ける私ってばえらい! 賢い! 鋭い! そう言って自画自賛して悦に入っていたが。
「お嬢様、それはいささか悲しすぎる現状認識でございます」
マリーにたしなめられてしまった。こんな時くらい調子に乗らせてくれたっていいじゃないのよ。
一応うちの親もニコルのことを調べさせていたようだったが、彼の性癖が貴族男子ではあまりあり得ないところだったから、どうもスルーされていたようだった。
私の婚約者、ニコルは平民専だったのだ。恋のお相手に平民の女が好きな男。
貴族は貴族以外と恋愛関係になると面倒くさいことが多いし、大体話が合わないというのもあって、平民と触れ合うこと自体を好まないものなのに、ニコルは真逆なようだ。
「どちらにしろ、随分と舐めた真似をしてくれてるわよね。どうやってとっちめてやろうかしら」
扇をパチン、と閉めて、私はにんまりと笑う。
「お嬢様、騙された人がそんなに楽しそうな顔をしてはいけません」
「あら、そんなことないわよ? 私は可哀想な被害者なのよ。マリーったらひどい!」
よよよ、と泣き崩れるふりをしたら、それはもういいから、みたいな醒めた目で見られてしまった。私は咳払いをしてごまかすとマリーに命じる。
「とりあえず、ジャックを呼んでね。手伝わせるから」
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マリーはすでに諦めたように肩を落としていた。
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